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あの子と出会ったのは

 あの子と出会ったのは、夕暮れの公園はジャングルジム。ロープが束になって、支柱にタワーのようになっていたものを、ジャングルジムとは呼ばない。であれば、正式名称を教えて欲しい。


 ある日は砂場で玩具のシャベルを。またあるときは互いにシーソーで向かい合わせに。さらには滑り台を降りてくるあの子を下から逆走する雪子が受け止める。


 襟足に滴る汗を、垂れた状態で、あの子は満面の笑みを湛えて。


「雪子ちゃんは大きくなったらなにになりたいの?」


 ちょうど芝生に寝転がっていた雪子は、大きくなりたくなかったから、そのあとのことはまるで考えたことがなかった。だから答えに窮した。


「なにかになれるの?」


 質問に質問で応えてはいけないのだと、雪子は分かっていながらそうする。


 うーんっとねえ。困り顔のあの子は唇を結んで空を仰いだ。顎から首にかけての皮膚が緊張している。

 どこかが張りつめると、代わりにどこかは緩まる。世界は丁寧すぎるくらいにバランスを取りたがる。


「ぼくは力持ちになりたいなあ」


 なれるよ。雪子は笑う。するとあの子は雪子の機嫌がいいと思って続ける。


「お金持ちにもなれるかな」


 もちろんよ。また雪子は微笑む。


「学者さんになりたいし、宇宙飛行士にも」


 なれる、なれるよ、ぜったいに。

 そうかな、ぜったい?


「うん。ぜったい」


 真面目に断言する雪子に、あの子はとても嬉しそうだ。声をおしころして、くすりと笑う。でも突然ハッとして、黒目を左右にきょろきょろさせて。


「じゃあさ」


 口ごもる。沈黙はいたずらに過ぎていく時の儚さを胸に思い起こさせる。


「なに?」


 努めて優しく、雪子は囁く。耳がくすぐったくなるような440ヘルツのさえずり。

 あの子の面映ゆそうな、されど精悍な表情。あれ、こんな人だったかな。そしてあの子は雪子の一瞬の戸惑いを、見逃さなかった。


「雪子ちゃんのお嫁さんになれるかな」


 夕陽は青くなりつつあった。真剣な眼差しは、鍛え上げられた刀身のように鋭く怪しく光った。


 あはははは。お腹を抱えて雪子は地面に仰向けになる。

 あの子は驚いているようにも、悲しんでいるようにも見えた。


「どうして。おかしくないよね」


 半べそのあの子はシャツの裾を握った拳を震わせている。


「ごめんね。お嫁さんにしてあげられない。だって私、女だもん」


 間違いに気づいたあの子は潤んだ瞳が徐々に乾いていく。雪子も笑顔になる。今度の笑みはぎこちなくなった。さっきは心から笑えたのに。

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