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その1占い師とテディベア(後編)

「アンナさん、着きました、ここです」

アンナとリュウは、ジェリー一家の住む家の前に立っていた。赤い屋根のこじんまりとした家で、見たところ、建てられてからまだそれほど時間が経っていないようだった。その通りには同じような家が何軒もあったが、新築なのはこの家だけのようだった。

「どうぞ、中にお入りください」

家の中にはそんなにものが置かれていなかったが、こぎれいで隅々まで掃除が行き届いていた。玄関には、クレヨンで描かれた花の絵が飾られており、その絵の下には「おとうさん おかあさん いつも ありがとう」と拙い字で書かれていた。

リビングに入ると、小さな女の子が紙に向かって一生懸命手を動かしていた。女の子は明るい金髪を青いリボンできれいにまとめていた。女の子は絵を描くことに夢中で、アンナとリュウが部屋に入ってもしばらくは二人に気づいていないようだった。

「カレン!このお兄ちゃんとお姉ちゃんがキャサリンを探しに来てくれたわよ!」

「ママ、ほんと?」

少女はそう言うと、お絵描きを中断してこちらを向いた。

「このお姉さんがこれからキャサリンのいるところを占ってくれるのよ」

「おねえちゃんはうらないしなの?」

「そうよ、カレンちゃん。この町一番の占い師である私ならすぐに見つけてみせるわ、ねっ?」

そう言うと、アンナはリュウの方に笑顔を向けた。リュウは笑い返したが、内心の不安が隠せていないのかその顔は少しこわばっていた。

「キャサリンというのはこの子がぬいぐるみに付けた名前なんです・・・わかりづらくてすみません。それでアンナさん、占いの方は・・・」

「もちろんしますよ、ただその前にやらなければいけないことがあります。私、この家に来てわかったことがあるんです。実は・・・」

アンナは声を潜めた。

「この家・・・というよりこの周辺一帯に強力な結界が張られているようです。」

「結界・・・ですか?」

「そうです。この結界をどうにかしないことには、占いでキャサリンの居場所を割り出すことはできません・・・ジェリーさん、わたしとあそこにいる助手は、これからこの周辺の結界をどうにかして解除します。危険ですので、あなたと娘さんは外で待っていてください」

「結界が破れるまで外で待っていればいいんですね。カレン、今の聞いた?お姉ちゃんたちが探してくれるまでお外で待ちましょう」

ジェリー夫人は少し困惑したようなそぶりを見せていたが、自分の一人娘を連れて外へ出ていった。

こうして家の中にはアンナとリュウだけが残った。




「二人は出て行ったな・・・よし、リュウ。これから家の中を探すぞ」

リュウは仰天した。

「ええっ!?お前、結界を破る云々の話はどこに行ったんだよ?テディベアも占いで探すんじゃなかったのか?」

「・・・」

黙ってるアンナを見て、リュウはようやく、ここまでの話が家の中を探すための作り話、ウソだと理解した。

「お前ってやつは・・・とんでもない嘘つきだな!!」

「私に怒ってる暇はないぞ、リュウ。あんまり時間がかかりすぎると、いくらなんでも変に思われるからな。いいか、お前は2階を探せ。私は1階を探す。わかったらさっさと探すぞ。」

リュウはしばらく抗議するようにアンナをにらんでいたが、やがて諦めたように肩をすくめ、階段を昇っていった。




家の探索は1時間で終わった。1階を探したアンナも、2階を探したリュウの方も、カレンのテディベアを見つけることはできなかった。

「なあ、そろそろいいんじゃないのか?」

1階をあらかた探し終わり、玄関で何かを考え込んでいたアンナを見つけ、リュウは言った。

「これだけ探してないってことは、あのテディベアはもう見つからないってことだ。残念だけど、あの二人にはそう言うしかない。私は必死に結界を解こうとしましたが、結界が強すぎて解けませんでした、とか適当な理由を付けてごまかすしかないだろ。それか、私には占い師の能力なんかありません、って本当のことを言うかだ。おい、俺の話聞いてるのか?」

アンナは考えることに夢中になっているようで、リュウの話にもうわの空だった。

「アンナ、お前これからどうするつもりだよ?」

リュウの問いかけにアンナは答えなかった。相変わらず厳しい表情で、目の前の何も飾られていない壁を見つめていた。

「なあ、リュウおかしいと思わないか?」

数分後、アンナはようやく口を開いた。

「何がだよ」

「お前の言う通り、私たちは1時間必死にこの家を探し回ったのに、あのテディベアを見つけることができなかった。家の中を探したのは私たちだけじゃない、ジェリーさんも家の中を探してどこにもないと言っていた。つまり、テディベアはこの家の中以外のどこかにあるってことだ。」

「そんなことはわかってるよ」

「でもおかしくないか?テディベアってのは普通、家の中でしか遊ばないもので外になんか持ち出さない。ジェリーさんは昨日の昼頃、カレンちゃんがテディベアで遊んでいるのを見たといっていた。私たちが探してるテディベアは、昨日の昼から今日の昼ごろの間に何かの理由で外に持ち出され、なくなってしまったとしか考えられないんだ。普通は外になんか持ち出さないテディベアが、どうして外で行方不明になってしまったんだ?」

「どうしてって、それは・・・」

リュウはうまく言葉を返すことができなかった。

「な?おかしいだろ?」

「じゃあ何か普通じゃないことが起きて、テディベアがなくなったっていうのか?」

「何かおかしなことが起きたのは間違いない。おかしいと言えば、私が1階を探しているときに、もう一つおかしなことを見つけたんだ。ちょっとついてきてくれ」

アンナは、ダイニングの隣にある子ども部屋に向かった。

「ほら、ここの時計とダイニングにある時計を見比べてみてくれ」

リュウは、子供部屋の時計とダイニングの時計が指している時刻をそれぞれ確認した。

ダイニングの時計は1時30分、子供部屋の時計は1時20分を指していた。

「二つの時計で時間が違う・・・しかも10分もずれてるぞ」

「リュウ、今腕時計を持ってるか?」

リュウは、父親のお古の腕時計を取り出した。腕時計は1時30分を指していた。

「1時30分だ・・・今朝調節したから間違いない」

「つまり、子供部屋の時計は10分遅れていることになる」

「なあ、悪いけど、それがテディベアを探すのに何の役に立つっていうんだ?俺には関係ないようにしか思えない」

「いや、関係あるかもしれない・・・もしかしたらだけど」

リュウは思わず目を見開いてアンナを見た。

「なあ、リュウ。お前に頼みたいことがあるんだが、いいか?」

アンナはリュウの耳元で何かをささやいた。




アンナは遠くへと歩いていくリュウを見送って、自分も外に出た。玄関のドアを開けると、昼の日差しがまっすぐ彼女の顔を照らした。少し離れた公園でカレンがブランコを漕いで遊んでいた。ジェリー夫人はその様子をベンチに座って見守っていたが、アンナに気づくと駆け寄ってきた。

「アンナさん・・・結界の様子はどうですか?」

「それがなかなか手ごわい呪文が張られていて・・・でももう少し経てば破れます、大丈夫ですよ。それはそうとジェリーさん、今朝は教会に礼拝に行ったと言ってましたね?」

「はい、行きました」

「あなたとカレンちゃんの二人でですか?」

「主人は隣町に出かけているものですから・・・」

「教会にはいつも時間通り着くのですか?」

「はい、いつも時間通りに着いているはずです。今日も私と娘が着いたと同時に、教会の鐘が鳴ってましたから・・・」

「いつもは教会の鐘が鳴ると同時に礼拝が始まるのですね・・・」

「そうですが・・・あの、こんなことを話してもたいしてお役に立てるとは思いませんが・・・」

「いえ、そんなことはないですよ」

そう言うと、アンナはにっこり微笑んでどこかに歩いて行った。




アンナが次に見つけたのは白髪の老人だった。老人はベンチに座り、新聞を読んでいるようだった。

「ちょっと、そこのおじいさん!聞きたいことがあるんだけど・・・って寝てる・・・」

アンナは老人の肩を揺さぶり、眠りの世界から呼び起こした。

「誰じゃ、ワシの眠りを邪魔するのは。せっかく気持ちよく寝ておったのに・・・」

老人は目をこすってアンナの顔をじっと見た。

「ちょっと待て。アンタ、どこかで見た顔じゃな」

「私は天才占い師のアンナよ。私の占いは百発百中で・・・」

「おお!思いだした!アンタ、全然当たらないことで有名な占い師のネエちゃんじゃないか。こないだワシの甥がアンタのことを「占い師としての才能はないのに、自信だけは一人前」と言っておったぞ、ワッハッハ!」

「で、その占い師のネエちゃんがワシに何の用なんじゃ」

「少し質問するだけよ。あなたは今朝教会に礼拝に行った?」

「ワシか?もちろん行ったとも。ワシは今のところ一度たりとも礼拝を休んだことはないからのう」

「今朝礼拝に行ったとき何かいつもと変わったところはなかった?」

「そうじゃのう・・・そういえば今朝は礼拝の時間が少し遅れておったようじゃった。いつもはワシが教会に着いたと同時に、鐘が鳴って礼拝が始まるんじゃ。ところが今日は少し遅れて鐘が鳴っていた。」

「何時に鐘が鳴ったかはわかる?」

「そこまでは見とらんよ。ワシはそこまで時間に厳しいわけじゃないしのう。ところで、アンタさっきから何をそんな怖い顔をしとるんじゃ?」

「別に。あなたの言葉に傷ついたわけでも怒ってるわけでもないわ。ただ、あなたの甥っ子さんにこれだけは言っといて。私の占い師の才能は正真正銘ホンモノよ!」

そう言い捨てると、アンナは肩を怒らせながら歩き去った。




「お~い!アンナ!お前の言ってたこと、調べてきたぞ!」

アンナが歩いていると、道の反対側からリュウが走ってきた。

「まず、一つ目のことだが・・・ジェリーさんの家から教会までは歩いて10分だった。これは、俺の歩くスピードがあの親子より速いことを考えてゆっくり歩いたときの時間で、早歩きだったら6~7分で着きそうだ。それともう一つ、今日の教会の鐘は10分遅れで鳴ったらしい。今日の礼拝は9時10分に始まったわけだな。なんでも、毎朝の鐘を担当している坊主が寝坊したかららしいが・・・本人に聞いたから間違いはない」

「ありがとう、リュウ。やっぱり私の思った通りだ・・・」

アンナは急に速足で歩きだした。

「ちょっ、ちょっと待て、アンナ。お前は一体何を・・・」

「犯人を捜すんだよ。テディベアを盗んだ犯人をね。」

アンナの目の前で、9~10歳くらいの少年がボールを弾ませて遊んでいた。アンナは少年に向かって手招きをした。

「なんだよ、ネーちゃん」

「君は今朝教会に行った?」

「行ったけど・・・なんで急にそんな変な質問するんだよ、ネーちゃん誰だ?」

少年は疑わしげにアンナを見た。

「私は一流占い師のアンナよ。依頼されて、なくなったテディベアの在処を探してるの・・・さっきの質問の続きなんだけど、今日の礼拝は時間通り9時に始まった?」

「当たり前だろ。いつも時間通り始まるのに、今日だけ遅れるわけがないじゃないか」

リュウはその言葉に違和感を覚えた。

「そう・・・君、カレンちゃんのことは知ってる?」

「知ってるよ。学校で同じクラスなんだ」

「君、カレンちゃんのことが好きでしょ?」

「なっ・・・!」

リュウは思わず少年の方を見た。少年は意表を突かれて言葉が出せず、顔は恥ずかしさで真っ赤になっていた。

「ねえ、今ならまだ誰にも言わないでおいてあげる。カレンちゃんのテディベアをどこに隠したの?」

リュウは驚いて言葉が出なかった。アンナは厳しい表情で少年を見ていた。

少年はしばらくうつむいて黙っていたが、やがて観念したように「・・・僕の部屋に置いてあるよ」とつぶやいた。




「アンナさん、本当にありがとうございます。なんとお礼を申していいのか・・・」

「いえいえ。この私にかかればこれくらいは大したことじゃありませんよ」

「ほら、あのお姉ちゃんがキャサリンを見つけてくれたのよ。カレン、お礼は?」

「ありがとう、おねえちゃん!おねえちゃんのうらないはせかいいちね!」

にっこりと微笑んだカレンの手には、茶色のテディベアがしっかり握りしめられていた。

「また困ったことがあったらいつでも呼んでね」

アンナはカレンに笑顔を向けながら、もと来た道を戻っていった。

二人が見えなくなるまで、親子は手を振り続けていた。




帰り道で、二人はしばらく無言だった。遠くでは夕方5時を告げる鐘が鳴り、空はオレンジ色に染まり始めていた。町の人通りは今朝よりずっと少なくなり、時々通り過ぎる人たちは帰り道を急いでいるようだった。無言で歩く二人のそばを、親子二人が通り過ぎた。子供は父親に肩車され、上機嫌なようだった。

リュウが口を開いた。

「なあ、アンナ。どうしてもわからないことがあるんだ。お前はどうやって、あの子供がテディベアを盗んだ犯人だと気づいたんだ?」

「時間だよ」

「時間?」

「あの親子二人が教会に礼拝に行く午前9時。テディベアをこっそり持ち出すには絶好のタイミングだ。私は家の中をいくら探してもテディベアが見つからなかったときに、誰かがあのテディベアを盗んだんじゃないかと疑ったんだ。あの親子が嘘をついてるんじゃなければね」

アンナは歩きながら話し続けた。

「そこで私はいろんな人に聞いて回ったんだ。今日の礼拝は時間通り始まったか、とね。ほとんどの人は時間通り始まらなかった、少し遅れているような気がした、と答えた」

「そこで唯一、時間通りに始まったと答えたのがあの子供だったわけか・・・確かに礼拝に行っていないなら、今日のアクシデントを知っているわけはないな・・・でも、毎回礼拝が始まるときには教会で鐘が鳴るんだろ?だったらその鐘の音で、あの子供は今日の礼拝が遅れていることに気づけたんじゃないのか?」

「そこであの時計が出てくるんだ。覚えてるか、リュウ?子供部屋にあった10分遅れの時計だよ」

「あの時計が・・・どう関係してるんだ?」

「少年は鐘の音を聞いたとき、あの時計を確認したんだよ。つまり、こういうことだ」

短い夕暮れが終わり、外はそろそろ夜になろうとしていた。さっきまではわずかにいた人影もどこかに消え、町はすっかり静まり返っていた。

「あの少年は今朝、親子二人が外に出たのを見て、こっそりと家の中に入った。おそらく、このときはまだ9時だった」

「9時?あの親子は9時に家を出たのか?家から教会までは歩いて10分だぞ?それだと教会には9時10分に着くことになってしまうが・・・いつも時間通りに礼拝に行く親子が、なんで今日はわざわざそんな遅い時間に家を出たんだ?」

「本人たちはいつも通りの時間に出発したと思っていたんだよ。ジェリー親子は子供部屋の10分遅れの時計を見て家を出たんだ。彼女たちは片道10分かかることを考えて、8時50分に家を出たつもりだった。でも実際は、10分遅れているせいで家を9時に出ることになったんだ」

「だからジェリー親子が教会に着いたのは9時10分のはずだ。普段なら礼拝はもう始まっている時間だ。でも、今日の礼拝は10分遅れで、ジェリー親子が着いたと同時に礼拝が始まった。そのせいで、彼女たちは特に違和感を覚えることはなかったんだ」

「いつもより10分遅れて着いたけど、礼拝も10分遅れで始まった。だから特に不思議に思うことはなかったというわけか・・・」

「犯人の少年は家の中でカレンちゃんのテディベアを探し、子供部屋でそれを見つけた。そしてそれを持ち去ろうとしたとき、教会の鐘を聞いた」

「そうか!あの教会の鐘は礼拝の始まりと同時の9時10分に鳴った。でも、そのときあの子供が確認した時計の時刻はーーー」

「ーーー9時だったはずだ。子供部屋の時計は10分遅れていたんだからな。時計も教会の鐘も10分遅れていたこと、家から教会まで歩いて10分だったことーーーこの偶然の要素が重なって、私は犯人を見つけることができたんだ」

少し遠くに『旅人亭』の看板が見え始めていた。旅人亭の周りは夜だというのに昼間のように明るく、中では酒盛りが行われているようだった。

「最後なんだがーーーどうしてあの少年はぬいぐるみを盗もうなんて大それたことをしようと思ったんだ?」

「カレンちゃんのことが好きだったからだよ」

理解に苦しむといった顔をしているリュウを振り返り、アンナは言った。

「男の子は自分の好きな子にちょっかいをかけるものだろ?彼のなかでは単なるいたずらだったんだよ。今回はそれが少し行き過ぎてしまったんだ」




二人は、アンナが住んでいる2階建ての貸家の前まで来た。1階には別の住人が住んでおり、『アンナの占いの館』は2階にあった。

「じゃあ・・・ここでお別れだな。」

リュウは2階にある彼女の占い事務所を見た。『アンナの占いの館』の看板は、リュウが今朝来た時とは違い、暗くてほとんど文字が読めなかった。

「・・・今日の事件は見事だった・・・多分お前じゃなかったら、あんなにすぐに事件の謎を見破ることはできなかっただろう・・・」

「・・・何よ。ついさっきまでは私のことをでたらめだの嘘つきだの言ってたくせに」

「その・・・すまなかったな、いろいろ言って」

二人の間に一瞬、気まずい瞬間が訪れた。その気まずさをごまかすかのように、リュウはわざとらしく咳ばらいをした。

「だから、今日のところはお前を見逃してやるよ。そういう約束だったしな・・・」

「リュウ。君はもう一つの約束を忘れていないか?もし、私がテディベアを見つけることができたら今日の晩メシはお前がおごること。忘れたとは言わせないぞ」

リュウはアンナから目線を逸らした。アンナは呆れて言った。

「お前・・・わざと忘れたふりをしてただろ」

「ああーーもう!わーったよ、今日は俺がおごるから何でも好きなモンを食え!!」

リュウはヤケクソになって言った。

「あんまり高い店はやめろよ」

「わかってるって・・・ほら、あそこはどうだ?前から気になってたけど行ったことなかったんだ。あのメニューとか高すぎて私には手が届かなくてな・・・」

「あのメニューが高いって・・・アンナ、お前どんだけ貧乏なんだよ?」

アンナとリュウは、二人並びながら『旅人亭』の中に消えていった。

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