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愛してるゲーム無敗の女に勝ってしまった

作者: 墨江夢

 愛してるゲーム。それは合コンやパーティーを盛り上げる際に用いられるゲームの一種である。


 ルールは二人以上の人間が順番に「愛してる」と愛の告白をしていき、照れたり動揺したりした者が負けという至ってシンプルなもので、それこそいつでもどこでも誰とでも楽しむことが出来る。


 高校生の間でも有名なゲームであり、我が校でも最近なにかと愛してるゲームをしている奴らが多いように感じた。


 誰とゲームをするかは、様々だ。恋人同士、友達同士、挙句の果てには教師と生徒が愛してるゲームをしていた事例まであった。……一歩間違えば、PTA介入の大問題じゃないか、それ?


 俺・朔間桐人(さくまきりと)はそんな彼らの愛してるゲームを、「またやってんなぁ」程度の気持ちで眺めていた。


 正直に言おう。俺は愛してるゲームとやらの楽しさが、全くわからない。

 好きでもない相手に「愛してる」と伝えて、何が楽しいの? どうして嬉しいの?

 相撲部員(男)と柔道部員(男)の愛してるゲームを目撃したけれど、地獄絵図に他ならなかった。


 女友達がいるわけじゃなし。勿論彼女だっていない。この先出来る予定もない。

 恐らく俺が愛してるゲームをすることは、未来永劫ないんだろうな。


 ……そう思っていた。


 ある日の昼休み。

 大して仲の良くないクラスメイトの男子たちが、各々お菓子を手に持ち俺に話しかけてきた。


「なあ、朔間。俺たちの仇を取ってくれないか?」


 言っている意味が、さっぱりわからなかった。


「今どき復讐とか流行らないって、アニメやドラマで言ってるぞ」

「復讐じゃなくて、リベンジだ。……頼む、朔間。俺たちの気持ちを背負って、氷堂(ひょうどう)さんに愛してるゲームを挑んでくれ!」


 話を詳しく聞いてみると、ここにいる男子生徒たちは全員、校内随一の美少女・氷堂芽衣(めい)に愛してるゲームを挑み、惨敗したらしい。


 生まれながら備わっている美貌と、後天的に身に付けた女性らしい立ち振る舞い。どんな言動をすれば世の男共が落ちるのかを、氷堂は熟知している。


 ニッコリと笑いかけて、谷間や太ももを見せつけながら、艶かしい唇で「愛してる」と呟く。

 彼らが一発KOしてしまうのも、わからなくはない。


 揃いも揃って氷堂に良いように弄ばれるのはなんとも情けないと思うが、逆に言えばそれだけ彼女がこのゲームに長けているということなのだろう。将来何の役に立つのかは知らないが。

 

「氷堂さんは未だ愛してるゲームで負けたことがない。まさに無敗の女だ。そんな彼女に一泡吹かせられるとしたら、もうお前しか残っていないんだよ」


 そう言って、男子生徒たちは俺にお菓子を差し出す。謂わゆる賄賂ってやつだ。


「いや、何で俺なんだよ? そういう救世主的な役割は、イケメンに押し付けろよ」


 俺の顔面偏差値は、良く見積もっても中の上もいったところ。そんな俺に「愛してる」と言われたところで、氷堂が照れるとは思えない。


「イケメンならもう何人も挑んだ。そして返り討ちにされた」

「……マジか」

「大マジだ。だから俺たちは、考え方を変えることにしたんだ。愛してるゲームで大切なのは、どれだけカッコ良いかじゃない。どれだけポーカーフェイスを保てるかなんだ」

 

 照れたら負けの愛してるゲーム。だとしたら、照れなければ少なくとも負けることはない。


「朔間はその……あまり照れたりしないだろ? なんなら笑ったところすら見たことないし」

「……そうか?」

 

 別に照れないわけじゃない。単に感情が顔や態度に出にくいだけだ。

 しかしそんなの彼らからしたら、同じことなのだろう。

「無表情の男」。中学の頃も、そんなあだ名がつけられてたっけ。


「もうお前以外に頼れる奴はいないんだ。どうか氷堂に、愛してるゲームで勝ってくれ!」


 大切だからもう一度言うが、俺は愛してるゲームになんて興味はない。

 だけどこうまで懇願されてしまっては、無碍にするのも気が引ける。

 第一断ったところで、しつこくお願いしてくるのは目に見えているし。


 ……仕方ない。

 勝敗は別にして、引き受けるだけ引き受けるとしよう。


 俺は献上されたお菓子と引き換えに、氷堂に愛してるゲームを挑むことを了承した。

 

 余談だが、この日貰ったお菓子の中にはチョコレートも入っていて、その数は去年のバレンタインデーで貰った数よりもはるかに多かったりする。悲しいことに。





 勉強にしろ委員会の仕事にしろ、俺は明日に持ち越さないタイプだ。

 明日の俺には、明日やるべきことがある。だから今日やるべきことは、今日の俺が責任を持って片付けておかないと。そういう考えである。


 引き受けた愛してるゲームは、今日やるべきことに含まれる。

 俺は放課後、氷堂を校舎裏に呼び出していた。


 待つこと10分。

 俺の呼び出しに応じて、氷堂が校舎裏やって来る。


「待たせたわね、朔間くん」

「いや、全然待っていない」

「それなら良かったわ。……ところであなたの話を聞く前に、確認しておきたいんだけど……これはラブレターなのかしら?」


 氷堂は、俺が彼女の下駄箱に入れておいた手紙を持っていた。


「いいや、違う。それは果たし状だ」

「果たし状!? でも文面には、「愛してる」って書かれているけど!?」

「それは「愛してるゲームをしよう」と書こうとして、書ききれなかっただけだ」

「何よ、それ!? ややこしいわね!」


「愛してる」の数文字だけだと誤解を生む可能性があるのは、わかりきっていた。

 それでも書き直さなかったのはどうしてか? ……単に面倒だっただけである。


 ラブレターと思いきや実は果たし状だったという事実に驚いていた氷堂だったが、すぐにいつものような落ち着きを取り戻す。


「これがラブレターではなく果たし状だということはわかったわ。あなたが私と愛してるゲームをしようとしていることも。でも……本当に良いのかしら?」

「何がだ?」

「自分で言うのもなんだけど、私は愛してるゲームに関しては無敵よ。正直な話、朔間くんに負ける気がしないのよ。それでも本当に私と愛してるゲームをするのかしら?」

「……あぁ、するさ」


 だってせめて勝負しないと、クラスの男子たちがうるせーんだもの。

 テストと一緒だ。受けることに意味がある。


 俺の決意を聞いた氷堂は、「そう」と短く呟く。それから唐突に俺に壁ドンしてきた。


 氷堂の綺麗な顔が、グイッと近づく。あっ、まつ毛長いな。


 氷堂の方が身長が低いので、角度的に大胆に開かれた胸元が視界に入ってしまう。


 明らかに誘っている感を出しながら、氷堂はそのセリフを口にするのだった。


「愛してる」


 彼女の愛してるを聞いた俺はというと――


「……」


 ――見事なまでに、無反応だった。


 実のところ、今俺はめちゃくちゃドキドキしている。心臓が高鳴りすぎて、破裂してしまいそうな程だ。

 

 しかしそれが、顔に出ない。頬に熱を帯びることすらない。

 俺のポーカーフェイスは、学内最強の「愛してる」でも崩すことは出来ないのだ。


「嘘でしょ……あり得ないんだけど」


 これまでワンパンならぬワン愛してるで男を照れさせてきた氷堂にとって、無反応という事実は受け入れ難いものなのだろう。彼女は後ずさる。


 数歩後退したところで、氷堂は石につまづいて転びそうになった。


「危ない!」


 俺は咄嗟に氷堂を抱き抱える。

 その瞬間、脳内に「今だ!」という声が流れ込んできた。


 このゲームを二人で行なう場合、愛してるは交互に言うルールとなっている。つまり、今度は俺の番だ。


「氷堂、愛してる」

「――っ」


 俺が囁くと、氷堂は耳まで真っ赤になった。

 もしかして……無敗の氷堂が、照れちゃってます?


「……お」

「お?」

「覚えてなさいよーーーー!」 


 俺から離れた氷堂は、さながら漫画の悪役キャラのような捨て台詞を残して、この場を去っていくのだった。





 翌日の昼休み。

 教室で昼食を取っていた俺は、クラスの男子生徒たちに囲まれることになった。

 理由を考えるまでもない。昨日の氷堂との一件が、どういうわけか既に校内に流布しているのだ。


「おい、朔間。愛してるゲームで氷堂さんに勝ったって、本当か?」

「ん? あぁ、みたいだな」

「どんな手を使ったんだよ? もしかして、服でも脱いだのか?」

「んなわけねーだろ。普通に「愛してる」って言っただけだ」


 厳密には転びかけた彼女の体を支えていたけれど、そこは取り立てて言う必要もないだろう。 

 

「やっぱり照れない奴こそが最強なのか。「絶対男を落とす女」と「絶対女に落とされない男」の対決は、後者に軍配が上がったみたいだな」


 知らないうちに、新たなあだ名が定着していたようだ。なんかそれ、絶対に彼女が出来ないって言われているみたいで嫌なんだけど。


 俺が氷堂に勝ったことで、校内で大流行していた愛してるゲームも高止まりを見せるだろう。今回のように、俺が面倒事に巻き込まれることもなくなる筈だ。


 しかし、現実はそう思い通りに進まない。

 男子生徒と話している俺のところに、氷堂が近づいてくる。


「朔間くん、少し良いかしら?」

「氷堂? 何か用か?」

「「何か用か?」ですって?」


 トンチンカンな返しはしていない筈なのに、なぜか氷堂は憤りを見せていた。


「用事なんて、愛してるゲームの再戦に決まってるでしょ! あのまま勝ち逃げなんて、絶対に許さないわよ!」


 無敗を貫いてきた女の、初めての敗北。その悔しさは、想像以上だったようで。

 平穏がやって来るという俺の予想に反して、氷堂は愛してるゲームの再戦を求めてきた。


 昨日のゲームだって、嫌々やったんだ。もう一度なんてゴメンである。


 だけど周りのクラスメイトたちが、「良いぞー! やれやれー!」と焚き付けてくるからな。ここで拒めば、空気の読めない男認定されてしまう。


「……わかったよ」


 俺は渋々、再戦を受けることにした。


「それじゃあ、先攻は私ね」


 氷堂は俺のあごを親指と人差し指で摘むと、クイっと軽く持ち上げる。そして、


「愛してる」

「……」


 美少女のあごクイ&愛してるでも、俺は変わらず無表情だった。


「どうしてよ!? 何でドキドキしないのよ!?」

「何でって……」


 いや、ドキドキはしているぞ? 単にそれが表情筋まで伝達しないだけで。


 ……って、あれ?

 俺はふと、氷堂の口元に米粒が付いているのを見つけた。


 恐らくお昼を食べていた際に付着したのだろう。本人は気付いていないみたいだし、取ってやるか。


 俺は氷堂の口元から米粒を取ると、何気なくその米粒を自分の口に放り込んだ。


「……愛してる」

「〜〜っ!」


 はい、照れましたー。

 満を辞して挑んだ再戦も、俺の勝利という結果で終わった。


 その後地団駄を踏んだ氷堂が、「覚えてなさいよー」という負けセリフを残して教室から走り去っていったことは、言うまでもない。





 俺に二度敗北したからといって、勝利を諦める氷堂じゃない。

 あれ以降も、彼女は連日のように俺に愛してるゲームを挑み続けていた。


 結果はいつも俺の完勝。氷堂の「覚えてなさいよー」は、今や我が校の流行語になっていた。


 愛してるゲームにおける「無敗」の称号も、いつの間にか俺のものになっている。別にそんな称号、欲しくないんだけどな。


 初めて氷堂と愛してるゲームをしてから、半年後。この日も俺は、もう何戦目になるかわからない愛してるゲームを、彼女に挑まれていた。


「私はね、どんな男でも一発で落とす自信があった。現に「無敗」を名乗っていた時期は、たった一言で男の顔を赤面させることが出来たわ」

「何だ、それ? 自慢か?」

「そうね、自慢ね。だからあなたを赤面させられないのは、本当に悔しくて。どうしたらあなたが照れるか考えている内に、私の頭の中はあなたでいっぱいになって。……そりゃあ、勝てないわけよね。「愛してる」って言う前から、私はドキドキしてるんだもの」


 氷堂は俺をじっと見つめる。

 心なしか、既に頬が紅潮しているような気もしたが、俺はそのことに気付かないフリをした。


「このゲームで私が勝ったら、付き合って」

「……え?」


 答える暇もなく、彼女は俺の唇を奪う。


「愛してる」


 いつもと同じ一言だというのに、その中に込められた気持ちはいつもと全く異なっていて。

 そこには打算なんて微塵もない。彼女の素直な好意が、真っ直ぐに伝えられていた。


「……初めて、照れてくれたわね」

「!」


 どうやら自分でも気付かぬ内に、照れてしまっていたようだ。

 だけど、仕方ないじゃないか。いつの間にか自分の頭の中を埋め尽くしていた女の子に本気で「愛してる」と言われれば、誰だって照れてしまう。


 ここで俺が「愛してる」と返したら、多分氷堂も照れるだろう。そうなれば、この愛してるゲームは引き分けという形で終わる。

 引き分けたら、俺と氷堂が付き合うという賭けもなかったことになってしまう。それは……嫌だな。


 だから俺は、彼女に「愛してる」とは言わない。その代わりに、「大好きだよ」と自分の気持ちを伝えるのだった。

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