昔の記憶
う、うまぁ〜!
あの時は、5歳ぐらいだったか。
小さな両手に乗せた洋皿は、子供の高い体温に負けない温かさだった。皿を温めているのはコンソメ味のシンプルな野菜スープ。野菜の味を邪魔しないように、チキンを少なめにしていた。
けれど口に入れたスープは、舌の上で十の野菜の香りを一斉に放ち、優しいチキンコンソメ味のスープの波に鳥のササミが踊る。温かなスープが喉を通りきると1つ息を吐くと満足感で溢れていた。
「お父さん!おかわりっっ!」
スープで温められた身体で、赤い頰をして満面の笑みで父さんに皿を突き出していたのを覚えている。
父さんが経営するレストランの厨房で、開店前の準備をしながら「味見するか?」と声かけてもらうのを楽しみにしていたものだった。あのスープはそれほど魅力的だった。
店が開店すると外で待っていた正装した客が入る。
このレストランは歴史がある、敷居が少し高い店だ。ミシュランの星を2つ持ち、何度もテレビで紹介される名店。ミシェルと呼ばれる店。
「いらっしゃいませ」
父さんはシェフだ。最高責任者として、ずっと厨房にはいなかった。店の顔として、時にはフロアを周り、出来立ての料理を運んだ。忙しく動く父の背は誇らしかった。
特にお気に入りだったのが、客が喜んで食べるのを眺める顔。
「何を見てるの?」
「お客様がいるこの光景だよ。ヒロキ」
視線を追えば、窓際のテーブルに座る60代の夫婦だった。
品の良さげなスーツを着た紳士と、胸元に小さな花のブローチをつけた婦人。
窓の外は夕暮れで、夕日が川の面を照らしている。
夫婦は注がれたシャンパンを飲みながら、たわいない会話をしていた。
父さんがそれを眺めて、とても嬉しそうだったのを昨日のように覚えている。




