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彼女に抱かれて死ぬ

作者: 村上

 これが彼女に抱かれる、という感覚なんだ。

 身体の一部しか触れ合っていないのに、全身が包まれているみたい。

 柔らかく、温かい。

 すぐに眠たくなってくる。

 科学者や政治家、多くの人達が、これが彼女に抱かれている感覚なんだと承認しただけのことはある。

 ただ、僕にはこれが正解なのかどうか、わからない。

 生まれて初めて彼女に抱かれているからだ。

 それでも、このまま死ねたら、幸せだと思える。

 確かに、これで、ようやく、やっと、死ねる。


「それで、君はどうしてそんなに死にたいの?」

 目の前の白衣を着た医師が、興味無さそうに、無感情な声で聞いてくる。

 仕事だからなのか、飽きているのか、もとからなのか、その全てが融合されたような、言い方だった。

 背は小さく、黒髪は長い。大人か子供か、性別すらも男か女かもわからない。

 口調は男らしいが、声質は女の子っぽい。

 おそらく、女性なのだろうけれども、わざと男らしい口調にしているのだろう。

 実際、彼女の性別なんて、今から死ぬ僕にとってはどちらでもいい。

「生きていても、意味がないと思いまして……」

 僕は医師の質問に正直に答える。

「それはまたどうして?」

 間髪入れずに質問してくる。

「だって、別にこれから先、やることも無くてですね」

 全てを包み隠さず話そう。

 もういいだろう。

 どうせ、死ぬのだから。

 本当のことを言おう。

「最近、君のような人が増えていてね」

「知ってます。そのために施設ですよね」

 だから、来たんだ。

「そう、君は物分かりがいいね。死にたいからって、自分で死ぬ勇気も無いから、最後に世の中に迷惑かけてから死のうだなんて連中が増えてね。困るのよ。だから、こんな施設が誕生した」

 この国もついに、死にたいのだけれども、自ら死ねない人達に向けて、簡単に死ねる制度を取り入れた。

 それも優しく、自分の死にたい方法で死ねる方法があるという、僕にとっては理想的な死に方だった。

 死にたい人をきちんと死なせてあげる。

 海外では取り入れられた国もあったが、この国では死生観が成熟しておらず、ただただ、注視という静観を決め込むだけで、これまで立法等の具体的な行動は何一つ無かった。

 ただ、需要はあった。

 僕みたいな人間が増えてきているのだ。

 けれども、人を死なせるという行為に、この国は関わり合いたくない。

 だから、民間の業者に預けることにした。

 入札で競争し、死にたい人を効率よく、自然に死なせてあげる施設へ、お金を払うことにしたのだ。

 この施設は、全て国のお金で運営されている。

「何かやり残したこととかないの?」

「ある訳ないです」

「今から、新しいことをやろうとは?」

「全く思いません」

「楽しいことは?」

「ここ何年もないです」

「家族は?」

「いないです」

「親しい友人は?」

「いないです」

「はい。わかりました。ちょっと待ってね。今、あなたのデータを入力する」

 そこまで言って、医師は僕の存在を忘れたかのように、端末と向かい合う。

 死ぬことへの意思が固いことを確認できたようだ。

 定型的な質問を受けて、それに対しての定番で返答した。

 医師の準備作業中、僕は手持ちぶさたになる。

 これまでの人生のことを少しだけ振り返ろうとしたものの、特に何も無い人生だった。

 打ち込めるような何かが、あれば良かったのだろうか。

 そんなものはなかった。

 もし、打ち込んだとしても、自分みたいな人間はどうせ対して成功もしない。 

 だから、失敗してどうせまた死にたくなるのだ。

 このまま、長生きしても、大して意味の無い、このまま平行線で行くのであれば、早めに死んだ方が効率的だ。

 急に失踪する人の気持ちが良くわかる。

 何もしたく無くないのだ。

 生きていても、何もすることが無いのだ。

 今の自分は金銭面で生活困っている訳ではない。

 ただ、生きることに飽きたのだ。

 お金を持っていても、持っていなくても関係ない。

 生きることに興味が無くなった人は簡単に死ねるようになって、本当に良かった。


「はい。それじゃ、この中から選べるようになっていますので、好きなのをお選びください」

 端末を見ると、色々と死ねるプランが用意されている。

 ファミレスのメニューをみたいに、可愛いイラストと一緒にコースが紹介されている。

 結局は、カプセルの中に入り、楽に死ねる薬で死ぬのだが、その前まで、どういうシチュエーションで死まで持っていくか。

 そこには、サービスを介入させる余地があるということなのだろう。

 シンプルに首を吊って死ぬ、絞首刑。

 全身に電気を流して殺される、電気椅子。

 頭を銃で撃ちぬける、ヘッドショット。そんな度胸はない。そんなことを自分で出来るくらいなら、ここに来ていない。

 両手足を馬に引っ張られて死ぬ、昔の処刑。滅茶苦茶痛そう。

 薬物を多量に飲む、オーバードーズ。

 雪山で遭難して凍死。

 何もしないで死ぬ。

 色々な死に方が用意されている。

 結局、死ぬので、どの死に方でも良いじゃないかと思われるかもしれないが、やっぱり、出来るだけ楽な思いをして死にたい。

 最近の流行りというのは、一通り、抑えているという感じはしたが、しかし、うーん。今の所、どれもやだなぁ。

 というのが、第一印象である。

 しいて言うのならば、やっぱり、絞首刑か、凍死だろうか。

 とちらも、楽に死ねるイメージがある。

 でも、それなら、頭を打った方が一瞬で死ねるだろうか。

 端末を操作して、次のページへ進むと、彼女に包み込まれながら、死ぬというのがあった。


 そうして、僕は死ぬカプセルの中で、彼女に抱かれている。

 うっすらと意識が遠のいていく。

 これから死ぬというのがウソみたいなほどの、多幸感に包まれている。

「ちょっと待ってください」

 僕は思わず、声を上げていた。

 すると、彼女の存在が消えた。

「どうかしましたか?」

 医師は言葉使いこそ丁寧だが、なんだよ急に早く終われよといった感じで聞いてくる。

「……やっぱり、生きようと思います」

「急にどうして?」

「僕も彼女のこと抱きしめたいと思いました」


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