6 疾走
いよいよ異教徒の登場。引き締まった韻律による疾走感を活かすべく、再現を試みる。
…何者ぞ、漆黒の駒轟々と来れるは?
銜も蹄も緩んでなお飛ばしに飛ばすは?
脚元カタカタ蹄鉄の嘆き
洞窟めいた木霊、辺りを起こし
鞭に次ぐ鞭、跳びに跳び。
... Who thundering comes on blackest steed,
With slackened bit and hoof of speed?
Beneath the clattering iron's sound
The caverned echoes wake around
In lash for lash, and bound for bound;
駿馬の脇腹流れる泡は
大海の潮を集めたような。
疲れた波なら沈み休みもするが
騎乗者の胸は沈みも休みもならじ。
The foam that streaks the courser's side
Seems gathered from the ocean-tide:
Though weary waves are sunk to rest,
There's none within his rider's breast;
如何なる嵐が明日吹き荒れようとも、
異教徒、お前ほどには荒れまいとも!
お前の事など知らぬ、お前の種族を憎む、
ただ、何かがお前の顔に窺える、
時の砂に埋れるどころか強まる。
And though tomorrow's tempest lower,
'Tis calmer than thy heart, young Giaour!
I know thee not, I loathe thy race,
But in thy lineaments I trace
What time shall strengthen, not efface:
若く青白く、血色の悪い顔をして
灼熱する情念の鋒先に嬲られて
凶悪の眼差し大地へ落とすにつれ
流星さながら飛ばし極めるにつれ
つらつら観るに、汝が身は運命避くるを得じ、
オスマンの子ら汝を屠るか避くるか選ばざるを得じ。
Though young and pale, that sallow front
Is scathed by fiery passion's brunt;
Though bent on earth thine evil eye,
As meteor-like thou glidest by,
Right well I view thee and deem thee one
Whom Othman's sons should slay or shun.
Giaour:全集版注釈[66] [クラーク博士の旅行記(Edward Daniel Clarke, 1769-1822, Travels in Europe, Asia, Africa, 1810-24)では、不信心者を意味するこの単語は、専ら英語の発音Djourに従って表記されている。バイロン卿は、レヴァントのフランク族の間で一般的なイタリア語の綴りを採用した(注:1832年版)。この単語の発音は、その起源に依存する。しかし、ペルシャの拝火教徒 gawr、あるいは guebre であれば、Gower Street が発音されるように、Gow-er- と発音するはずである。現在でも、ウルミアのネストリウス派は、マホメダンの同胞からギ・アワーズ(Gy-ours)と蔑まれていることが特筆される。—(From information kindly supplied by Mr. A. G. Ellis, of the Oriental Printed Books and MSS. Department, British Museum.)]
「異教徒」ほか東洋のイメージは、ベックフォード『Vathek』及び Henry Weber "Tales of The East"から来ている。Vathek とは人名で、アッバース朝第9代カリフ Al-Wathiq の名を借りたもの。小説中のヴァテック王は欲望のままに全てを求め、異教徒が顕す不思議に導かれるまま地獄落ちするのだが、ゲーテ『ファウスト』のメフィストーフェレスを思わせる導き手は終始名乗らず、異教徒 Giaour とのみ呼ばれる。ただし Indian と公言する割には、ヒンズー教と対立するゾロアスター教の聖地 Istakharへ行かせるなど錯誤も含む。ヒンズー諸派が崇めるデーヴァ神群を、ゾロアスター教ではダエーワ(=悪魔)として忌み嫌うので、そこはイラン人とかにすべきだった。
ゴシック・ロマンスの代表作とされる『ヴァテック』であるが、その舞台は(マルウィヤ・ミナレットを擁する)サーマッラーの街と明言され、ゴート人の建築物など微塵もなく、これを Gothic 呼ばわりしてよいものかやや躊躇われる。
原註に曰く。いくつかの注の内容については、一部はデルブローに、一部はウェーバー氏が正しく「崇高な物語」と呼ぶ、最も東洋的な物語である「カリフ・ヴァセック」に負うところがある。しかし、衣装の正確さ、描写の美しさ、想像力の力強さにおいて、ヨーロッパのあらゆる模倣をはるかに凌駕し、東洋を訪れたことのある人なら、翻訳以上のものとは信じがたいほどの独創性を備えているのだ。東洋の物語としては、ラッセラスでさえもこの作品の前に屈しなければならない。彼の「幸せの谷」は「エブリの館」とは比較にならないだろう。[See Childe Harold, Canto II. stanza xxii. line 6, Poetical Works, 1899, ii. 37, note 1.
『チャイルド・ハロルド』該当部分は、Vathek 自体に言及する。
There thou, too, Vathek, England’s wealthiest son,
Once formed thy paradise; as not aware
Where wanton wealth her mightiest deeds hath done,
Meek peace, voluptuous lures, wasever wont to shun.
この部分は後に「詩人バイロンに『英国の最も富裕なる公子』と呼ばれたベックフォード」などと引用されてしまうのだが、原文を見る限り「英国の最も富裕なる公子」と呼ばれたのはヴァテックであり、ベックフォードではない。
なお原注に拠ると、Giaour とは東洋の物語全般によく登場する存在で、『漁師』『アラジン』『中国の姫』を参照とのこと。




