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桜花白夜  作者: 藤泉留亜都
2/2

セキレイ

佐為の国へは、順調にいけば日が暮れる頃に到着する。

――筈だった。


ギイン、と。鉄同士がぶつかり合う音が響く。

よりによって視界の悪い雑木林だ。町明かりなど無い。

海離と宵の月が応戦しているその相手は、夜盗の類である。

狩り用に飼い慣らしたのだろう狼が二頭と、人間が三人。

人間の方は下っ端なのか、それ程の力量も持ち合わせていないようだった。が、そこは夜盗である。この雑木林では戦い慣れしているのが分かった。

木々の間から差し込む月明りを頼りに、襲い掛かる相手の刃を鞘で受け止め、胴を蹴る。

呻き声を上げてよろめくのを脇に見て、海離は走った。

留まっていては危ない。この雑木林を出さえすれば、町明かりは見える。目的地は目の前なのだ。

問題なのは夜目の利く狼だ。

人間などより素早く小回りも利く彼らは、正に脅威。それ以外の何者でもない。

宵の月はチッと舌打ちをして手にしていた物を宙に向けて投げ込んだ。

すぐさま、ぐいっと引く。と、暗闇から人間の悲鳴が聞こえた。

狙ったのは狼だ。投げ込んだ柔軟性のある針金を括り付け、真っ二つにした訳だが、どうやら近くに人間が居たらしい。

次いで刀を抜き、一気に間合いを詰めて振り下ろす。

ガッと音がして、相手が持つ鞘に受け止められたのが分かる。

月明かりに見えたその相手は、海離だった。

「ちょっ、今本気だったろ…!」

「るせえ!!お前さんがげえむだ何だのと寄り道しなけりゃこんな事にゃならなかったんだ!!」

狙った狼の近くに人間が居たのは誤算だった。

大人しく引いてくれるような生易しい夜盗ではない。

海離と宵の月は、増える殺気に再度応戦すべく背中合わせで刀を構え、地面を蹴った。



東の都を守護する十二士団の一人である海離は、生粋のゲーマーだった。

その界隈では名の通った――所謂、有名人。らしい。

公式の大会にも呼ばれたりするのだとか。

そんな者が都を出て旅に出たとて、ゲームをしないでいられる訳がない。

道中のゲーム茶屋にふらりと立ち寄ったのが運の尽き。

海璃の言う「ちょっとだけ」が、まさか二時間も三時間も掛かるものだとは思わなかった。

雑木林を突っ切るというのも、海璃の提案である。

そうすれば随分と近道になるから、日が暮れる前には目的地である佐為の国に辿り着けると言うのだ。

結果。

日が暮れても尚辿り着けずに、雑木林で危機に陥っている。

そりゃあ宵の月が怒るのも無理はない。

何故、御上はこんな者をこの役目に就かせたのか。

想像出来る答えなど、一つしかない。

ここぞという時に役目も果たさずゲームばかりしているから、厄介払いされたのだろう――

複数人の夜盗を相手にしつつ、宵の月は気付いた事があった。

この中に、人間でも狼でもない者が紛れている。

その者は宵の月をターゲットにして誘い込もうとしているようだった。

東の都周辺に住まう人ならざる種族は、己以外にどんな者が居たのだったか…と、思考を巡らせる。

あまり多くはない筈だ。

人間より長寿な者である事は間違いない。とすれば、夜盗の頭という可能性もあるだろう。

誘いに乗るべきか否か……

悩んでいる内に、少し開けた場所に出た。

身の安全を最優先にするべく、周囲の木々に針金を張り巡らせて罠を張る。

「ほう、やはり君だったか。宵の月」

聞き覚えのある声だ。

「久しいな?何年振りか」

聞き覚えのある声だが、名前が思い出せない。

「ええと……あー……」

「まさか、この俺を忘れたと言うのではあるまいな?」

「いや、覚えてるぞ?流石に忘れはしないだろう!」

「そうか。安心したぞ。共に旅をした仲だものな?忘れる筈もない、か」

「そうそう!ええと……せ…っ、犬っころ」

「殺すぞ貴様…!」

名前に無頓着なのだから仕方がない。とはいえ、流石に犬っころは無かったか。

どうにか宥めて、話し合いの場に持ち込む事が出来た。

御上の命を受けた役人だと分かった時点で、殺める事に対し夜盗側に利益がある訳もない。

もう一人も役人だと告げると、仲間に手を引くように伝えると言ってくれた。


――さて。この犬っころ。

名をセキレイと言う。

遥か北の地に住まうとされる竜臣で、絶滅危惧種に指定されていた。

だから、こちらから殺める事も出来ない。寧ろ守るべき対象なのだ。

白銀の短髪で後ろ髪だけが腰の辺りまで長く、赤い瞳に白い肌。身長は宵の月と海璃の間程で、流石に海璃よりは年上だが、子供と大人の中間のような顔立ちを見ると、その種族としてはまだまだ子供なのかもしれない。

「封印の大岩が……そうか。そろそろかと思ってはいたが」

セキレイは二人の話を聞くと、腕を組んで「ううむ」と唸った。

何か思う事でもあるのだろう。

「時に、お前さん。北に帰ったんじゃなかったか?何でここに居るんだ」

「ん?姫について来たんだ」

「姫?」

「君達が探そうとしている依代。巫さ。姫が上京するみたいだったから、後を追って来た」

宵の月とセキレイの話を交互に見ていた海璃が「どういう事だ」と口を挟んだ。

「その姫っていうのも、この雑木林に居るのか?」

「まさか!姫は、この先の佐為の国にある寺院に居る」

「ついて来たって言ったな?何で傍に居ないんだ」

「何でって…まだ挨拶すらしてないのに、傍に居られる訳ないだろう」

「は?」

意味が分からないといった様子だ。

それもその筈。海璃は竜臣という者がどういう者かも分かっていないのだから。

ゴホンと、わざとらしく咳をして、宵の月が説明を始めた。

「竜という字に家臣の臣と書いて竜臣だ。その字の如く、誰かに仕える竜の種族なのさ」

――だから「犬っころ」なのである。

「でも、その者の前に姿を現す事は稀でな。殆どの場合、陰で支えて…それでおしまい」

「ふうん…?変な種族も居るものだな」

「変って言うな!失礼な人間だな」

むすっとするセキレイに、海璃はもうひとつの質問をした。

「じゃあ、何で姫なんだ?巫って性別は無いって聞いたぞ?」

「そりゃあ、女の子として生活しているからな。姫の中には、もうずっと前から雌の守護獣が一匹入っているのだよ」

「しゅご……何?」

「獣だ。魔王の鳥居に行く前に君達が集めなければならない霊獣」

「まさかお前さん…巫を連れて魔王の鳥居に行けば、それだけで魔王を封印出来るとでも思ってたのか?随分と目出度い脳みそだなあ?」

クスクスと笑う宵の月に海璃は顔を真っ赤にして怒った。

「何も聞いてないんだから仕方ないだろう!」

あの御上だって、ただ「巫を連れて魔王の鳥居へ」としか言ってなかった。

「まあなあ、今じゃ御伽噺になっちまってるし。詳しい話を知ってんのは長寿の俺達くらいか」

「それに……」

と、セキレイが何かを言いかけて、首を横に振った。

「いや、何でもない。今夜はもう遅い。俺の家に泊まって行くと良い」


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