この景色が好きだ
夕日が川を照らす。
天井に吊るしたシャンデリアのガラスが、川面の光の反射で自らの光以外で輝く。
紳士が座るテーブルに、先程煮込んだスープを出した。
紳士は口にすると、笑顔ながらもお世話のない言葉をつぶやいた。
「確かに.......お父さんの味に比べて、味が若いのぉ」
「そう......ですか」
落胆する。自分でも違うと分かってる。
「なぁに、ヒロキ君はまだ若い。これからだ。これから」
笑顔を崩さず慰める声が辛い。だが、今は客の前だ。泣く姿を見せれない。
「ありがとうございます。そ、そう言えば奥様は本日はいらっしゃらかったんですね?」
話を逸らす。けれど返答に後悔した。
「亡くなったよ。身体悪いのに、あいつは頑張り過ぎるから」
「えっ......」
あの優しそうな婦人が?
「気にするな」
笑って返された言葉に、ヒロキは返す言葉が見つからなかった。
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数日後、ヒロキは厨房から離れて自室で横になっていた。ヒロキはぼんやりと、17時頃の薄暗い自室の天井を見つめる。あの紳士が来てから、父さんの背中しか見てなかった記憶が、父さんの表情が見える横顔の記憶に変化した。
客の喜び顔を眺めて、心の底から誇らしそうな笑みをした父さん。
「どんな気持ちで見ていたんだ...... 父さん......」
返ってくる言葉はない。見飽きた天井から頭を逸らす。夜なのに外は賑やかだった。今日は確か町内の祭りが開催される日だ。
数度瞬きをする。忙しい父さんが一度だけ連れて行った日を思い出す。あまり人が多い場所は好かないが、気晴らしになるかも知れないと思った。
疲れが残る身体をベッドから起こし、シャツを引っ張り出して着替えた。
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えいやっさ!えいやっさ!
踊り子が挙げた両手を右に左に振りながら、人が作った道の中央を踊り進む。子どもがはしゃぎ、大人も掛け声をあげる。
町内の店先には電灯式の提灯をぶら下げている。
「変わらないな、この景色は.......」
ジャリジャリとわらじの音がする。ヒロキは思い出を確かめるようにじっくりと眺める。
「おぅ、レストランの若僧やないか?」
声をかけてきたのは同じ町内のおじさんだった。大工をやってるだけあって、いかにもな顔の人。人付き合いがいい笑顔で近づいてきた。
「ヒロキだヒロキ。久しぶりに会ったから一瞬分からんかったわ。がっはっはっ」
「お久しぶりです、おじさん」
この人の大らかな性格は嫌いじゃなかった。
顔を見ると寝不足なのか目が赤い。
「寝不足ですか?」
「おうよ、今年は俺の孫が祭りの小太鼓を鳴らすんよ。そしたら俺のウチもお祭り騒ぎだ。髪を綺麗にしなきゃならんと早朝に美容院に行って、ぼた餅作っててんてこ舞いよ」
苦笑いするおじさんは酒瓶を持った右手をヒロキの前に持ち上げる。
「今日の1番の楽しみは、これでグイッとすることよ」
豪快に笑うおじさんに付き合って、ヒロキも笑う。
そぅれ!!
一際大きな声が人混みの向こうから聞こえる。釣られてヒロキは声の方を振り向く。するとおじさんが呟いた。
「この祭、来年から無くなるかも知れんらしい」
驚いておじさんを見ると、ヒロキを見ないで人が作る壁の隙間から見える祭りを、目を細めて見ていた。
「伝統は金がかかる。祭りに使う山車も維持費がかかる。小道具の保管もな。街の人も少なくなって、後継者も減ってきた。市がもう、市の費用で賄えないといいよるんだ」
提灯と賑やかさが作る楽しげな声が街に響く。
「俺は大工で、宮大工の知り合いもおる。けれど最近は伝統が少しずつ消えていっとると愚痴っとった。長年続いた伝統をそんな簡単に捨てんで欲しいってな」
伝統。ヒロキはその言葉を呟いた。
「俺は難しいこたぁ分からん。なるようにしかならんやろって返事するしかできん」
でも......、とおじさんが続ける。
「この景色が無くなるのは悲しいな。好きやから」
ヒロキは目を丸くする。
ふわりと笑うおじさんの横顔が、父さんの顔に重なって見えたから。




