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13 再会

 アネモネは、春を待つ蕾のような唇をきゅっと結んだ。


 視線の先にある廊下にいる騎士たちの中に、ハモンの姿はなかった。

「フィールド様は国王陛下のもとへ……」

 足早にやってきた侍女に気遣わしげに告げられ、アネモネは小さく頷いた。


 頭がゆっくりと下がる。

 

 ひとめ会えるかも、と期待しただけに落胆も大きい。どきどきとしていた胸が水に沈むように重くなる。


 ぴぃ、花ちゃんが心配してアネモネの顔を覗き込んだ。


「ありがとう、花ちゃん、大丈夫よ。この内庭は花が咲き群れているから、下を向いても綺麗なものがいっぱいだもの。ここは俯くのにいい場所かもね」


 足元には、蝶を誘う甘い芳香を自分の存在を主張するかの如く歌うように放つ花花が咲き零れていた。

 アネモネはしゃがんで花に触れる。

 いっしょにジェラルードも横にかがんだ。


「頭を垂れても地面に咲く花を見れるから、悪いことばかりではないわ」


 花ちゃんを撫でながらアネモネが優しく微笑む。

 アネモネはいつも大丈夫と笑う。辛い時も悲しい時も、寂しい時も。そしてどんなトゲも柔らかく包んで胸にしまい一人で泣くのだ。


 それを知っている花ちゃんは、ちまこい、あるかないかの額に青筋を立てた。ピキッ。アネモネの悲しみは花ちゃんの怒りに直結するのだ。


 勝手に期待しただけだから、と指の間からすり抜けたものを微笑で溶かしてアネモネは諦めるだろうが、花ちゃんは違う。

「だってひよこだもん」という花ちゃんは、悲しみを怒りへと変えて、ちんまりとした体の羽毛をもこここっと膨らませて、ちんまい脚でダンッと仁王立ちをした。


 ハモンは下手したら4日間の休暇もないかもな、と騎士たちの話の漏れ聞きが花ちゃんの怒りに油を注いだ。


 仕事? 5センチのひよこは鼻で笑った。

 ひよこの世界に仕事はない。花ちゃんはアネモネのお願いだから仕事もどきをしているにすぎない。

 ひよこには人間のルールは通用しないのだ。


 それに国王はハモンを帰すと約束をした。騎士としてハモンを召す前に、ジェラルードが怖いならば、まず夫として最初にアネモネに会わす配慮をすべきだと花ちゃんは思った。


 花ちゃんが大事なのは、優先するものはアネモネだけなのだから。


 そしてジェラルードの番となった花ちゃんは、自分の望みをかなえる最強にして最凶の手段を持っている、ジェラルードという破壊の竜を。 


 ぴ、お使いして、と花ちゃんはジェラルードに文字カードを渡した。


(うわっ、花ちゃんお怒り?)

(やってくれたな、上層部。優先順位が違うだろ?)

(だよな。ジェラルード様が第一だ、つまり花ちゃんが優先であり、花ちゃんはアネモネちゃんが至高だから)

(あああ、ジェラルード様は竜なんだから老いた頭をフル活動させて考えろよ)

(なぁなぁ、ここにいるとヤバイんじゃないか?)

 と周囲にいる人々がひそひそと囁き交わしながら、アネモネからジリジリ距離をあける。


 駄犬狂犬忠犬を兼用する竜であるジェラルードは、

「かかちゃ、用事ができた。すぐに帰ってくるから、我の番とここで待っていてくれるか?」

 と小鳥の羽ばたきほどの風すら起こさず優雅に立ち上がった。


 ぴ、行って、と花ちゃんがちびちゃい羽根をまっすぐ伸ばす。

 

 放たれた矢のように、ひゅん、と音を残してジェラルードの姿が消えた。




 ドゴオオォン!!!


 大扉が真っ二つに割れて吹き飛んだ。装飾に使われていた黄金が、キラキラと光の粒となって舞う中をジェラルードが進む。


「愚か者めが。ちちちゃをかかちゃの元に帰せ、と我は言ったはずだがな」


 謁見の間にいた国王も重臣たちも、真冬の月のように冷たく美しく嗤うジェラルードに顔面を引きつらせ蒼白となった。

 護衛の騎士たちは剣の柄をつかんでいるが、動かない。動けない。ジェラルードに剣を向けることは王命により禁止されているのだ。


「ジェ、ジェラルード様、決してお心に背くようなことは……。今後のことを少し打ち合わせをしよう、と考えただけで」

 ジェラルードが王都に来てから気苦労が絶えることない国王は、あわてて弁明をする。

「世界の滅亡を防ぐためにジェラルード様が協力して下さる件はもちろん、他に公爵家の事案や何よりハモン・フィールドの異母兄の問題がありまして」


「ちちちゃの異母兄?」


「はい。公爵家の関係者はほとんど捕縛をいたしましたが、数名逃げた者がおります。ハモン・フィールドの異母兄もその一人です」

「ふん、不手際だな」

 ジェラルードはハモンと異母兄が険悪な兄弟である、と花ちゃんから聞いていた。花ちゃんは、異母兄がアネモネに近づくことを常に警戒していた。最悪の想像が最悪の事実となることがないように、賢いひよこの花ちゃんは徹底的に異母兄を遠ざけた。


「ちちちゃ、その異母兄をどうしたい?」


「ジェラルード殿、この身はもはや伯爵家とは縁が切れました。故に血が半分つながっていますが、家族ではありません。私は全て国王陛下の決定に従います」

 ハモンは異母兄を擁護する気はない。忘れることはできないのだ、母の悲鳴を、無力だった自分を。異母兄は母を殺した敵であった。


 もし、アネモネがいなければハモンはおそらく異母兄を殺していただろう。そしてハモンはもろともに破滅をしていた。


 あの頃のハモンは、雨は天から降り落ちてくる無数の針に見えた。心の痛みは体の痛みとは違う。体の痛みは治せることが多いが、心の痛みは治らず残ることが多い。けれどもアネモネが。アネモネが、底なしの沼の闇の中でうずくまっていたハモンを明るい方へ明るい方へと、小さな手で決してハモンを離すことなく水面に引き上げてくれた。


 ハモンにとって。

 アネモネは見えない太陽だった。目には映らないが、そこに確かにあるもの。心で見るもの。本当に大切なものは目に見えなくてもきっとどこかにあるのだろう。希望とか未来とか喜びとか、愛と呼ばれて。


「ジェラルード殿、ありがとうございます」

 ハモンは深く頭を下げた。

 ジェラルードと初めて会った時は、騎士としての礼をした。だが今は心からの感謝をこめて。

「100年後の滅亡から世界を救って下さると聞きました。魔力制御のため私も命をかけて身を尽くします」


 滅亡のことは国民には知らせない、と決められた。夜になれば眠り朝になれば起きる。夜の間に嵐があったとしても、気づかなければ恐ろしいことは何もなかったと同じこと。

 知ったからといって何かができる問題ではなく、また解決策もあるのだから不安に怯えさせるよりも平和な日常を、というのが国王の意向だった。


 ハモンもアネモネが恐怖に立ちすくむ姿など論外である。

 アネモネには穏やかで優しい日々をハモンは与えたいのだ。明日も明後日もずっと続くアネモネの日常を守りたくて、ハモンは騎士になったのだから。


「我の番が望んだのだ。だから、ちちちゃ、礼は必要ない」

 花ちゃんはアネモネのために。

「ジェラルード殿。それでも感謝いたします。世界の存続と平和を」

 ハモンはアネモネのために。


 アネモネは生涯自覚しないであろうが、アネモネが5センチ7グラムのひよこを創りだした時、世界は運命を変えたのだ。


「ちちちゃ、かかちゃが寂しがっている」

 ジェラルードは視線を国王に流し釘を刺す。

「休暇の間は呼び出しをするなよ」

「承知しております、ジェラルード様。ハモン・フィールド後で書類を送る、子細はそこに」

 国王の決断は早い。ジェラルードの機嫌を損なわない、これ一択である。


「それと我の番からこれを」


 国王が受け取った文字カードには

「バカ?」

 と書かれていた。


 一瞬国王は目を閉じ、それから壊された大扉を見て苦く笑った。

「ジェラルード様、お許しを。以後は愚か者にならぬよう肝に銘じます」

 二度と優先すべきものを間違わない、国王は深く誓った。




 サファイアの宝石色の空だった。


 青い光の底でアネモネは花ちゃんとジェラルードを待っていた。

 内庭には、足下で咲く可憐な花から背のある草花まで幅広く植えられていて、奥には人の背の高さ以上の木々が緑の葉をさわさわ揺らしている。

 花花の上を渡る風は涼やかで清々しく、少しだけ花の香りの甘さを含んでいた。


 不意に花の香が、やんわり空気をたゆませた。


 アネモネのウサギ耳が、ぴくり、と動いた。

 花が開くように瞳を見開く。


 その人の姿を見て。


 どれだけ多くの人間がいても、どれだけ距離が離れていても、その人だけはわかる。アネモネには。ハモンの姿だけは気づく。

 子どもの時から大好きな人だから。

 夫婦となって恋をした人だから。


 喉が苦しい。

 瞳に熱がたまり、涙が溢れた。


 花散らしの風が花房をゆする。

 雲のように。

 波のように。

 散る花を雪に例えるならば、吹雪のように。


 羽化したばかりの蝶みたいにひらひら舞い飛ぶ花弁は、花色の吐息に染まって鮮やかに。

 赤色。橙色。黄色。緑色。青色。藍色。

 多種多様の花が爛漫と咲き乱れる庭だから、多種多様の色がグラデーションとなって舞い上がる。


 まるで虹のように。


 その虹の中をくぐって、アネモネは走り出した。


 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] ハモンとアネモネのいちゃいちゃを下さ〜い(`;ω;´) 一番苦労しているハモンが報われていない(´༎ຶД༎ຶ`) なんで王宮の人間ばっかアネモネを構ってるんだ! もっとハモンとイチャラブを…
[一言] 花ちゃんシリーズの一番初めの話の暗い部屋で俯いていた時の幼いアネモネを思い出して泣きそうになりました。こんな顔を二度とさせたくなかったのにって花ちゃん思ったろうな。ハモンの辛かった時に寄り添…
[良い点] 安定の花ちゃんw &忠犬ジェラルード様w [気になる点] あーこれは危険だわぁ~ バカがバカを逃がした。。。 ハモン母の二の舞になりませんように! 悪質なバカが結婚式を邪魔しませんように…
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