一話5
香里の弁当はとてもシンプルだった。特に捻りもなく、よく聞くおかずの代表達、卵焼きに、ミートボール、焼き鮭、ご飯にはふりかけ、でも、これじゃあ料理の腕は見きれない。そこはやはり夜を楽しみにさせてもらおう。
「ね、ねぇ藤谷、そういえば、さ」
「なんだ? 歯切れが悪いな」
いつもはいらんことやいらないことをズバズバと言う癖に、今は何かを遠慮してるようだ。
「あの、さ、さっきさ、名前で………」
「あ、ああ、そういや名前で呼んだな。あれは周りの人間に対してのアピールみたいなものだ。気にするな」
「気にしない気にしない、気にしないからさ、その、やっぱり名前で呼んで欲しいわね」
いつもの俺を小馬鹿にする態度はどこへやら、なんだかモジモジして、小動物の様で少し可愛いと思ってしまったことは内緒だ。
「…………これからの態度次第だな。先ずは今日の晩飯だ。弁当だけじゃ分からんからな、晩飯によっては考えてやる」
「約束よ?」
「ああ」
香里は俺の見えないところで小さくガッツポーズしていた。まぁ、俺に見えていたのだが。
昼休みも後少し、香里はお手洗いへ、俺は先に教室に戻った。
「お、おいフジフジ! お前氷の女王とどういう関係なんだよ?」
教室に入るなり詰め寄ってきて、俺の両肩を押さえ付けてきたのは木だらけだ。こいつなりに俺が浮かないように心配してくれているのだろう。
「だから、友達だと言っている。たしかにあいつは変わっているが、悪いやつじゃない。皆もあまり誤解してやらないでほしい」
「フジフジ考え直せって、あいつは普通じゃない、もっと普通の女の子をだな」
「いい加減にしておけ、木だらけ」
「フジフジ顔は悪くないし、親切で評判なんだからさ、モテてんだよ? 勿体ねーって、あんなよく分かんないと付き合ってちゃ」
我慢の限界だ。簡単に言っちゃえば、プチンと何かが切れた。後は感情に身を任せる。
俺は木だらけの頭を手で鷲掴みにする。アイアンクローってやつだ。体はそれなりに鍛えてるし、握力には結構自信ある。
「いただだだだだだだっ!!!!」
「やめろって藤宮!」
男子の何人かが俺を押さえ付けた。木だらけを無理矢理引き剥がされ、身動きが取れなくなった。
それにタイミングも悪かった様だ。香里と次の時間の生活指導もやっている地理の教師が一緒に入ってきてしまった。