夏時雨
海に揺らめく波に日の光が反射し、木々は気持ちよくそよ風と戯れる。
日差しの強さがまだ最高潮とはいかないが、十分に肌がこんがりと焼けるこの季節
ここの学び舎で勤しんでいる子供達は、久しぶりの長期休暇だそうだ。
日が丁度真上に鎮座する刻、子供達はみなランドセルに手提げ鞄を持って帰路を往く。
荷物は普段よりも多いが、みな足が軽いのは明日からの出来事に胸を踊らせているからだろう。そんな中ひとり、足取りはみなに合わしているが顔に憂鬱が少し漏れている男の子がいた。
ふむ・・・ 夏休みが楽しみではない子供がいるはずはない!
と勝手に考えていたが、最近の子はなにかと成熟だ。悩みの一つや二つあってもおかしくはない。
男の子は家につくさまランドセルを自室に置き、でかける準備をはじめたーーー
「はぁ・・・・・・・・・」
夏休みが来てしまった。僕の人生で初の感情だった。
去年は楽しみで仕方がなかった夏休み。地域のクラブチームでサッカーの練習をする日々は、まだ10年も歩んでいない人生だが一番充足していたものだった。しかし、今では手持ち無沙汰な日々を送っている。もちろん続けれるなら今すぐにでも練習に参加するだろう。しかし、子供にはどうすることもできない事もあるのだ。これを受け入れることで大人になれるなら、あと何回、大人への試練が待ち受けているのか。
この地に来たときは桜が満開だったが、いまは緑や青が主張季節になっていた。慣れというものは恐ろしいものだ、これも大人になったということなのかな。
晴れない気持ちのまま家に到着し、いつもの遊び場へと向かった。
「さぁ…… 今日はどこへ行こうか」
目の前に海が広がり、後ろには山がそびえ立つ半島となっているこの地。娯楽施設といったものはなく、街へ遊びにいくにも校区外にはでてはならない。そのくせコンビニもなく、あるのは気前のいい夫婦が営む駄菓子屋だけだ。一度だれもいない時にアイスを買いにいったが、よそから来た僕にも優しくしてくれた。また行きたいとは思っている。
話がそれたが、この地の遊び方は家でゲームをするか、学校でおにごっこやサッカーをするぐらいしかない。海や山があるなら、泳いだり秘密基地を作ったりできるだろうと思っていたが、学校の規則で海や山は保護者がいないと行ってはいけないのだ。まぁ、その規則を破り今から山に向かおうとしているのが僕なのだが。心が荒んだりややけくそな時は、何かを破るのが一番だと学んだ。この背徳感とスリルがたまんない。この先ロクな大人にならないだろう、どこか他人ごとのように思いながら山中へと足を進める。
この探検を始めたのは桜が緑に変貌した頃だった。最初は親に心配をかけてはいけないと思い気を使っていたが、身の回りの変化が多すぎて自分の事しか考えれなくなっていた。サッカーが続けられなくなった原因はお前のせいだ。顔を見ただけで無意識にそう思ってしまったその時から、あまり家で遊ばなくなった。探検をしている時は発見の連続で、童心に帰るとはまさにこのことだろう。子供の行動力は凄いもので、最奥地以外は全て踏破していた。最奥地に行くには少し手順を踏まなくてはいけなく、平日の放課後では時間がたりなかった。ちなみに土日は仕事が休みで一日中家にいる。僕自身友達もいないので外にでようとすると怪しまれる、よって家で本を読んでいる。
山の入り口である神社の跡地をさらに奥に進み、膝が水に浸かる程度の川を渡る。
最初、夏休みで最奥地まで行きこの地を全て制覇できる。と意気込んでいたのだが、一度足を踏み入れた地には何も感じない。僕は真新しさに夢中になっていただけだった。最奥地にいけば真新しさはなくなり、またあの手持ち無沙汰な日々に戻るのだ。
川を渡って木々の間を抜けていくと20mくらい続く急な斜面になっていた。道に枯れ葉が敷き詰められており、動物ですらこの道は通らないのかと考察した。こんなどうしようもない道でも木々は立派に根を生やしてくれていた。オランウータンの如く木から木へと移動し、なんとか下に転げ落ちることなく上にたどり着いた。
そこから見る景色は格別だった。平地に木々は生えておらず、眼界に収まりきらない程の
海原が広がっていた。僕はその時、目の前にあるお地蔵に気づいていなかった。
海原を十分に楽しんだ直後、目の前にあるお地蔵に気がついた。正直ここに来るのに体力を使い切っていたので、足がふらふらだった僕はお地蔵の頭の上に尻を預けた。
お地蔵については事故した場所にあるぐらいの知識は持ち合わせていたが、こんなところで何をやっても咎める人はいないと判断した。
「まぁ、バチがあたるならあたるでいいけど」
明らかに舐め腐った態度で行っては見たものの、この地に自分しかいない今なにも起こるはずかない。
「―――お地蔵さんを椅子にするとは、どもなんやつやな~」
びっくりして転げ落ちながら、声が発した方を確認した。
そこには、ゲタゲタ腹を抱えながら笑っている、麦わら帽子をかぶった少し年上であろう女がいた。