狼王子の攻略に失敗した転生ヒロインは、悪役令嬢の死亡フラグをへし折りたい
私が、処刑される?
目の前には、恐ろしい人狼に変身したフェリクス様の姿があった。
グルルルルと獣が威嚇するような低い唸り声を上げ、殺気の籠った獰猛な視線をこちらに向けて。
どうして?
私はヒロインなのに。
貴方の呪いを解いて幸せにしてあげられるのは、私だけなのに。
だってここは「プリズンラバース」、乙女ゲーの世界なんじゃないの?!
様々な事情に囚われたイケメンを解放してあげて、甘い恋に落ちる乙女ゲームの世界なんじゃないのー?!
攻略は上手くいっていたはず。だってフェリクス様は、私に優しくしてくれた。
魔法のレベルだって、最低限攻略できるレベルまでは上げたのに……うそ、1足りてない。
もしかして私、攻略失敗したの?
ゲーム画面越しに見た最推しの狼王子が今、私を噛み殺さんとばかりに臨戦態勢に入っていた。
最推しに殺られるなら本望だなんて、生憎そんなマゾ気質は持ち合わせていない。
私、ここで死ぬの?
このままゲームの筋書き通りに、バッドエンドを迎えてしまうの?
「そ、そんな……いや! 誰か、助けて……!」
「キーキーうるさい女だ! 今ここで始末してやろうか?」
殺られると思ったその時
「フェリクス、『ステイ』!」
悪役令嬢のオリヴィア様が助けてくれた。
震える手を必死に伸ばし、暴走した狼王子を静めてくれた。その上そっと目配せして、私をあの場所から逃がしてくれた。
急いでパーティ会場から、走って逃げた。
胸が苦しい。足が痛い。でもそれよりも、オリヴィア様の悲しそうな顔が頭から離れなかった。
所詮ゲームを面白くするための、ただのライバル役。悪役令嬢にしか過ぎないと思っていた。
でも今気付いた。
ここはゲームじゃない。
現実の世界だと。
意思を持たないNPCではない。
皆、この世界で生きている。
自分で考えて行動して、生きている。
同じシナリオを辿っているように見えても、些細な選択の変化でルートは分岐する。
ゲームの世界だったら、私はあそこで死んでいた。オリヴィア様が助けてくれるなんて事はなかった。だってそれがヒロインであるレノアのバッドエンドだから。
でも私は、助かった。
オリヴィア様のおかげで、助かった。
じゃあオリヴィア様は、この先どうなるの?
月のアザを持って生まれたがために、調教師としての宿命を背負った彼女は、幼い頃からフェリクス王子のお守りを命じられて、逃げることも出来ない。一歩間違えば、自分も襲われる危険だってあるのに。
ゲームの中で、ヒロインが攻略を成功していたら、狼王子の呪いは解けるけど、最愛の人をヒロインに奪われる。しかも調教師であるため離れる事も出来ず、部下として一生仕え続けるしかない。
逆にヒロインが攻略を失敗したら、呪いは解けず何れ理性を抑えきれなくなった狼王子に食べられて死ぬ。そして我を取り戻した狼王子もその現実に耐えられず、後を追って死ぬ。
どちらに転んでも、不遇過ぎて泣ける。
救いが全くない。
やばい、どうしよう。
明らかに今、バッドエンドを迎えてしまった。
私のレベルが1足りないばかりに。
このままでは、オリヴィア様が狼王子に食べられて死んでしまう。そんなのは嫌だ!
思い返せば攻略対象以外のキャラで、学園内で私に優しくしてくれたのはオリヴィア様だけだった。
元平民風情がと貴族令嬢達からは蔑まれ、友達も出来ず、お昼は隠れるようにしてぼっち飯の毎日だった。そんな私に気付いたオリヴィア様は、よくお昼を誘ってくれた。
オリヴィア様とフェリクス様が近くにいれば、他の貴族達はまず寄ってこない。クラスは別々だったけど、一緒にお昼を共にするのが当たり前になって、色々気にかけてもらえて、毎日が少しずつ楽しくなった。
あんなに、優しくしてもらったのに。
命まで、助けてもらったのに。
私は、なんて事を……
その時、頭に付けていたバラの髪飾りが地面に落ちて壊れた。その姿がオリヴィア様と重なり、無性に悲しくなった。
壊れた破片を丁寧に拾い集め、私は決心する。
オリヴィア様の死亡フラグ、私が必ずへし折ってやる!
勿論、オリヴィア様から狼王子を奪おうなんて気持ちはもう全くない。ゲームの画面越しに鑑賞するイケメンだから良かっただけで、現実だとただの恐ろしい化物にしか見えなかった。
狼王子の呪いが強化されるよりも早く、何とか魔法レベルを上げて浄化する。呪いさえ解ければ、オリヴィア様が食べられることもなくなるはずだ。
方向性は決まった。
そうと決まれば、早速行動!
◇
「お願いします、学園長。後一年だけ通わせて下さい! どうしても私、浄化魔法を完璧にマスターして、殿下の呪いを解きたいんです! オリヴィア様に助けて頂いたこの命、オリヴィア様のために使いたいんです!」
卒業パーティが終わった後、私は学園長に直談判をしに行った。
オリヴィア様の祖父にあたるこの方は、孫ラブなお爺様だ。そのため何とか殿下の呪いの力を弱める事が出来ないか、日々研究しておられるのを私は知っている。
「レノア・バトック。君は確か、貴重な聖属性を持っておったのう。じゃが、生活態度は不真面。実技試験はよくサボっておったようじゃのう。筆記の成績もよろしくない」
「す、すみませんでした! その点に関しては、重々反省しております! これからは気持ちを入れ換えて、真面目に取り組みますのでどうか!」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「お爺様、少々よろしいでしょうか?」
え、この声は、オリヴィア様?!
「オリヴィア、よく来たのう。卒業おめでとう」
「はい。ありがとうございます、お爺様……って、レノアさん! よかった、無事でしたのね!」
オリヴィア様は、私を見るなりパーっと嬉しそうに破顔されて駆け寄って来られた。
「オリヴィア様のおかげです。先程は、本当にありがとうございました。自業自得でフェリクス様を怒らせた私なんかを助けて頂いて……」
「ううん、いいのよ。それよりも、ここで何をしているの?」
「ええっと、それは……」
馬鹿正直にオリヴィア様の前で理由を言うのは恥ずかしい!
「オリヴィア、殿下の様子はどうじゃ?」
私が困っていると孫ラブお爺様が、助け船を出してくれた。
「前回より、力が強くなっておられます。何とか今日は私の力で抑える事が出来ましたが、それもいつまで持つか……」
「そうか……わしは、可愛い孫娘を守りたい。そこで提案があるのじゃが、レノア・バトック。其方がオリヴィアの力になってくれると言うのなら、優秀な家庭教師をつけよう。どうじゃ?」
「はい、ありがとうございます! 喜んでお受け致します!」
意味が分からずきょとんとされているオリヴィア様の隣で、私は深く頭を下げてお礼を言った。
◇
数日後。
「君が、レノア・バトックか。私はオリヴィアの兄、フランシス・フローレンスだ。今日から君の家庭教師を務めさせてもらう」
どえらい人が家庭教師に来た。
王国一の魔術師フランシス・フローレンス。魔法塔に引きこもる、シスコン眼鏡様だ。
この人、キャラが濃すぎて私はよーく覚えている。たまーに魔法の試験官としてゲームで登場してきたんだけど、まぁそこから伝わる妹ラブ感が半端ない。あまり登場しないのに、残念イケメンとして有名なのだ。
口を開けば「リビリビリビリビ」
ちなみにリビとはオリヴィア様の愛称である。
「リビの友人らしいが、私は容赦しないからな。これはリビの運命がかかっている。リビを幸せにするために、殿下の束縛をどうにかせねばならない。四六時中リビに纏わりつくあの獣を浄化する。それがリビを救うためにやる、君のミッションだ。分かったか?」
今、五回もリビって言ったよ。ちょっと真似してみようかな。
「勿論です。リビ様は私の命の恩人であり、大切な友人です。私がリビ様のために頑張るのは至極当然のこと。私はリビ様を救うためなら、どんな試練でも乗り越えてみせますわ。リビ様に助けて頂いたこの命、リビ様のために使えるなんて、これ以上に喜ばしいことなんてありませんもの!」
どうだ、まいったか?
あれ、なんでそんなキラキラと瞳を輝かせてこっちを見てるの?
「素晴らしい、合格だ! 君とはとても話が合いそうだ! これからよろしく頼むよ」
何故か、すごい懐かれた。しかも……
「まぁ、レノアさん! 私の事を愛称で呼んで下さるなんて嬉しいわ!」
差し入れを持ってきてくれたオリヴィア様にも、ばっちりと聞かれてしまって、恥ずかしい!
何でオリヴィア様が居るのかって?
それは私が今、フローレンス公爵家でお世話になっているからだ。
住み込みで超一流の先生から魔法指導を受けれるという、破格の待遇を孫ラブお爺様がセッティングしてくれたおかげでもある。
「敬称もいらないのよ、リビって呼んでちょうだい」
「分かりました、リビ」
友よ! 私を裏切るのか! 羨ましいぞ! けしからん!
という声がどっからか聞こえてきたけど、聞こえないフリしておいた。
「私も愛称で呼んでもいいかしら?」
「勿論です! 私の事はノアとお呼びください」
「ええ、ノア」
嬉しそうにふわりとリビが笑う。
その笑顔の破壊力が、半端ない!
案の定、シスコン眼鏡様の方を見ると「尊い尊い尊い尊い尊みが深い!」と若干壊れかけている。
画面越しだと分からなかったけど、今なら私、このシスコン眼鏡様の気持ちが痛いほど分かる!
「フランシス様、私達はリビの笑顔を守るために頑張りましょう!」
「ああ、勿論だ! 心の友よ!」
こうして、シスコン眼鏡様こと師匠の的確な魔法指導のおかげで、私の魔法はみるみる上達した。
だって、頑張ってるとリビが笑顔で差し入れ持ってきてくれる!
その笑顔が見たいから、私達はひらすら頑張った!
◇
「あーコホン! お、オリヴィア……あちらは何を?」
「お兄様がノアに魔法を教えているんです」
遠くからでもよーく分かる。
フェリクス様の顔がとてもひきつっておられるのが。
「師匠、リビに獣が接近しました」
「そのようだね。一旦中断しよう」
「アイアイサー」
魔法の訓練を一旦止めた私達は、フェリクス様の元へと向かった。
「殿下、いらしてたのですね。さぁお帰りはあちらです」
ごく自然に笑顔でフェリクス様を正門へ誘う師匠に、思わず吹き出しそうになった。
どうやらフェリクス様と師匠は、あまり仲がよくないらしい。
「いや、その、私は今来たばかりで……」
リビの兄である師匠には、フェリクス様もたじたじのようで、強く言えないようだ。
「そうですよ、お兄様。殿下はお忙しい時間の合間に寄ってくださったんです。あまり意地悪言わないで下さいませ」
ズーンという効果音が師匠の方から聞こえ、逆にフェリクス様の方では祝福の鐘が鳴っているような気がした。
師匠、敵はとってみせます!
「殿下、ご無沙汰しております」
「あ、ああ。久しぶりだな。魔法に励んでいると聞いているが……」
「はい! フランシス様のご指導と、リビの笑顔のおかげで、毎日がとても充実しております」
「ふふふ。まぁ、ノアったら」
「本当ですよ。リビの笑顔が私達に勇気と力と元気を与えてくれるんです。そうですよね? 師匠」
「そうさ! 私はリビの笑顔を守るためなら、なんだって頑張れるよ!」
「私もです! 殿下も、そうですよね?」
「あ、ああ。勿論だ」
フェリクス様の顔が曇る。
私達の前で花が綻ぶような笑顔を見せてくれるリビだけど、フェリクス様の前では表情がかたくなる。怯えているのを悟られないように、必死に隠して繕っているような、そんな不自然な笑顔になる。それを、フェリクス様が気付いていないわけがない。
師匠の敵はとった。皮肉るのはここまでにして、本題に入ろう。
「それでしたら、殿下。ひとつ私にご提案があるのですか、聞いて頂けませんか?」
「申してみよ」
「殿下が疲れていらっしゃると、リビの笑顔が雲ってしまいます。そこで私に、浄化魔法で治療させて頂けませんか?」
「浄化魔法を使えるようになったのか?!」
「はい。上級浄化魔法までならマスターしました。まだ超級は無理ですが、心身のリフレッシュ効果ぐらいなら出来ますので」
「分かった、やってみてもらえるか?」
「はい、勿論です」
集中して、今出せる最大の魔力で浄化魔法をかけた。フェリクス様の中にある、魂にかけられた悪しき鎖を全て絶ちきる!
バラバラに砕けた欠片のひとつまで残らないよう、綺麗に浄化して消し去った。
たぶんこれで、呪いは解けたはず……
目を開けると、フェリクス様は涙を流しておられた。
「世界はこんなに、広くて明るかったのだな」
どうやら、呪いは解けたようだ。その台詞は、呪いが解けた時にゲームの中でフェリクス様が仰られる言葉だ。
そしてここからは、ゲームにない新しいシナリオを辿っていくのだろう。
「オリヴィア。その中でも君は、やはり一番輝いて見える」
「殿下……っ!」
呪いが解けても、フェリクス様の中にはリビと過ごしたかけがえのない時間が残っている。
バッドエンドの二人は、相思相愛だった。呪いの力に抗えなくて、狼王子は愛しい月を食べてしまった。
けれどもう、その呪いは解いた。後に残るは、幸せな二人の未来だけだよね!
「師匠、戻りましょう」
「ああ、そうだな」
イヤだーって駄々をこねると思っていたけど、以外にもすんなり付いてきた。
師匠、少しは空気読める方だったんですね!
弟子は今、猛烈に感動しております!
「ノア、これでリビは幸せになれるのか?」
「ええ。殿下を縛っていた悪しき鎖は全て浄化しました。もうこれで、タガが外れて暴走する事はないでしょう。全ての力を、今の殿下ならきっと使いこなせるはずです」
呪いが解けた後、ゲームの中でフェリクス様は完全に人狼の力を操られるようになられた。弱き者を守るために力を使い、皆に慕われる英雄王となられるはずだ。
「そうか、よかった……本当に、よかった……」
「師匠、今までありがとうございました」
頭を下げてお礼を言うと、師匠はとても戸惑っておられた。
「な、何を、言っておるのだ?」
「殿下の呪いも解けて、私の目標は達成できました。いつまでもお世話になるわけにもいきませんので……」
公爵家のリッチな生活とおさらばするのはすごく残念だけど、いつまでも善意に甘えてちゃだめだよね。魔法もかなりマスター出来たし、これからは自立して頑張っていこう。
「私はまだ、君に教え足りない。一生をかけて、君には教えたい事が山ほどある」
師匠の真剣な眼差しに、何故か胸がとくんと高鳴った。イケメンに見つめられたら、仕方ないよね、仕方ないと、何故か心の中で必死に言い訳する。
「つまり、私を一生弟子にしてくれるって事ですか?」
「ちがう」
間髪いれずに否定された。悲しい。
「ノア、私の妻になりなさい」
言葉の意味を理解したら、頭が一気にのぼせたように熱くなる。恥ずかしくて視線をさ迷わせていると、何故か師匠は私の顎に手を掛けた。くいっと、強制的に目線を合わせられる。
「答えはイエスしか認めない」
そう言って、唇を塞がれた。
むしろイエスすら、言わせてくれないじゃないですか!
こうして、「プリズンラバース」の世界にヒロインとして転生した私は、シスコン眼鏡様ことフランシス様の妻となり、王妃になったリビを共に愛でながら仲良く暮らした。
おしまい!
こちらの作品は、「悪役令嬢は、月を乞う狼王子から逃げられない」に登場した転生ヒロイン視点のお話となります。
王子視点を書く前に、こっちを挟まないと二人のラブラブは書けないぞと思い、急遽こちらを先に書いてみました。
面白かった!
王子視点の話も読んでみたい!
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