10 不可能を受け入れない竜には限界がない
小さいものはそれだけでウルトラ可愛いが、花ちゃんは自分が可愛く見える角度で相手を見上げるので超ウルトラ可愛い。
フルートを吹く時のように小首を傾げるちまこいひよこ。
「おにかわ! ぐうかわ! 瞬きをしている間に我の番は更にめっかわになっている。ああ、可愛い。我の番は毎分毎秒可愛くなっていくっ!」
ぴっ?
「めっかわか? とある異世界では、めちゃくちゃ可愛いことをめっかわと言うのだ。広場にあるメリーゴーランドの世界だ」
ジェラルードが自分に、ゾッコンメロメロの煮凝り状態と知っている花ちゃんは、ジェラルードをこき使ってもちびちゃい体にふさわしいちびちゃい良心は痛まない。
ジェラルードも、花ちゃんのお願いならばブラック労働すら大歓迎なので、花ちゃんとジェラルードは需要と供給が一致したらぶらぶカップルなのである。
「えっ? 我の番が望むならば我は頑張るぞ。今すぐにでもできる。だが力業で世界を安定させると、世界は存続するが生き物の多くは死んでしまうだろうから、ちちちゃに魔力制御をもっと教わって安心安全な方法が良いだろう」
ジェラルードは、ぐるり、と国王に美しい顔を向けた。
「国王、不正解だ。我の番は、ちちちゃをかかちゃの元へ帰すことを望んでいる。たぶん、かかちゃも爵位など欲しがらないだろう」
アネモネの安全はジェラルードとハモンが居れば、天が落ちて来ようとも心配ないと花ちゃんは思っている。だから、花ちゃんが望むものはアネモネの安全ではなくアネモネの幸福である。
「あの……、ハモン・フィールドを王都へ戻せば世界を救っていただけるのですか?」
国王が恐る恐る口を開く。
「我の番が望んだ。故に世界は存続する、必ず。方法は竜脈を利用するのが一番いい。違う世界で、千メートルのアメーバと竜が番う世界があるのだが、そこは魔素の問題を竜脈で解決しているのだ。お互いを喰い合う番だが、あの竜の竜脈は素晴らしい」
「……アメーバが番……」
誰かが小さく呟いた声は部屋に大きく響いた。
「強いぞ」
ニヤリとジェラルードが笑う。
「原生生物なのに竜を餌にするほど強い。竜と出会った初日に生き残れるものは強いものだけだ。物理的か魔法的か精神的か、それ以外の強さか、それぞれ異なるが。マトモなものはマトモであればあるほど竜の番になることを拒否するからな」
たぶん、かかちゃであればマトモなまま竜の番になれるだろう、とジェラルードは脳内で思った。かかちゃは強い、と。あのかかちゃだからこそ我の番を創りだすことができたのだ、と。
「今の我には、あの素晴らしい竜脈は無理だ。我の竜脈の練度は低いのだ。高度な魔力制御が必要だからな。しかし、ちちちゃに教えてもらえば、竜脈で多くなった魔素の分だけを吸収して、穏やかに世界を安定させることができるだろう」
ほわり、と空気がゆるんだ。国王と重臣たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
「だが、今回は我がいても数千年後には我はいない。魔法を使い続けるかぎり同じことが未来で起こるだろう。未来では、魔法も科学も発達しているだろうが、忠告として今回のことを文献にして残しておくことを薦める」
国王は深く頭を下げた。これまで神以外には下げたことのない頭であったが、ジェラルードには頭をもう何度も垂れているし感謝してもしきれないほど恩を受けている。
「サービスで、竜脈で吸いとった魔力で高濃度だけども安全地帯な薬草園を作ってやろう。国王、王都近くに作るから場所を指定してくれ」
世界を滅ぼせる力を持つ竜が番に尽くしまくるとどこまでも万能になる、という見本のような申し分のない至れり尽くせりである。
どうよ? と花ちゃんが可愛く笑っていた。効果音は、ドヤッ! である。
夫はスパダリに限る、と花ちゃんが思ったかどうかはわからないが、花ちゃんはちまこいお尻に敷いた竜を鞭と飴で育て上げる気がまんまんであった。
花ちゃんは、竜が番次第でたやすく善にも悪にも傾く脆さと危険性を理解していた。
番が願えば世界を救い、番が望めば世界を滅ぼす。
ジェラルードを恐怖の暗黒竜にしないためにも、5センチのちんまいひよこでしかない自分だが、ジェラルードの手綱を愛よりも根性でしっかり握るつもりの花ちゃんだった。
そんな花ちゃんに国王と重臣たちが、こっそり手を合わせたのは言うまでもなかった。
「花ちゃん、お帰りなさい」
バビューン、と飛んで花ちゃんは大好きなアネモネに抱きつく。
「ジェラルード様、お帰りなさい」
かかちゃ~、とジェラルードが甘えた声を出してアネモネにくっつく。
右手で前の花ちゃんを、左手で後ろのジェラルードを、よしよしと撫でるアネモネは、まだ軍本部の貴賓室にいた。
アネモネとしては家に帰りたいのだが、せめて風邪が完治するまでは、と将軍たちにすがりつかれたのだ。
部屋の外には護衛兵が山盛り、部屋の中には侍女がびっしり、医師も常に待機していて将軍たちの謝罪の気持ちだとしても、ちょっといやかなり息苦しいアネモネであった。
しかも商人の兄が巨大魔魚から出た宝箱を、ジェラルード様がアネモネのために獲ってきた魔魚だから、と持ってきていた。テーブルの上にドーンと置かれた宝箱は豪華なだけに存在感があって、なんだかトラブルの予感がしてアネモネはため息をついてしまった。
「会議はいかがでしたか?」
「つまらなかった」
世界の滅亡をかけた会議がつまらなかった、の一言ですまされ、部屋の隅に控えていた天使隊の隊長の頬がひきつる。
ぴっ、狸と狐がいっぱいだった、と花ちゃんもぷるぷる羽毛を膨らませて笑っている。
「平和な会議だったのですね、良かった」
いや、違うから! 声を大にして叫びたい気持ちを天使隊の隊長はぐっとこらえた。鋼の精神で高位貴族らしく穏やかな微笑を顔に貼りつけ、にこやかな声を出す。
「はい。問題は全て解決する予定です。有意義な会議でした」
天使隊の隊長は、言いたいことしか言わずやりたいことしかしないジェラルードとは違い、できる大人の男なのである。
「あっ、かかちゃ。ちちちゃが明日、帰ってくるぞ。今回は一時的だが、我の魔力制御の訓練が終われば砦から正式に帰れることになったぞ」
ジェラルードの魔力制御訓練は、万一の暴発の可能性もあることから、王都ではなく砦でおこなうことが決定されたのだった。
「えっ、ハモン様が!?」
アネモネが、喜びに頬を染める。
ほぼ3年ぶりの再会である。
「それで、かかちゃ。我はちちちゃを竜騎士にしようと思っていたのだが、ちちちゃが王都へ帰れるならば必要がないだろう? かかちゃはちちちゃに竜騎士になって欲しいと思うか? かかちゃが希望するならばちちちゃを竜騎士にしようと思うが」
ためらいもなくアネモネは首を振った。
伝説の竜騎士などになろうものならば、ハモンは過労死一直線で働き続けることになるかもしれない。あるいは崇拝されるか、その過剰な力故に迫害されるか。
アネモネは竜騎士になったハモンに、薔薇色の未来があるとは思えなかった。
「そうか。我の番も、ちちちゃが王都へ戻れるならば竜騎士の案は破棄した方が良いと言っている。よし、やめよう!」
ジェラルード様に振り回されているなぁ、と天使隊の隊長はハモンに対して心から同情した。自分がハモンの立場でなくてよかった、と同時にしみじみ感謝もした。
しかもハモンには本人の知らぬところで、世界の運命をかけたジェラルードの魔力制御訓練の教師という役割が決められている。
すまんが頑張れ! と隊長は心の中でハモンに合掌した。
「ジェラルード様、教えて下さってありがとうございます」
熟れた桃のように顔を上気させたアネモネに、ジェラルードは目を細める。アネモネは香りまで桃のように甘い。
美味しそう。アネモネをひとなめしたいジェラルードであったが、花ちゃんの殺気の籠ったドングリお目目に睨まれ、欲望を喉に流しこんだ。
「かかちゃ、かかちゃ。綺麗なかかちゃをちちちゃに見せてやろう?」
ジェラルードが収納魔法からドでかいダイヤモンドを取り出した。アネモネの頭よりも大きい。
バカ? 花ちゃんのドングリお目目が氷点下より冷たくなる。
「あー、人間には大きすぎて身につけることはできないか。小さいもの小さいもの。これ、これなら」
アネモネにいいところを見せたいジェラルードは、一生懸命に収納魔法の中へ手を突っ込んでガサゴソ探す。
「とある異世界の秘宝だ」
サイズは人間サイズだが、太陽のように発光する宝石だった。凄くまぶしい。
アネモネも花ちゃんも天使隊の隊長も部屋にいる侍女たちも微妙な顔をしている。はっきり言って、身につける宝石ではなく飾って見る鑑賞用の宝石だと全員思った。
「じゃあ、これは? 宝石ではなく魔道具だけど」
真っ白な天使の羽根だった。
〈お詫び〉
短編の感想をお読み下さった皆様へ
感想の返信をした時は、連載の2の部分を書いてあったので、花ちゃんが卵を産んでハモンが竜騎士に、と返信してしまいましたが、ジェラルードがよく動いてくれたので、内容を少し変えることにしました。
ややこしいことをして申し訳ありません。
お読みいただき、ありがとうございました。