最後のテストを
期末試験を終えると、どっと疲れが押し寄せる。徹夜してまで勉強する意味はあるにしろ、過去問を丸暗記するだけでも事足りたろうに。
教室から退出していく学生たちは開放的な雰囲気をまとう。サークルのメンバーで天体観測に行くらしい。キャンプしながら星空を仰ぐ。焚き火に手をかざして、芝生に横たわって。
実家に帰省する連中のなかには、試験会場にスーツケースを持ってきている、準備万端の者がいた。
「ユッキーは予定あるの?」
「なんにもないよユッキーは」
仲良しの智世はそっけなく、はーん、と口走る。
「なんかあるでしょ」
「だからないって言っている」
「うそ。外車の木戸くんいるじゃない。旅行とか、ないわけない。あー、そうか。別れたんだろ、そうだろ。冷たくしたんだ、ユッキーが」
合わなかった。短い台詞ですべてが表現できる。
「酵素みたいなものよ」
「酵素?」
口をぽかんと開けて智世は首を傾げる。
「うん。金型の雄雌、コンセントとプラグ、かっちり噛み合うものと、そうでないものがあるからさ」
「でも酵素は補酵素が柔軟に変形するではないの」
「じゃあ硬かったんだよ、お互いに」
構内の駐輪場への道すがら、他愛のない話をしていると、智世の服装がいつもと違うことに気がつく。
トップスは紺色のシースルー。編み上げのサンダルを履いている。見ているこちらが涼むような爽やかさを意識させられる。風鈴のようにころころ笑う彼女に、すれ違い様ちらりと視線を投げ掛けるのは何も男性ばかりではない。
「ってか。硬いって表現がジワるわ」
自転車に跨がりペダルを漕ぐ。肩甲骨まで伸びた智世の髪がなびく。
「受け入れてあげないと駄目じゃない。大事な彼氏なんだもの」
「もう別れたってば」
「どうせ別れるなら、初めから付き合わなければいいじゃん」
耳鳴りがする。雪子はブレーキはかけずに、それでも確かにスピードは落ちていく。数秒、数十秒と智世との距離が開いていく。
いつ、智世は知るだろうか。曲がり角に消えてもなお、走り続ける背中がはっきりと想像できる。ここに彼女がいないことよりも、自分のリアルな予想が悲しい。
途中で振り向いたとしても。
「ねえ、早く来なよ!」
一応は叫びながらも智世は自転車を降りないに決まってる。智世だけではない。沿道の車や、駆け回る子どもたち。みんな雪子をおいてけぼりにする。
まるで地球の自転に雪子だけついていけないかのように。