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15 花降らし

 風の透明な指先がアネモネの髪を一筋落とし、ハモンはアネモネの額にかかった髪を長い指先で払った。そのままハモンの指先はアネモネを慈しむように白い頬を滑る。


 ふわり、と蝶が翅を立てて止まるように花弁がアネモネの髪に落ちた。

 アネモネの髪に留まる花弁をハモンは一枚一枚丁寧に取り払う。


「花弁で飾られたアネモネも綺麗だが、今日は私の色をつけておくれ」

 ハモンは軍衣の懐から青いラピスラズリの髪飾りを取り出し、そっとアネモネの髪にさす。


 青炎の夜空のごとき群青のラピスラズリは星雨のような金が散っていて、まるで天空の世界を閉じ込めたように美しい。


 贈り物にまろやかな頬をあどけなく染めたアネモネは、

「ありがとうございます、ハモン様」

 と鈴が鳴るような声で礼を言う。


「アネモネ」

 ハモンがアネモネと視線をあわせる。

「アネモネ、結婚式をしないか?」


「4日間の休暇の後は、また任務のために砦に戻らなければならない。おそらく帰ってこれるのは数年後だろう」

 数年後、と口の中で声を出さす呟くアネモネは飛べないまま凍った冬の小鳥のように身を強張らせる。覚悟はしていたが、3年ぶりに会ったばかりなのに再び別れることは、やはり辛かった。


「すまない。寂しい思いをさせてばかりの私を許しておくれ。だから、せめて結婚式を挙げないか? 数年後に帰ってから盛大な式を挙げてもいいが、できるならば今、きちんと神の前で認めてもらって夫婦になりたい」


 真摯さの滲む声でハモンはアネモネに懇願した。


「すまない。アネモネが寂しい時も悲しい時も怒りたい時も側にいてやれない夫で。しかし大事な任務なんだ。どうしても必要な仕事なのだ。あと数年間、我慢しておくれ」

 

 アネモネは息を吸った。

 声が震えてしまわないよう深呼吸を繰り返し、肺に満ちた空気を吐ききって。不安も孤独も心細さも呑み込み、凛と咲く花の如く背筋を伸ばして微笑んだ。


「ハモン様。私の名前はアネモネという花ですが、私は美しい花ではなく美しい花を咲かす豊かな土になりたい、と思っております」


「留守を守るのも騎士の妻の務めです。ご心配なさらずに、ハモン様。数年でも数十年でも、私の髪がたとえ白くなろうとも私はハモン様の妻としてハモン様をお待ちしております」

 にこり、とアネモネは泣かずに笑った。

「ハモン様。私の百年はハモン様とともに」


 ハモンはアネモネが3歳の時から知っている。

 だからアネモネが、どれだけ辛抱をしてどれほど耐えて言葉を綴っているのか理解していた。


 14歳の少女が泣く理由など無数にあるだろう。しかしアネモネは泣かずに笑った。その尊さに罪悪感を抱かえつつ、ハモンも笑った。


「ありがとう、アネモネ」


 アネモネが笑ってくれているのだ。その献身に報いるためにも、感謝して笑い返すことが今ハモンにできる唯一のことであった。


 しかし、とハモンは思う。

 しかし、ジェラルードに魔力制御を完璧に教えた暁には、騎士を辞めてでも王都へ戻り、アネモネを世界で一番幸せに。必ず幸福にするのだと心に誓うハモンであった。


「すまない、本当に……」

 再度謝るハモンに、アネモネはハモンの唇に人差し指を押し当てて遮った。

「ハモン様、結婚式も嬉しいです。神殿には今日行きますか?」

 ハモンの苦しい心情を察してアネモネは、ハモンに小指を差し出した。

「結婚式をして、そして数年後には帰って来てくれるのですよね? 私のもとに」


 ハモンは小枝のように細いアネモネの小指を見つめた。

 アネモネが、約束という方法でハモンの心的負担を減らそうとしてくれていることに、ハモンの胸は熱くこみ上げるものでいっぱいになった。


「ああ、約束だ」

 ハモンも小指を差し出す。


 小指と小指を絡めて。

 小指だけではなく薬指、中指、人差し指、親指をもゆっくり重ねて、ピアノの鍵盤を奏でるように交差して、ハモンとアネモネは手のひらをぴったり合わせて互いの5本の指と指を絡ませ合った。


「約束です」

「約束だ」


 微笑み合うハモンとアネモネの上に、風が華麗な彩筆を振るうように花弁を降らす。

 赤色、黄色、ピンク、オレンジ、ブルー、白色、緑色、茶色、黒色、と様々な花色の一重咲きも八重咲きもポンポン咲きもユリ咲きもバラ咲きも、様々な花弁の形の花花が。


 太陽を受けてキラキラ輝きながら空中を浮遊するように降る花弁は、花の雪のごとく幻想的であった。






 ぴっ、ぴっ、ぴっ。

 花ちゃんが音楽を指揮するタクトのようにちびちゃい羽根を振る。

「よし、次はあっちの庭園だ」

 ジェラルードが、ぱちん、と指を鳴らすと西側にあるバラ園が。もう一度ぱちんと鳴らすと王宮の正面にある見事な花の庭園が。


 ゴオオォォォッッ!!!


 竜巻に吸い上げられるように花花が空中に巻き上げられる。残されたものは、艶麗な色彩の花を失った緑の葉と茎だけ。


「お任せ下さい」

 ジェラルードの魔法によって運ばれてきた花花を、アネモネのウサギ耳につられて集まっていた三大溺愛派閥の隊員たちが操作する。

「風魔法でロマンチックに花を降らすのだ」

「水魔法で花弁に水滴をつけろ。日差しを反射させてキラキラさせるのだ」

「足元も注意しろ。花を積もらせるのではなく花を絨毯のように敷くのだ」


 花ちゃんもジェラルードも隊員たちも離れた場所で身を隠し、ひそひそと小声で指示をとばし合う。制御や調整が苦手なジェラルードのかわりに、隊員たちが繊細に細かく魔法を使って花花を演出した。


 さらに一部の隊員たちは伝令として走り回っていた。


「なに!? アネモネちゃんの結婚式だと!?」

「ひえぇ、王妃様のご自慢のバラ園が……」

「祝いの品の用意だ。他家に負けてたまるか!」

「何とか招待されぬものか、伝はないか……?」

「どの神殿だ?」

 王家も貴族たちも機嫌を損ねることなくジェラルードに取り入ろうとーーつまりは花ちゃんのご機嫌取りがしたいのだ。


 そして花ちゃんのご機嫌伺いをしたければ、それはアネモネ一択である。


 数々の失敗と経験から学んだ国王と貴族たちは、

「「「「結婚式に出席したい!」」」」

 と心底叫んで部下たちや使用人たちを直ぐ様動かした。


 しかし賢い者はすでに行動していて。

「やぁ、心の友よ。これ欲しくない?」

 と天使隊の隊長は珍しい薬草を片手にアネモネの兄である薬師の肩を抱いていたし。

「やぁ、ハモンの持っていた指輪も髪飾りも君がハモンから注文を受けていたんだね。素晴らしい品だね。そんな君に大口の注文をしたいのだが」

 と妖精隊の隊長である第三王子は大金を片手にアネモネの兄の商人に迫っていたし。

 幼妻ちゃん隊の隊長の将軍は、ハモンの上司である第二砦の司令官と警備の名目でゴソゴソ相談をしていたし。


 その頃。

 ぴー、綺麗だった。

 大満足してぴこぴこちびこい尾羽を動かす花ちゃんの可愛さに頷いたジェラルードは、

「おまえたち、結婚式でも花を降らせる仕事をしないか?」

 と隊員たちを誘い、結婚式を側で見ることができると隊員たちを大喜びさせていた。


 しかも報酬としてジェラルードから渡されたものは、人気商品の人をダメにする花ちゃんのお花クッションぷらすアネモネのひよこ刺繍入りハンカチである。

 感激してはしゃぐ隊員たちが、「俺たち親友だよね」とか「よぉ、兄弟」とか「君は僕に借りがあるよね」とか他の騎士たちに囲まれたりして。「平気だって。ジェラルード様は俺たちの顔なんて覚えていないから」と強引に花降らし隊の人数が増えたりしたが。


 何はともあれ、結婚式のお仕事要員として平の隊員たちが一番早く出席を決めて。


 花ちゃんがビューンと飛んで、仲良しの大神官のおじいちゃんと話をつけ。

「おおおっ! これは……っ!!」

 お礼としてジェラルード所有の太陽のようにギラギラ光る宝石を渡すと、周囲の神官たちの目もギラギラ光り。

「お任せあれっ!!」

 と神官たちが我も我もと張り切って準備をはじめ。


 ハモンとアネモネが手を握って微笑み合っている間に、翌日、大神殿で豪華な結婚式がおこなわれることが決定したのだった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 隊長さん達…逞しい!(笑)
[良い点] 情景が目に浮かぶ様な美しい光景の描写にうっとりしていたら。 花ちゃん‥‥! まさかの花ちゃんプロデュースだったとはwww 愛が重くて大好き。 アネモネちゃんは色々と手助けしたくなる娘だ…
[一言] 結婚してもしばらくは離れ離れなのがさみしいですね。 なんとか国の役に立ちつつ、みんな一緒にいることができる方法があれば良いのに…
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