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黄金のスープ  作者: ワンコパンチ
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黄金のスープ


17時。夕日が川面を紅に染める頃。

チリンチリンッと鈴が響く。


「いらっしゃいませ」


ヒロキは深いお辞儀をした。見上げた先は1人の紳士。思い出の中の一人。黒のスーツの着こなしが見事だった。


今日は毎年夫婦が訪れた日。同じ時間。紳士はフロアを見渡す。


「今日は、貸切かい?」

「はい。どうしても、頂いて欲しかったんです。あのスープを」


鏡がないから自分の顔は見えない。だが紳士はチラリと目を向けると、あの時とは違い、納得したように「そうか」と満足そうだった。


紳士はネクタイが正しいかを確かめて、いつもの川が見える窓際に座る。ゆっくりとヒロキの顔を見て注文する。


「もらえるかい?」


一つ頷き、厨房からアミューズ、和食で言うお通しの3種盛りを持ってくる。一口、一口。紳士はマナー通りに料理を大口で食べない程度に小さく切り、ゆっくり食べる。確かめながら。


次はオードブル。そして.......





「お待たせしました」


コトリと置いた白一色の洋皿。温かな湯気と、コンソメに混ざる豊かな野菜の香り。夕日で染まった川面が反射した赤銅色の金の明かりが、スープを輝かせた。


「綺麗なスープだ......」


紳士は目でじっくりと眺めてスープの見事さを褒めた。


紳士は香りを味わい、スプーンの7分目までスープを入れて口に運ぶ。歯を通り、舌で流れて喉を温めていく。はぁっ......と、顔を仰向けて満足気な息を出す。紳士が再度スープを見た時には、シワがある顔に涙が流れていた。





「あぁ、これだ.......この味だ。30年前に母さんにプロポーズした日の味だ......」



もうひとすくいすれば、スープの輝きが波打つ。


「君の父さんは気を利かせて、この席を用意してくれた。夕日と、それに輝く川が見える窓際を......俺は何もかも不器用で、せっかく気合い入れて用意した指輪を床に落としたんだ。恥ずかしかったよ......。頭にサラダも被って。


それに、みんな俺を見てたから......。けど母さんは指輪を拾って、頂いていいかと言ったんだ。こんな情け無い俺で良いかと尋ねたら、もちろんです。嬉しいですなんて泣いて喜ぶんだ......」


スープを口にする。温かく、優しい味が喉を通れば、胸の奥も温めていくようだった。温もりでジワリと蘇るのは、永遠に側にいると誓った結婚式。


紳士がスプーンを口から離すと、だけど.....と苦い味を味わったような顔をしていた。


「結婚してからは、いつも迷惑かけてばっかりだった。仕事も上司に怒られてばかりで、つい当たっても、お疲れ様って笑顔で迎えてくれた......」


笑顔をヒロキに向ける。

俺は恥ずかしくて礼が言えないから、毎年このレストランで、この時間にこの場所で食べようと言ったと続ける。


「提案した日には涙浮かべて......。すごい喜んでいた。だけど、今はもう......母さんはいないけど......」


シャンパンをグラスに入れて、誰もいない向かいの席に向けてグラスを持ち上げる。


「あの日と同じ場所で、同じ料理を食べると......思い出す......母さんの笑顔が見えるんだ....」


見えないのに、音も鳴るはずはないのに。

傾けたグラスが、鳴っていた思い出が鮮やかな音を蘇らせる。そして、笑顔のあの人を。





あなた、今日も美味しいですね。





紳士は最後までスープを飲み干し、静かに涙を流した。たわいない話し。無くした日常......。

けれど、あの日常にあった変わらない景色と味。心まで温めて、愛したあの人がいた日を見せてくれた。



「ありがとう。とても温かく、素晴らしい味だった」



お世話を言わない紳士の最高の評価だった。




ヒロキも幼かった頃の日に、父さんと一緒に夫婦を見た思い出に、涙を流す。口は自然と笑みを浮かべた。祭りで会ったおじさんの言葉。父さんの笑顔が見える横顔。


今なら分かる。言葉の意味を。




今の自分はどんな顔をしてるのだろうか。

もしかしたら。父さんのように、あの大好きな顔をしてるのだろうか。





ヒロキは深く、もっと深くお辞儀した。


「また、いらしてください。いつまでも、変わらない味と場所を用意してお待ちしております」



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