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第一回書き出し祭り参加作品『夜間診療お断り~姉御軍医とお気楽の騎士~』

 ライラは今日も不機嫌だった。


 陽も落ち、閑散としたレゲンダの目抜き通りを、煙管をふかしながら闊歩していた。建物から漏れる灯りで眼鏡が光る。

 夜に女性が一人で出歩くのは危険だが、ライラに限っては当てはまらない。

 スラックスに折り襟のジャケット姿のライラは、ぱっとみ男性に見える。女性にしては背が高く胸が薄い為に余計に間違われた。


 ――ったく。なんで帰れるって時に怪我人が来るんだ。


 ライラはレゲンダの数少ない医者だ。しかも若い女性ながら軍医を務める、煙管をふかす不良医者だ。

 国境の街レゲンダで麻薬の取引があるとのことで王都から騎士が調査に来るという話があった。恥ずかしくない様にと兵士が普段は怠けている訓練をしたがための怪我だった。

 その兵士の手当てをしていて遅くなったのだ。


 ――慣れないことはするもんじゃない。


 ライラはぷかっと煙を吐いた。紫の煙はライラの黒髪に纏わりつき、そして消えていく。何かを追い払うように手で耳の後ろへと髪を追いやった。


「景気づけに一杯ひっかけないと、やってらんないねぇ」


 帰り道の途中でくるっと向きを変え、行きつけのバーへと足を向けた。





 ライラの行きつけのバーは目抜き通りから脇に入った目立たない場所にある。静かに一人で酒を楽しむにはうってつけだった。

 わざと立て付け悪く見せた扉を開け、ライラはするっと通り抜ける。

 中は壁に備え付けられた蝋燭の灯りだけで薄暗い。カウンターに椅子が数個とテーブル席が二つの隠れ家的なバーだった。


「よっ!」


 ライラが右手を上げ挨拶すると、グラスを拭いていた中年のマスターは一瞬だけ視線をよこした。そしてカウンターに視線を移す。そこに座れということだ。


「ん?」


 ライラが座ろうとした隣には、琥珀色の酒が入ったグラスを前に頭を抱えている男がいる。切り揃えられている金髪に指を差し入れ、悩んでいる様子だ。


 ――間が悪いね。


 ライラがその男を気にしながら椅子に座った瞬間だった。


「なんれなんれすかぁ」


 悩める金髪がろれつが廻っていない言葉を吐き、カウンターに突っ伏した。


「なにこの酔っ払い。あ、マスターいつもの」


 ちらと一瞥したライラはマスターに酒を注文する。マスターは返事もせずに作業をしているが頼んだ酒は直ぐに出てきた。彼と同じ琥珀色の蒸留酒だ。

 カウンターとお友達な彼がむくりと起き上がり、ライラへ顔を向けてくる。


「そんにゃに飲んでませんよ」


 碧い瞳を潤ませた彼が見つめてくる。顔も赤く、完全に出来上がっていた。

 ライラは彼をじっと見つめた。眼鏡をかけているが度が合わないので目を細めるがイマイチ鮮明にならない。面長のようにも見えるが輪郭がぼやけてはキリとしない。

 唯一、碧い瞳がくっきりと分かった。


「酔ってないっていう奴ほど、酔っ払いなんだよ」


 無視する様にライラはグラスに口を付けた。


「聞いてくださいよぉ」


 彼はライラに絡んできた。体を向けてぐちぐちと話し始める。ライラはチッと舌打ちをしマスターを睨んだ。


 ――このやろ、逃げたな?


 ライラに睨まれてもマスターはグラス拭きに没頭していた。客は二人以外いない。ライラが酔っ払いの相手をすれば丸っと収まるのだ。


「頑張って騎士になったのに、いくら勉強のためだからってひどいですよ。なんで僕が捜査なんかしなきゃいけないんですかぁ! しかもおちゃらけキャラで油断を誘えとか、僕はそんな人間じゃない!」


 彼はおいおいと泣き出した。


 ――こいつが調査で王都からくるっていう騎士様かい。こんなとこでバラしちゃって仕事ができるのかね。


 ライラは小さなため息をついた。怪我の手当てをする羽目になった原因がこの酔っ払いだったのだ。


 ――面倒なのは酔い潰せばいいんだ。


 ライラは平和的かつ暴力的な手段に訴えた。シカトするマスターへの意趣返しでもある。


「ほら、呑め呑め!」

「いにゃしかし、明日から仕事にゃんでしゅ」

「男ならグイっといけ!」


 ライラにバシッと背中を叩かれ、彼はグイっと蒸留酒をあおる。ライラもグラスを傾けた。


「あたしはライラってんだ。あんた名前は?」

「僕れすか?」

「他に誰がいるってのさ」

「あはは、そうれすよねー」


 彼はケタケタ笑いながら「バーンズれす」と言い、グラスを空にした。

 ライラはカウンターの向こうにある酒瓶を勝手に拝借し、空になったグラスに注ぎ、自分のグラスにも注ぐ。


「そろそろ宿にもろらないと」


 ヘロヘロのバーンズが帰ろうとするがふらついて真っすぐ歩けない。カウンターに手を突き、体を支えるので精一杯に見えた。


「おい、マスター」


 ライラがマスターに目を向けても、彼は顎で扉をしめしただけだった。


「わーったよ。送ってきゃいーンだろ」


 ぶーたれるライラはバーンズ脇に肩を差し入れた。バーンズの方が身長が高い為、ちょうど支えることができている。


「すみましぇん」

「その辺で倒れられても困るしね」


 殊勝にもバーンズが謝ってくる。だがライラが手を貸すのは、彼が怪我をした場合治療しなければならないからだ。

 面倒になる前に予防する、医者らしいライラの考えだ。

 よちよちとバーンズを担ぎ、夜のレゲンダを歩いていく。バーンズの怪しい道案内で、バーからさほど離れていない、レゲンダの中でも高い宿に着いた。


「あんた、金あるんだ」

「ふえ?」


 併設された酒場にいる宿の主がライラを見て眉を顰め、そそくさと姿を消した。


 ――嫌われたもんだ。


 ライラは「ふん」と口を曲げる。


「ま、部屋まで送るよ」

「かしゃねがしゃねすみましぇん」

「いいって」


 二階の奥の部屋がバーンズの部屋だった。ミシリときしむ音を響かせ、二人はゆっくり階段を登っていく。


「ここか?」

「ありがとうございましゅ。ライラさんって男前でしゅね」


 ぺこりと頭を下げたバーンズの何気ない言葉に、ライラの額からブチンと音が鳴る。

 ライラは男装が一番似合うと揶揄される程度には男前だ。姉御肌の性格も手伝って女性にはモテた。

 そしてそれは、彼女にとって一番聞きたくない言葉だった。


「おいお前」


 眼鏡を不穏に光らせたライラはバーンズを睨みつける。


「はひ?」


 バーンズがコテンと首を傾げる。ライラは顔を歪め右手の親指で自分の胸をさした。


「あたしは、()だ」

「えーだってー。男前でしゅよー」


 呑気なバーンズにライラの額はピクピクと脈動し、頬が引きつり歪な笑顔になる。


「あたしが女だって、たっぷりと教えてやろうじゃないか」

「ふえ、あの、ちょっと?」


 バーンズを引きずるようにライラは部屋に入っていった。





 まだ朝日が差し込む前、ライラは裸でベッドに寝ている。隣には気持ちよさそうに寝息を立てているバーンズ。シーツには二人の体液が飛び散っていた。

 昨晩の行為を思い出すかのように、バーンズの胸元に手を添えた。


 ――こいつ、良い身体してんなぁ。そりゃ三回もできるわけだ。


 鍛え上げられた胸筋とシックスパックな腹筋。ライラはうっとりとした表情でそのマッチョっぷりを堪能していた。

 くすぐったかったのかバーンズがもぞもぞと動き始める。


「……うーん」


 目をこすり、バーンズが目覚めた。ライラはニヤニヤ彼を見ている。ちなみに眼鏡が無いのでぼんやりとしか見えていない。愛を語る行為に眼鏡は無粋なのだ。


「やあ、おはよう」


 口をぽっかり開けて驚くバーンズに、ライラは陽気に挨拶をする。三回も抱いたんだから「素敵だったよ」くらいは言うだろうと期待して。


「あああの、どなたですか?」


 バーンズはライラの顔を、次にささやかな胸を見てきた。そして少しホッとしたような息を吐いた。


 ――どこ見て何を思ったんだよ?


 表情を無くしたライラは枕元に置いた眼鏡をつけ、中指でブリッジを押し上げる。


 ――昨晩は十分にあたしの()を堪能しやがったろうが!


「覚えてねえのかぁ!」


 ばしーんと平手がバーンズの頬に炸裂した。赤くなった頬に手を当てて呆けるバーンズを他所に素早く服を着て、扉を荒くしめたライラは宿を出てそのまま診療所に向かった。





 診療所についたライラは控室で白衣を羽織る。そしてベランダに出た。オレンジ色の朝日が出迎えてくれる。

 ライラは景気つけに煙管をふかした。


 ――さすが騎士様、良い身体してたな。


 激しかった昨晩を反芻してライラはひとりニヤつく。男日照りが解消され非常に機嫌がいい。これほどまでに清々しい朝は久しぶりだった。


「さて、そろそろ始めるとするかね」


 腕をうーんと伸ばす。寝不足ではあるが診療を開始するため部屋に戻った。

 何人かの患者を治療したところで客が来たと助手の年配の女性が伝えてくる。


「通して」


 開く扉の先にはレゲンダ軍令部の参謀ミューズ・ワイルダーの姿があった。銀髪を七三に撫でつけ、翠の瞳で鋭く、隙間なく周囲を観察している油断ならない中年の男だ。


「おや参謀閣下」

「邪魔をする。ちと診察して欲しい男がいてな」


 ずかずかと入ってくるミューズに続く男を見て「おや?」とライラは首を傾げる。部屋に入ってきたのは青い顔に赤い紅葉型の跡を残したバーンズだった。

 そのバーンズはライラを見て口を開けて固まっている。


「あああの、もしかして?」

「あぁ、もしかしなくてもあたしさ。()()はどうも」


 青ざめた顔のバーンズに、ライラはニヤリと笑った。

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