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第3話 ■ 勉強の意味

フブキにお礼を言うため学校の片隅にある倉庫小屋を訪ねたミフネ。

そこでは、フブキと一人の女性が大きな板を電動工具で切っていた。

ミフネは、フブキからこの倉庫小屋をカフェに作り変えようとしていると打ち明けられた。

 校内の敷地の片隅にあるこの倉庫小屋をDIYでカフェにつくり変えるというフブキの話に、ミフネは口を開けたままぽかんとしてしまった。

生徒が勝手にそんなことをして許されるのだろうか。

「やけん、先生には、生徒たちの学びの部屋をつくるって言っとる。」

フブキが子どもみたいないたずらっぽい表情で言う。

「学びの部屋?」

「うちの学校図書館にも自習席はあるけど、館内は基本的に飲食・おしゃべり禁止や。でもな、飲み物でも飲みながらリラックスした雰囲気で、勉強の分からんところを教え合ったり、話し合いや研究発表したりする自由な学習部屋があったらいいと思わへん?そんで、校長先生に相談したら興味持ってもらえたってわけ。これは、本気で考えていることやけん。」

生き生きと学習部屋の構想を語りだすフブキにミフネは驚いた。

しかも、校長に直談判する行動力はどこから湧いてくるのだろう。

「そんで、その場所にこの倉庫小屋を使いたいって言ったら、イシハラ先生も協力してくれるってことになったんや。」

そうだ、作業着の女の人は、技術科と家庭科の両方の授業を受け持つイシハラ先生だ。

ミフネは奥の方で缶コーヒーを飲んでいる先生に軽く頭を下げると、向こうはさわやかに手を振ってきた。


「フブキちゃん、斜辺の計算はでっきょんな?」

イシハラ先生が作業台の上の紙を指さす。

フブキは「やばい」という顔つきになって、ミフネの手を取ると半ば強引に小屋の中に引っ張り込んだ。

「いやー、うち数学ニガテなんよ。ミフネ、これ計算できる?」

見ると、その紙にはフリーハンドで書かれた設計図のようなものがかかれていた。

段差を乗り越える場所に設置するスロープを横からみた直角三角形の図が画かれていた。

底辺に50cm、高さに15cmの長さが書き込まれているが、斜辺にあたる部分に長さが書き込まれていない。

「これは、三平方の定理を使えばいいんじゃないかな。50の2乗と15の2乗を足した数の平方根を求めるんだから・・・」

ミフネは近くにあった鉛筆を手に取り紙に数式をカリカリと書き出していく。

「約52.2cm。」

「ミフネ、すげー!先生合ってますか?」

イシハラ先生は、にこっと笑って親指を立てる。

「天才や~!天才の救世主が現れたー!」

フブキは大喜びだったが、ミフネも静かに高揚していた。

親が教員という家庭環境の中で育つと、「勉強するのは当たり前」で、なんのためにやっているかも分からずがんばってきた節がある。

自分がやってきた勉強が、実生活で役立ち他者をこんなに喜ばせるものだと初めて知った。

そこに新たな意味を与えられた気がした。

挿絵(By みてみん)

「でも、その数値のままではイカンよ。」

缶コーヒーを机に置いてイシハラ先生が立ち上がる。

眉をひそめ戸惑うフブキに対して、ミフネは冷静だった。

「そうですね。実際は板の厚みを計算に入れなくてはいけないですし、それに木材で直角三角形に仕上げるなら接合面の傾きを求めなくてはいけないので、逆三角関数を使って・・・・。」

紙に数式を追加して書き込んでいくミフネにフブキは目をきらきらさせる。

「ミフネちゃん、ようできるのう。その図面に厚みと角度を書き込んでみて。」

「はい。やってみます。」

1、2分ほどでフリーハンドの図面は仕上がった。

「地面に接する内角は約16.7度なので、もう一つは73.3度でいいと思います。あと、スロープなので上から荷重が加わることを考慮すると斜辺を52.2cmのまま切り出して他の2辺の長さを板の厚みと傾きによって補正すればいいと思います。」

ミフネが何を言っているのか、フブキにはもう何のことやら分からず、大きな口は笑ったままの形で固まり、目はまん丸になってミフネを見つめていた。

「ミフネちゃん、すごいのう。機械を使ってもそこまで正確に切れるわけやないし、木材は微妙にいがんどるけん、大きめに切って現物合わせで微調整していった方がいいかな。長いのは短くできるけど、足らんのはじょんならんけんの(どうしようもないからね)。」

そう言うと先生は、奥の方から大きめの木材を運んでくると、スケールで長さを測り曲尺と鉛筆で線をかき始めた。


「現物合わせ」という言葉は初めて聞いたが、おそらく何もかも図面通りに裁断するのではなく、木材と木材を実際に合わせて微調整を加えていく作業法だということだと推測はできた。

先生は、曲尺をすっすとスライドさせながら、手際よく線を引いていく。

ミフネは、鉛筆を持ったままの姿勢で、彼女の所作の美しさに見入っていた。


「フブキちゃん、丸ノコ挑戦してみる?」

「え!?いいんですか?」

目を丸くしたかと思うと、飛び跳ねんばかりに作業台に向かうフブキ。

「よう気いつけや。へたしたら指がすぱっとのうなってしまうけん。」

先生が、恐ろしいことをさらっと言う。

丸ノコと呼ばれる円盤型ののこぎりが回転する電動工具らしい。

先ほどとは逆で、先生が板を押さえ、フブキが丸ノコを操作する。

構えたフブキの表情が引き締まる。

「いきます。」

二人とそれを見るミフネの間に一瞬の緊張と沈黙の時間が流れる。

キュイーン。ものすごい音を立てながら円盤の刃が木材を切断していく。

木材が切り落とされる瞬間を先生は見極め、急に重みを得た木材を両手でしっかりと受け止める。フブキもそのタイミングで機械を止める。


「やったー!どうですか?」

「うん、ええの。ほんまは同じ速さで切っていけると、もっとええんじゃがの。初めてにしてはまずまずや。」

そんなアドバイスもちゃんと聞こえているのかどうだか、フブキは丸ノコ初体験にうれしさが体中からあふれているようだった。

「ねえ、ミフネ、見た?かっこええやろこの工具。丸ノコっていうんやで。ミフネもやってみ。」


「イカンよ。」

はしゃぐフブキを先生が遮る。

「ミフネちゃん、その長い髪危ないわ。どんな電動工具でもそうやけど、巻き込まれたら大変やけんね。ゴムでくくるとかしまいね。」

イシハラ先生の口調はいたって落ち着いた優しい口調で、そのアドバイスはいつも的確だ。ミフネは、思わず自分の腰まで伸びた髪に胸元で触れる。

 その後もミフネは、彼女たちの傍で作業の様子に見入っていた。丸ノコで切られた木材は組み立てられどんどん形ができあがっていく。

「できたー!どうやろ、うまくいくかな。」

フブキは出来上がったばかりのスロープを段差の場所に設置し、奥から持ってきた荷台の車輪を行ったり来たりさせて試した。

「ばっちりや!ありがとう。ミフネのおかげやわ!」

フブキは両の掌をミフネに掲げハイタッチを求めてくる。入学してから今までそんなことをする友達もいなかった。

ミフネは一瞬戸惑うも、恥ずかしそうにパチンと手を合わせた。


「ミフネは頭ええなー。うらやましいわ。これからも手伝ってなー。」

ハイタッチしたばかりの両手を今度は胸元で握りしめられるとフブキの鼓動が伝わってきた。

ミフネはその鼓動と共鳴するかのように自分の心拍数も上昇していることが分かった。

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