叶わぬ恋の落とし所
幼い頃からずっと好きだった。君の為ならなんだってできた。なのに、どうしてこんなにも届かないのだろう。
父と共に屋敷を出て、人買いに売られる少女達の中から君を買ったのは僕が八つ、君が十二の頃だったか。君は柔らかそうなふわふわの茶髪を無造作におろして、じっと下を向いていたね。そして人買いの男に言われて、チラッとこっちを覗き見たその目を見た瞬間、僕は君に恋に落ちたんだ。
君は特別綺麗というわけではなかった。けれど、くりっとしたアーモンド形の少し猫目な目が怯えつつこちらを伺う様子がどうしようもなく愛らしくて、一瞬でこの子だって決めたんだ。
君を屋敷に連れて帰ってからは、毎日が楽しくてしょうがなかった。今までずっと、同年代の少年たちと遊んでいたのが急につまらなくなった。君と話したくて、君のことが知りたくて、触れたくてたまらなかった。君を他の奴に見せないようにして多少過保護だったかもしれない、けど君は僕の物で、他に奪われるのが幼いながらに怖かったんだ。僕はそもそもが醜い獣人の中でも、特に忌避される黒を持つ者だから。僕より見目の良い他の存在を知られたらあっという間に君が去ってしまう気がして怖かった。
一緒に木登りをしたり、絵を描いたり、おやつを食べたり、川の水で遊んだり、日々が本当に幸せだった。君が僕だけを見てくれるのが心底嬉しかった。君にできる限り優しくした。欲しいものがあればなんだってあげたかった。君の年頃からは宝石やドレスを欲しがるものだと聞いていたから、父に言って頻繁に贈り物を買ってもらった。君に気に入られるように。
時が経って、僕は十歳になり学園に行く年になった。伴侶は共に学園に通うことが義務づけられてるから君を大勢の元にさらすのは嫌だったけれど、寮生活をする上で離れ離れになるのも嫌だったから連れて行くことに否やはなかった。学園生活はやはりというべきか、女生徒の数が少なかった。男が10だとすると女性は4くらいだろうか。まあそもそも、学園に通う女生徒なんてほぼほぼ婚約者がいるのが常だ。例の奇病で女性の出生率が少なくなる中で、男達の中にはあぶれる者も多かった。それは由緒正しき学園でも事実だった。僕は醜い見目の代償に、地位と権力はあったものだから君に手を出す男に関しては心配していなかったが、君が他の男を好きになることがただただ怖かった。
君の体を初めて奪ったのは僕が十二になってすぐの頃だったのを覚えている。君は抵抗なんてしなかったけどその瞳が苦しげに揺れていたのを知っている。それでも僕は嬉しかった。不安だったんだ。君は可憐で愛らしく、蝶のようにフラフラと他の花に飛んでいってしまいそうな気がして怖かった。君を繋ぎ止めるものが欲しかった。実際、そういう行為をするようになってから君は余計に魅力を増しているように見えたけど、それでも構わなかった。君にこんなふうに触れられるのは、愛せるのは僕だけなんだとそう感じたかった。
僕は十五になった。もうすぐ十六だ。君と結婚できる。この国では不倫や暴力などの明らかな過失がない限り離婚は出来ない。だからきっと、君はこの先ずっと僕のものだ。だけど、僕は知っている。君の目があの気さくな庭師を見ていることを。父親の家業を継ぎ見習い中の身分の低い、だが美しい男だ。金髪に澄んだ青い瞳、獣人にしては耳もそれほど目立たない。僕と比較するまでもない。君と彼が会話したのなんてほんの数度、たわいもない天気や植物のはなしだったはずだ。なのに君の目は彼を追いかける。切なく、焦がれるように。何故だろう。僕の方がずっと君といた。君に優しくした。君に愛される為必死で努力した。なのに、君は僕を見ない。それほどにこの髪と目は醜いか、それほどにこの耳は醜いか。君に愛される価値はないのか。苦しい、胸が痛い、心臓を握り潰されるような、ナイフで全身を刺されるようなそんな気分だ。
だがそれも認めて受け入れるしかない。君を手に入れられる、それだけで幸せなんだ。
愛とはなんだろう。この胸に幼い頃から巣食うこの醜い感情は愛と呼んで良いのだろうか。君が好きだ。ずっと一緒にいたい。僕を見て欲しい。僕の思う百万分の一でいいから思いを返して欲しい。それが叶わないのなら他の誰も見ないで。他の誰も愛さないで。
僕以外の他の誰のものにもならないで。