待ち合わせは駅前の
待ち合わせは駅前のロータリー。夜にはキャッチというのか、客を呼びこむ年老いた男女が溢れる。今は明るい太陽の下で、チラシなんかのゴミが吹き溜まりに寄せ集まっていた。
カフェ「曼荼羅」のオーナーがくれた水筒は、保温性能が高い。朝淹れたアイスコーヒーは、朝の冷たさを崩さない。口に含むと柑橘じみた香りが鼻に抜ける。
信号待ちをしていた車が動き始める。そのなかに、こちらに手を振る車両に向かい雪子は駆けていく。
「やあ。雪子ちゃん、やけたんじゃないの肌」
助手席に腰を落ち着けるなり走り出す。狭い車内を解放するように、天井がスライドして風が髪を巻きつけてくる。
「いいね。その帽子、似合っているよ」
つばの広い帽子を外すと、木戸くんの顔が綻ぶ。
「キスしていいかな」
「運転中でしょう」
それもそうか、とあっさり引き下がるのは彼らしい。所詮帽子など飾りなのだ。木戸くんは雪子そのものに興味を抱いている。それが重要なことで、むしろ他はどうでもいい。
「美味しいハンバーグの店があるんだ」
海沿いに聳える高架をすり抜けていく。どんどん追い越していく。後方に消えていく車たちとは金輪際会うことはないのだ。そう思うとなぜだか寂しい気持ちになってくる。
「楽しそうだね」
ラジオの周波数を合わせる木戸くんの仕種が、取り敢えず雪子の注意を惹くためだけの、楽しそうだね、に思えてならない。
ハンドルを握る木戸くんの指は細く長い。一般的な男性はどんなものなのか、でも長いような気がしている。
生まれたときから父が他界していた雪子にとって、かくあるべき男性像など絵に描いた餅よろしくとらえどころがない。
記録媒体に残された父の面影に、想いを馳せられるほどの接点はなく。仏壇に手を合わせて、線香の燃える先端を眺めている。欠けた生活を補うことはできるはずがない。例え母が再婚しても、雪子の父は父だけなのだ。
「着いたよ」
「あら、早いのね」
木材をふんだんに取り入れたアーチを潜って、蛇行する石畳を歩いていく。肩に添えられた木戸くんの手が導いてくれる。
草いきれのなかに、蝶がまぎれる。花の蜜を味わうために浮遊している。
「ねえ、蝶って。どうして自分の吸いたい花を選べるのかなあ。間違えて、蜂蜜を舐めることはないよね、多分」
「んー。それは人間が肉を食べることに対する懐疑的なメタファ?」
「いや、そんなこと、つゆも思ってないよ」
そっか、と木戸くんは目を細める。肥えた舌で品定めした選りすぐりのハンバーグを雪子と共有したいのだ。ときどき木戸くんの被害妄想に辟易したくなる。
「ハンバーグ、楽しみにしてたんだから、ほんとに。ただ私は思っただけ。甘いものでいいなら、花じゃなくてもいいじゃないって。しかも特定の、決まった草木にしかサナギを作らない蝶だって不思議なの。何でもいいわけではなくて、それを能力によって見極めるのは凄いことよね」
頬杖をつきながらメニューをめくる。明らかに落胆の色が滲んでいる。露骨な木戸くんはきっと、大好きな肉にかじりついたら、いつもの笑顔に戻るだろう。
ステンドグラス調の電灯は、実は内部に火のついたろうそくが置いてあるようで。テーブルの上のそれが二人の視線を独り占めしている。
ナイフとフォークの奏でる音楽と、たまに席の間を横切る店員の持つハンバーグプレートの肉汁がはぜるビートが繰り返されていく。
「レアでいいよね」
注文する木戸くんの言葉に軽く頷く。
赤い液体を滴らせるままに、口に運ぶ彼とは裏腹に、私は鉄板に切り口を押し付けて、たんぱく質が変性するまで焼くに決まってる。
ウェルダン、と心の中で唱える。よくやってるね、雪子、と。