久しぶりだな
スープの味が店の味じゃない。
その衝撃を味わった後、ヒロキは慌てた。店の跡を継がないといけないのに、大事なスープの味が違うなんて許されなかった。
しかし、スープの味を直そうとし奮闘したがその甲斐はなく、店を開店しないといけなかった。
「いらっしゃいませ」
来店した客は誰もがヒロキを励ました。あんたならやれる。応援してるよ。ヒロキは客の言葉の全てに感謝を伝えた。そして前菜、副菜。お品書きの通りの料理を出していく。ヒロキは厨房とフロアを行き来しながら、客の顔を見た。
美味しいと言いながらも、その顔の笑顔は満足していないようだった。それは気のせいでは無かった。売上げを見れば、最初に開店した日から徐々に落ちていた。売上げを表示したパソコンを前に、震える手を握りしめた。
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ヒロキは店を閉めて、3か月以上スープ作りに専念した。
「そこの塩を5キロくれ」
業務用市場に何度も出向き、大量の食材を買い込んでは厨房で何時間も煮込んでる鍋を睨んだ。
少量を掬っては味を確認する。だが......
「これじゃない!!」
誰もいない厨房に、ダンッ!とテーブルを叩く音が響く。
「俺は何のために勉強したんだ!店を、この店を継ぐためだっ!!」
またテーブルを叩く。
悔しくてたまらない。腰を曲げて拳を額に持って、悔しさのあまり肘をテーブルにつける。目を強く瞑れば、父さんの背中が見えた。
「父さん.......」
目尻に涙が滲み出てくる。
その時だった。チリンチリンッと静かな鈴が鳴る。
店の来客用の入り口に付けた鈴の音だった。
「すまんの。店はやっとるか?」
ヒロキは慌てた。店の鍵をかけ忘れていたのか。
涙を拭い、フロアに出る。
「すみません、今は閉めて.......あっ」
「ヒロキ君、久しぶりやな。大きくなったなぁ」
店に入ってきたのは少年時代に、毎年同じ日に来る紳士だった。ヒロキがカレンダーを確認すれば、今日は紳士がいつも来る日だった。
少年だった頃から10年以上。紳士の髪には白髪が混じっていた。
「お父さんは、残念やったな......」
悲しげな顔で声をかけてくる。ヒロキは他の客と変わらない言葉を返した。
「ありがとうございます。でも、今度は俺が......」
継ぎます。それだけの残りの言葉を出すには、今の自分の口が重過ぎた。言える腕ではないのに。
紳士がヒロキの顔を見てきた。今、自分はどんな顔をしてるのか。そんなヒロキの心配をよそに、紳士が何も言わず、毎年座る川が見える窓際のテーブルを見て指差した。
「今日、食べれるか?」
今日は店を閉めてるが.......
「食べて......いただけますか?」
力無く言うと、紳士は笑顔で返した。
「お願いするよ」




