11 ヤンデレのトリセツ
「ふおおおおぉぉ!!!」
天使隊の隊長は歓喜のあまり目を開けたまま夢を見ているのか、と思った。
目の前に純白の天使の羽根があるのだ。
しかもジェラルードがアネモネの背中に天使の羽根をあてているので、まるで本当にアネモネが清らかな天使のように見える。
思わず天使隊の隊長が両手を組んで跪こうとした時。
バチコーン!!
ちまこい羽根で花ちゃんがジェラルードの右頬を、次に左頬をブッ叩いたのである。
ぴぴっ!!
「ええっ!? かかちゃを人外にするつもりか、って? そんなつもりはないぞ。とある異世界ではファッションなのだ。ほら、妖精の翅もあるぞ」
妖精の翅を取り出そうとしたジェラルードの手を、ガシッと天使隊の隊長が止める。
「天使一択でーーーーっ!!」
その隊長の腰にタックルしたのは、警備のために立っていた妖精隊の副隊長だった。
「お願いいたします! 妖精の翅をっ!!」
扉の外からも、騒がしい室内の様子に聞き耳をたてていた天使隊と妖精隊の隊員たちが雪崩れ込んでくる。
「ぜひぜひ天使の羽根でっ!!」
「いいえっ! 妖精の翅をっ!!」
「天使っ!!」
「妖精っ!!」
ゆずれない戦いがここにある! とばかりに天使隊と妖精隊が闘志を燃やして睨み合う。がるるるっ! と鼓膜に響く唸り声をあげながら天使隊も妖精隊も相手に照準をあわせ触発寸前の地雷のようになっている。
びりびりする空気の中、
「あの、両方にわたくし一票」
と豪胆な侍女のひとりがハイッと手を挙げた。
「……両方……」
天使隊と妖精隊の面々がお互いにアイコンタクトをする。次の瞬間ジェラルードの前へ全員でスライディング土下座をした。
「何とぞ何とぞ、天使の羽根と妖精の翅をっ!!」
ジェラルードは美しい顔を微妙に歪ませてしょっぱい表情をしていた。
アネモネを喜ばせたかったのに、大喜びしたのは筋肉隆々の男たちで。
国を買えるほどの宝石もダメ出しされるし。
ちょっと黄昏たジェラルードは、土下座をしてつむじを見せる騎士たちに少し八つ当たりをすることにした。
「我の番。火を吹いておくれ。あやつらをテッペンハゲにしておくれ」
「「「「ひぃっっ!!!」」」」
騎士たちは瞬時に飛び上がり扉へ殺到した。
第二砦のテッペンハゲの騎士の話は有名で、軍内部では知らぬ者はいなかった。
幾人か王都へ戻ってきている騎士もいて、かつてはモテモテだった色男など萎びた野菜のような風情になった末に鬘の愛好家となって、婚活失敗連続記録を更新中だった。
「ジェラルード様、めっです」
アネモネが優しくたしなめる。
「騎士の皆様をいじめてはいけませんよ」
「アネモネちゃん……っ!」
逃げ出そうとしていた騎士たちが、感激に目を潤ませる。
「だって、…………」
子どものように不満顔をしたジェラルードが拗ねてアネモネを抱き上げた。完全に、かまってモードになっていた。
よしよしとアネモネがジェラルードの腕の中で微笑みながら撫でる。
「人生は思い通りにならないことが多くあるのですよ」
数千年間、思い通りに生きてきたジェラルードは小石に躓いたことすらなかった。
「だって、我はかかちゃに綺麗になってほしくて」
「はい。わかっています、ジェラルード様。ありがとうございます。天使の羽根も妖精の翅もすごいですね。とても綺麗です」
「そうだろう? 人工培養カプセルで造るのだが、むずかしくて。これだけ綺麗な天使の羽根と妖精の翅は貴重なんだ」
ジェラルードは額をスリスリとアネモネに擦り付けて甘える。このように誰かに全身で甘え甘やかされることも初めてだった。
「かかちゃ~、我のかかちゃ~、かかちゃならば叱られるのもなんだか嬉しいぞ」
にこぉとジェラルードは笑った。
「この世界に来てから初めて経験することがいっぱいだ。我は楽しい」
よちよち、ジェラルードの頭の上にちんまり乗っている花ちゃんもちびっこい羽根で麗しい髪を撫でる。
花ちゃんは、ジェラルードには終極のヤンデレコースかスパダリコースかの2コースしかないと思っている。
花ちゃん的ヤンデレのトリセツは、愛情不足厳禁これである。
言葉も必要、イチャイチャも必要、愛情はフルオープンで。ちょっとしたことで煮詰まって焦げてしまうので、手と心はしっかり繋いで離してはいけない。
バチコーン! と容赦ない花ちゃんだが、ジェラルードを不安にさせることだけは絶対にしなかった。
スパダリは育てるもの、あざとく可愛く賢い花ちゃんはそう考えていた。
つまるところジェラルードにとって、そんな花ちゃんが自分の番であったことは生死を分けた幸運であったのだ。
「じゃあ、かかちゃ。これなら?」
こりないジェラルードが出してきたものは、ふわふわのウサミミだった。
「これならば、我の番もウサミミ帽子があるからお揃いになる」
抱きこんでいるアネモネの頭にピコッとつける。
「おお、可愛い!」
ドカッ! ジェラルードの頬に花ちゃんのちびちゃい超ミニサイズの足形がくっきりとつく。
ぴっ!
「勝手に装着するのは禁止? 相手が了承してから? うん、覚えた。次からは勝手にしない」
部屋には芸術的な花瓶が置かれていて、華美な花で溢れていた。その細い茎に水を吸い上げていく花とは逆に、花ちゃんが先に怒ったので二度目のめっを慣性に従って嚥下したアネモネは、頭からウサミミを外そうとしたが外れない。
「ジェラルード様、ウサギの耳が……?」
「あっ、しまった。固定式か?」
焦るジェラルードが説明書を読む間、騎士たちと侍女たちは目をキラキラさせてアネモネを見ていた。
「かわいすぎる……!!」
「ぴこぴこ動いている」
「白くて、ふわふわ」
「ウサギちゃん、最高!」
この世のものとは思えぬほどの超絶美形がウサミミ美少女を抱っこしているのである。
「尊いっ!!!」
満場一致だった。
真剣に説明書を読むためにジェラルードの腕から下ろされたアネモネを、侍女たちが嬉々として取り囲む。
「アネモネ様。その可愛いお耳に似合うドレスはいかがですか?」
「髪型も変えませんか?」
「さぁさぁ、花ちゃんももっと可愛くいたしましょう?」
もはやキラキラというよりも欄としたギラギラ光る目の侍女たちの集団に、逆らうこともできずアネモネは別室へと洪水に流されるように連れていかれた。
そして肌も髪も爪に至るまで徹底的に磨きあげられ、ふんわりとした白いドレスを着せられたアネモネは。
危険なほど愛らしかった。
しかもウサミミのアネモネの頭の上にはウサミミ帽子の花ちゃんが、ちょん、と乗っていてダブルウサミミで壮絶に可愛い。
「かかちゃと我の番が可愛さの塊になっているのだが。我、ウサミミを選んでグッジョブ?」
と言いながらジェラルードは収納魔法から取り出したマントでアネモネを隠してしまった。
「誰もかかちゃと我の番を見たらダメ。可愛いすぎて見たらかかちゃと我の番が減ってしまう」
本来、究極の執着と独占欲が人型となったようなジェラルードは排他的である。
「かかちゃと我の番は、我だけのもの」
「「っっっっっ!!」」
騎士たちは絶望的なうめき声を上げ恨みのあまり歯をぎりぎり鳴らしたが、ジェラルードは眼もくれない。
「我のもの」
大事に大事にマントごとアネモネと花ちゃんを抱きしめる。
竜は強欲である。
花ちゃんは竜であるジェラルードの宝物であり、アネモネは宝物に値する人間であった。
竜の宝物を害する者は許されない。例え視線だけであっても。ジェラルードが許さない。
「そうだ。空を飛んでちちちゃに見せに行こう」
ジェラルードは再びアネモネを抱きあげようと手を伸ばしたが、バチコーンと花ちゃんの教育的指導がはいった。
「えっ? 風邪がなおって床上げしたばかりのかかちゃに無理させるな、って? そうだな、今日の天気は雨が降りそうだしな」
そっとマントの隙間からアネモネは手を出してジェラルードの人差し指を握った。ジェラルードは長身で手も大きく、アネモネは小さく手も柔らかい。
本当ならハモンの妻であるアネモネは、男性の手を握ったり抱きつかれることを許可したりはしないし、そんなはしたないことは拒否をする。
しかしジェラルードは竜であるし、家族である。何より性格がアブナイ。幼児が爆弾を持って歩いているようなものだ。
なんとなく花ちゃんの思考が理解できるアネモネは、花ちゃんによるスパダリ育成コースに大賛成だった。
だから花ちゃんに協力はおしまない。
「ジェラルード様、では私と花ちゃんといっしょにお庭を楽しみませんか? 花ちゃんの色に似た黄色いお花が咲いているんですよ」
「我の番と?」
「ええ。花ちゃんもお気に入りの遊歩道があるのです」
ととととと、短い脚の花ちゃんが遊歩道を歩く。
その後ろにはアネモネとジェラルード。
さらに後ろには侍女たちと騎士たちプラス騎士たち騎士たち騎士たち。文官や貴族もたくましい騎士たちの肉体の生け垣の間から覗き込もうと身をよじっている。
アネモネに、
「皆で行動する練習をしましょうね」
とジェラルードはなだめられ、しぶしぶ皆でのお散歩となったのだが、ウサミミ姿のアネモネを一目見ようと人々が集まってしまったのだ。
不愉快と眉をしかめるジェラルードであるが、アネモネが指差すものを見て満面の笑みを浮かべた。
花ちゃんがいた。
花ちゃんが先頭を行くので、ちびちゃいふわもこのお尻が歩く一歩ごとに右にふりふり左にふりふり、ちまこい尾羽もふりふり。
ふりふりふりふり、凄く可愛い。
睡蓮の浮かぶ池。
蔦の絡んだ古い橋。
立ち並ぶ木々に咲き群れる草花。
遊歩道の両脇の花盛りの黄色い花が強い風に散らされて、生まれたばかりの黄蝶のようにくるくると花びらを舞い上がらせ、5センチのひよこの上に降り散る。
ひとひらの花びらが、花ちゃんのちびちゃいお尻に乗って、それを花ちゃんが振り落とそうと更にふりふりふりふりするので、人々は可愛さに悶えて笑いを噛み殺した。
「我の番は可愛い。やっぱり見せるのが惜しい」
ぼそり、と呟くジェラルードをアネモネが穏やかに諫める。
「ジェラルード様、花ちゃんも私も人間の世界で生きています。将来はわかりませんが今は王都に住んでいて、なので人の目はどこにでもあるのです。どうか少しだけ許して下さいませ」
アネモネは、ジェラルードの悪意もなく悪気すらなく、なのに簡単に破壊へと傾く行動を心配していた。人間と多くふれあうことで少しでも、その歯止めとなればと。
とりあえず目標は、ちょっとでも知人をつくって、知人のいる王都へ向かってブレスを吐くのを躊躇う気持ちを持ってもらえれば、とアネモネは考えていた。
ぴっ!
光を一身に集めて揺蕩う丸い藻のようにふわふわな花ちゃんが、ちみこい嘴に花びらを咥えてぽてぽて歩いてくる。
アネモネがにっこり視線を花ちゃんに送ると、花ちゃんはわずかに歩む方向を変えてジェラルードに花びらをプレゼントした。
「我の番が、我に……っ!」
幸福に頬を緩ませたジェラルードは、感激のあまり寛大に言った。
「皆、見るがいい。我の番の可愛さを。我の番の心の優しさを。我の番は世界で一番やさしい!」
手を高く上げて天に花びらを掲げ、じぃぃぃん、と喜びを身体中に染み渡らせているジェラルードは超ご機嫌である。
花ちゃんは、にこにこと微笑むアネモネをドングリお目目で見上げ、イエス・マムと小首を傾げることで頷いた。
読んでいただき、ありがとうございました。




