救難信号
シャッフル企画に出した作品です。
長い恒星間航海で時間を持ていたわたしのお供は、お菓子だ。
「むぐむぐ、ペルリタ調査員より、今日もお菓子をおいし……異常なしを確認しましたー」
操縦席のコンソールにはお菓子の袋。
救難信号を受けて急行する任務中だけど、長期にわたれば当初の緊張も抜けてくる。
【デサザウト恒星系第五惑星デガス3に接近。減速準備】
小型宇宙船内の情報を映し出す前面ディスプレイに航行AIからの指示が浮かび上がった。
急いでお菓子を口に入れ込み、ささっと機体情報に目を滑らせる。
むぐむぐごっくん。
よし、問題なし。
「減速準備よーし」
船外カメラの映像には、小さな碧い星。現地語で地球というらしい。
美味しそうな惑星だね。
【目的地デガス3到着まで1.5ミューロン。光学迷彩、電波阻害開始。降下します】
碧い星がぐんぐん大きくなっていく。故郷の赤いグラエキア星より、ずっときれいだ。
【ペルリタ調査員。着陸前に確認ですが】
「はーい。地球での名前は星見ユメノ。現地年齢は26歳。おっとり系お姉さんキャラ、だよね」
わたしは、実際は46歳。そもそも地球人とは寿命が違うから、外見に相当する年齢にしないといけない。
【結構です。現地人への暴力は控えてくださいね】
「わたしは粗暴じゃないってば」
地球人はわたしたちグラエキア人よりも筋力が少ないらしく、丁寧に扱わないと大けがするとのこと。
この惑星の重力はグラエキア星の2/3しかないのに酸素濃度が高い。
気をつけないといけないのは確かね。
「それと、もうペルリタじゃなくってユメノで呼んでよね」
【わかりました、ユメノ。くれぐれも油断しないようお願いします】
「んー、でもわたしたちが監視してるってのに気がつかない程度の文明でしょ?」
【侮ってはいけません。先任のレムリア調査員の救難信号も地球からきてます】
レムリア調査員。
その名前を聞くと胸がチクリとする。
彼女は人生の先生で、幼いころに両親を亡くし路頭に迷っていたわたしを助けてくれた、恩人だ。
わたしに必要な教育を受けさせてくれて、立派な大人に育ててくれた、大恩人だ。
先生が地球監視の任務で旅立ったのは、地球時間換算で20年前。
地球人が、わたしたちグラエキア人と友好的な関係を築ける相手なのか。それとも敵となってしまう存在なのか。
地球人にまぎれ、風習、世界情勢なんかを定期的に報告していた。
その先生から救難信号が届いたのが地球単位で5年前。
たまたま地球の近くの恒星系を観測していたわたしに調査任務が課せられた。
〝レムリア調査員が無事であればよし。何かあった場合は彼女の代わりに地球調査を遂行せよ。〟
わたしが先生の安否を確認する任務にあたったのは、すごい幸運だ。運命かもしれない。
「……無事でいてください」
船外カメラに大きく映し出された碧い星を見ながら、わたしは祈った。
救援信号が発せられていたのは、地球の国家群のひとつ、ニホンという国。
ホッカイドウという大きな島のハコダテという街から信号が出ていた。
どうやらこの島は、厳冬期には大気中の水分が凍ることもある、寒冷地のよう。
グラエキア星は気温湿度が高い環境で、正直、この島はわたしたちには適してない。
【外気温は、地球温度で摂氏15℃。上着が必要です】
「先生はこんな寒いところで生活してたの?」
【服でグラエキア人の特徴を誤魔化した可能性もあります】
「あー、それはあるかも。グラエキア人は地球人に比べればやせ形だからね」
【ユメノは容姿的に地球人と親和性があるのですぐに溶け込めるでしょう】
「なによそれー」
キッとディスプレイを睨みつけた。
知的生命体が供える外見的特徴は、進化の度合いに関わらず、大きな違いはないことがわかってる。
わたしたちグラエキア人は先祖が狩猟種だ。
機敏に動けるしなやかな身体こそが美徳で正義だ。
ひるがえってわたしは、胸もお尻もたゆんたゆんだ。
地球人好みな体型と言いたいようねぇ。
これはね、運動不足でも、お菓子の食べ過ぎでもないの。
個体差ってやつよ。
個・体・差。
【ユメノ、これに着替えてください】
チーンと軽快な音がして、右の壁にある小さな扉があいた。大気の元素を素粒子にまで分解して変異させ、必要な元素にする機械だ。
出てきたのは白いもふもふの衣類と青いゴワゴワ素材のズボンだ。
首元も隠れそうな形の上着は肌触りの良い生地で、思わずスリスリしたくなる。
でも――。
「わりと地味ね」
【少しの違いで目立つこともあります。ひっそりと調査をと】
「確かにねー。群れの中に違う特徴の個体がいれば気になっちゃうし」
そう考えると、先生がこの地を選んだ理由にも納得がいく。
レムリア先生は典型的グラエキア人の体形だものね。
【髪は後頭部でひとつにまとめましょう。あと帽子も】
「んー、肩にかかるくらいしかないんだけど、縛らないとダメ?」
【後方視界の確保を優先します】
なるほど、君の言い分にも理がある。
まぁ、地球人に注目されようとは思わないから、これでいいのかも。
帽子は、原色で目立つっぽいけど。
【その赤い帽子は〝この秋の流行トメィトゥ帽子!〟というものです】
「流行なんだー、って目立ってどうするのよ!」
【流行り物は皆が身につけるために、紛れやすいのです】
う、もっともらしいことを言うのね。仕方ない、かぶるか。
ふむ、可愛いじゃない!
恒星デサザウト、地球でいうところの太陽が顔を出してから調査を開始した。地球人たちに混ざり、救難信号を追いかけてハコダテという街をひた歩く。
海が近いせいか、生臭い。
でも美味しそうな匂いもする。
おっと、環境観測はほっといて先生の救難信号を追わないと。
もふもふの上着の胸元から銀色のペンダントを取り出す。
掌に収まる、円筒形のペンダント。
これが、救難信号を発信する装置だ。
信号は、重なり合う平行世界を突き抜けることで距離を圧縮し、光速の10億倍の速度で拡散する。
装着者の精神状態に連動して、極度の恐怖を感じた時に自動で発信される仕組みだ。
解除されるまで信号は出続ける。
これが作動したということは、何らかの危機が先生に及んだってこと。
でも、手首につけた端末が、救難信号が移動していることを教えてくれていた。
先生は生きているのかも。
胸がぎゅっと締め付けられる。
「急がなきゃ」
救難信号は、意外に近い。近くに降りたんだから当たり前だけど。
広い道に埋め込まれた軌道を、白い金属製の車両が走っている。たぶん公共の交通手段なんだろう。
丸っこくてかわいい感じだけど、ゴトゴトと音をたてて、じつに前文明的。
遠くに見える、その、自動運転ですらない車両から、信号は出ていた。
目を凝らせば、車内には結構な数の地球人が。
あの中にいるんだ。
鼓動が早くなっていくのがわかる。
車両の進行方向には、駅と思われるプラットフォームがあった。看板の文字は〝柏木駅〟と読める。
「あそこに行けば乗れるはず」
この国の貨幣は元素から創って持ってきた。
紙幣と貨幣、各種50枚もあればなんとかなるでしょ。
なんとかなって。
お願い。
はやる心を抑えて、怪しまれないように。でも早歩きで。
カッカッカッと道を鳴らせば地球人がこちらを見てくる。
わたしは普通の地球人よ。見ないで見ないで。
顔ではなく胸に視線が刺さってる気がするけど、前を向いておく。
ちょっと走っちゃったけど、なんとか車両が駅に入る前にたどりついた。
ふぅ良かった、間に合った。
あ、駅にいる地球人の目が丸く開いてる。まずい。
「やー忘れ物しちゃったけど、間に合ってよかった、あはは」
うっかりお姉さんを装うことにした。おっとり系お姉さんの予定だったけどしょうがない。
問題発生への対応も調査員の腕の見せ所。
ゴトゴトと車両が入ってきた。ゴロロとドアが開くと、揃いの服を着た若い地球人たちが降りてくる。
救難信号も、一緒に降りてきた。
若い、地球人の雄。
俯いてて顔はよく見えない。
ただ、救難信号の主が先生じゃなかったことはわかった。
わかってしまった。
体が、動かせない。
視線は、その若い地球人を見たまま。
彼は何も興味がないのか、地面を見ながら歩いていく。
揃いの服を着た集団に混ざり、道を渡り、木造の建物が軒を連ねる細い通りへと消えていった。
彼は、何者なのか。
どうして、先生のペンダントを持っているのか。
先生は、どうなっているのか。
立ち尽くすわたしをおいて、車両が駅を出ていった。
気持ちの整理がつかないわたしは、その駅近くの飲食店に逃げた。茶色を基調とした店内には穏やかな音楽が流れてる。
奥にある席を選んで、腰を下ろした。
「お決まりになりましたか?」
給仕だろう地球人の雌が声をかけてくる。何も考えずに、品書きを適当に指さした。
ゆったりした椅子は座り心地も良く、崩れるように背を預けたわたしを支えてくれる。
「わかってはいたけど……」
認めたくない現実を突き付けられ、胸にモノが詰まったようで呼吸がしにくい。
ここに相談できるAIはいない。あれは宇宙船の航行AIで携帯不可だ。
いちど戻るのが得策だろうけど、帰ったが最後、船から出られる気がしない。
「弱音を吐いたらダメ」
ここにはわたししかいない。
なんでもいい、理由をつけて前を向かないと。
「お待ちどうさまです、アイスチョコパフェになります」
給仕が持ってきたのは、透明な容器に入った、黒っぽい何か。
にこっと愛想を振りまいて、彼女は去っていった。
甘い匂いが漂ってくる。
地球の果実だろうか。容器の中に閉じ込められ、白と黒に囲まれて息苦しそうだ。
無意識に、容器の脇に置かれた金属製のさじを手にとっていた。
さじを差しこみ、白い冷えたものに黒がかけられた塊を口に運ぶ。
強烈な冷気と、甘さと、苦みが口に広がる。
美味しい。
隠れていたわたしの感情が顔を覗かせたのか、目が熱くなる。
ひと口、またひと口と、さじを動かしていく。
目からは涙がこぼれていく。
「ううっ」
食べる。泣く。食べる。泣く。
一心不乱にアイスチョコパフェなるものを食べた。
給仕が怪訝な顔をしているのが目に入る。
いいよ、存分に見てやってよ。
食べては泣いて。泣いては食べて。
わたしは、食べきった。
手の甲で口を拭い、大きく息を吐く。
感情の初期化、完了。
静かに立ち上がり、紙幣で一番数字が大きいものを給仕に渡し、店を出た。
わたしは、彼が消えていった小道で待っていた。
路傍にある箱型の販売機であったかい飲料を買い、暖のかわりにして、グラエキア人には寒い風に耐えながら。
空を見上げれば、この星の衛星が白く見える。青く抜けるような空は、グラエキア星にはない。
大気が濃い故郷の空は赤く、少し濁ってる感じだ。
「きれいだなぁ……」
もともと空を見るのは好きだったけど、この星の空はずっと見ていても飽きがこない。
蒼穹っていうんだろうね、この青い空は。
「わたしの心まで青くなっていく気がする」
ただただ、空を眺めていた。
恒星が地平に近づき、空が故郷の色に染まったころ、彼がとぼとぼと歩いてくるのが見えた。
ぐっと拳をにぎり、彼に駆けよる。
近づく靴の音に気がついたのか、彼が顔をあげた。
目元が涼しげで、グラエキア人のわたしからみてもなかなかの男前だ。
「あの、なにか……」
困惑に満ちた声。
そりゃそうよね。
わたしは胸元に手を入れ、銀のペンダントを取り出した。
「これ、知ってるよね」
ぐっと腕を伸ばし見せつけると、彼の目が大きくなっていく。口も半開きで、相当驚いているのが丸わかりだ。
「それ、わたしの恩人のものなの」
ペンダントがあるであろう位置に指させば、彼がそこに手を当てた。
やっぱりそうだ、そこにあるんだ。
「元の持ち主がいまどうしているか、教えて。お願い!」
涙がこぼれるのだけは、耐えた。
彼は沈黙している。
歯を食いしばり、待った。
彼の口が開くのを、待った。
「母さんを、知っているんですか?」
「……母さ、はぇ?」
予期しなかったそのひとことで、わたしは地面にへたりこんでしまった。
わたしは、あの可愛い車両が行き来する広い道を、彼に背負われ進んでる。
情けないことに、緊張が緩んで腰が抜けてしまったわけで。
母を知っている人と、話がしたくって。
なんて言われて。
街中じゃできない話なんで、僕の家でなんですけど。
なんて、寂しそうな笑みを浮かべて。
何かあるんだろうなーって想像をさせてくる声。
断れないよね。
陽の落ちた冷えた空気の中。歩みはゆっくりだ。
彼の見かけは覇気がないものだけど、背中はそれに反して頼もしい。
グラエキア人並、いや、以上かも。
彼の首へ回した腕に、そっと力を入れた。
「わたし、重くない?」
「いえ、全然。というか僕、力が異常に強いんで、お姉さんなんか小指で持ち上げられちゃいますよ」
生意気にもそんな口をきいてくる。
よろしい、教育して差し上げよう。地球人の雄の特性は学習済みだ。
腕に力を込めて、ぎゅぎゅっと胸を押し当ててやる。
どーだ、普通のグラエキア人にはできないことだぞー。
空しくなんかない。欠点だって武器になるんだ。
「思春期の青年をかどわかさないでもらえますか」
彼が背を反らした。効いてるらしい。
なんか楽しくなってきた。
うりうりと押しつけて密着するのを振りほどこうとしてるけど、わたしの方が力が強い。
わたしはグラエキア人だぞー。地球人には負けないのだ。
「もうつきます。そこの一軒家です」
あれ、いつの間にかついたよう。
目の前には木造と思われる2階建て。これが彼の家だって。
「高校に入った時に独り暮らしを始めたんです」
彼は建物を見上げている。
おっと、そろそろ降りないとね。腰も平気な感じだし。
「そうなんだ。ってもう大丈夫だから」
降ろしてもらう時に、入り口と思われる扉の脇の札を見た。
〝サエバユーゴ、ユウコ、ケンイチ〟
そう、書いてあった。
建物の入り口で靴を脱がされ、木の廊下を歩き、部屋に通された。
四角いテーブルに椅子が3つ。でも、この部屋には彼しかいない。他の誰かの気配も感じられない。
嫌な予感が頭をよぎる。
「えっと、コーヒーでいいですか」
持ち手がある容器を掲げる彼。
「いえいえ、お気遣いなく」
未知の液体を摂取して無事な保証はないからね。
さっき食べたアレは別腹よ、別腹。
「じゃあお茶にしますね」
と彼は言い、湯気が立ち上る器をふたつ持ってきて、わたしの向かいに座った。
「えっと、僕の名前は冴羽ケンイチ。このペンダントの持ち主は、僕の母です」
ケンイチ君がペンダントに目を落とした。
あの札に書いてあったのは、やっぱり名前だった。
地球人の名づけの法則から推測すると、おそらくユウコがレムリア先生なんだろう。
目の奥がじわりと熱くなっていく。
「な、名乗ってなかったね。わたしは、その、星見ユメノっていうんだ。ケンイチ君のお母さんにすっごいお世話になってて、その」
そこまで言ったわたしの目からぽたりと涙が落ちた。
まだ早い。
君が出てきていいのはもっとあと。
「だ、大丈夫ですか」
ケンイチ君が腰を浮かせたから手で制した。話が聞きたい。
ぐしっと腕で涙を拭く。
よし、覚悟完了。
ケンイチ君は座りなおしてくれた。
心配かけて、情けないお姉さんでごめんね。
「それで、ケンイチ君のお母さんは」
「……母は、5年ほど前に失踪しました」
苦しそうな顔をしたケンイチ君の告白は、衝撃的だった。
わたしも息ができなくなるほどに。
「5年前、父が暴漢に襲われて亡くなりました。父の四十九日が終わった晩に、母が忽然といなくなったんです。このペンダントを残して」
「ペンダントを、残して……」
それしか言葉が出なかった。
監視のために来た星だけど、伴侶を得て、子供にも恵まれて。
先生は幸せだったんだろうね。
その幸せが壊れたショックで、先生も壊れてしまったのだろうか。
そう思うと、胸が張り裂けそうだ。
ケンイチ君が項垂れた。肩が小刻みに震えてる。
彼は両親を亡くしているんだ。わたしはその悲しみを掘り起こしてしまったんだ。
椅子から立ち上がり、彼の脇にまわり込む。
下を向いたままの頭を、ぎゅっと抱きしめる。
「わたしもね、小さい時に両親が死んじゃってね。先生にすごい助けてもらったんだ。金銭も、勉強も、進路も。いろいろ相談にのってくれてね」
ケンイチ君の背中をポンポンと叩く。さっきの逞しい背中ではなく、幼い少年のようだった。
考えろ、わたし。
この子は小さい頃のわたしだ。
道しるべもなく、さまよう幼子だ。
あの時、先生はにっこりと笑顔を向けてくれた。
お金に困ってれば援助をしてくれた。
やりたい仕事もなく空を見上げてばかりだったわたしに、惑星調査の面白さを説いてくれた。
先生からの救難信号は、この子が発したものなのかもしれない。
だから先生はペンダントを残したのかもしれない。
だれかが助けてくれると信じて。
〝レムリアが無事であればよし。何かあった場合は彼女の代わりに地球調査を遂行せよ。〟
今度はわたしの番だよね。
「今日からは、わたしがおねーちゃんになってあげるから、もう泣かないの」
わたしは決めた。
この子の親にはなれないけど、姉にはなれる。
先生がいないいま、地球監視任務はわたしが担うことになる。
どのみち地球に滞在するんだ。先生の忘れ形見と一緒に生活するのも悪くない。
恩返しにはならないけど、せめてケンイチ君が大人になるまでは、わたしが面倒を見よう。
ここにはわたししかいないんだから、わたしが法律だ。
「おねー、ちゃん?」
胸元からケンイチ君の困惑した声がする。
「そう、たったいまから、おねーちゃんよ!」
わたしは、ケンイチ君の家に転がりこむと宣言した。
わたしは椅子に座り、夕食をつくっているケンイチ君の横顔を眺めている。
せっかくだから食べていきませんかとお誘いがあったから。
わたしから先生の話を聞きたいのもあるんだろうね。
初めて会った時は気がつかなかったけど、ケンイチ君の目元はレムリア先生に良く似ている。
わたしを背負った時に話してた、力が異常に強いというのは、グラエキア人の血を引いているからだと思う。
まー、ケンイチ君はハーフだから、あたしの方が強いんだけどね。
さて、ちょっと失礼して先生の部屋に行こうかな。
「ねーケンチイ君。せんせ……お母さんの部屋って、どこ?」
「あーっと、廊下のつきあたりです。そのままにしてあるから、散らかってるかも」
なるほど。先生がいつ帰って来ても良い様にそのままにしてあるのか。
ケンイチ君の想いに、胸がズキっとする。
でも、わたしは、先生がこの星でどんな生活をしていたのか、知りたいんだ。
ケンイチ君のお世話を含め、わたしが引き継ぐわけだから。
部屋の扉を開け、壁にあるスイッチで明かりをつける。
小さな机に椅子、壁を埋め尽くす棚には本がぎっしり入っている。
でも、わたしの狙いはそこじゃない。
先生は監視目的で来てたけど、同時に研究もしていたはず。
わたしの小型宇宙船にも、簡単ながらも実験装置がある。
先生も、独自の研究設備を持っていたはずよね。
そう、この部屋。
床に敷いてあるカーペットを静かに剥がしていく。一見すると床材にしか見えない地下への入り口があった。
やっぱりね。
床材を引きあげると下へ向かう階段が。
念のため部屋のドアの鍵を閉め、地下への階段に体を滑り込ませた。
10数段降りた先に、金属の扉があった。わたしが良く知ってるグラエキア様式のもので、この地球にはまだ存在しない素材。
間違いない。
高鳴る胸を抑えつつ、わたしは扉を開けた。
わたしは、目の前に現れた光景を、信じられなかった。
緑の液体で満たされたガラス容器の中に、全裸のレムリア先生が浮かんでいたのだ。
「う、うそ……」
ケンイチ君は、失踪したって――
「あー、見つかっちゃったかー」
少し前まで聞いていた声に、わたしは振り返った。
そこには、にやけた顔のケンイチ君が扉を塞ぐように立っていた。
さっきまでの雰囲気は消えてて、いまはそう、グラエキアの男みたいな、獰猛な気配。
「さて」
彼が腰を落とし、一瞬でわたしの目の前に来た。両手首が掴まれ、頭上に引き上げられる。
「ッ!」
このままだとまずい。
脱出するべく、ひざで彼の腹を蹴る。
「抵抗しても無駄だよ」
彼は避けもせず、わたしの蹴りを脇腹に受けた。そして右手でわたしの両手首を拘束したまま、左手で蹴った足も掴んできた。
「は、はなせっ!」
振りほどこうと思って暴れたけど、まったく、微動だにしない。
完全に押さえ込まれた。
「あはは、さっきは加減してたんだ。ハーフってさ、たまーに原種よりも強くなる場合があるんだって、知ってた?」
「うぐっ」
そのままドンと壁に押し付けられた。一瞬、呼吸が止まった。
「星見ユメノって、偽名だよね? グラエキア人のおねーさん」
「な、なん、で――」
わかったの!?
頭が真っ白になる。
「ペンダントを見せられた時にね。母さんと似た雰囲気だった、し!」
「いたいッ!」
掴まれてる手首に激痛が走る。
砕けそうに痛い!
「こんな怪力を持ってるなんて、子供だっておかしいと思うよ。父さんに聞いたんだ。なんでだって。そしたら力の加減を間違って殺しちゃってさ」
「殺したって……だってさっき」
「子供が、原形をとどめないくらいに殴れるわけないしね。警察がそう判断したんだ」
彼の口元が歪む。
「ま、まさか……」
わたしは悟った。この子が、コイツが先生を。
許せない。
怒りに体が熱くなる。
でも、腕は固定されて、僅かにも動かせない。
「怪力過ぎて普通の女の子じゃ楽しめなくってさ。母さんも壊れちゃって無反応でつまらないんだよ」
ベロリと首筋を舐められた。
ゾゾゾと背中に恐怖が這いずる。
まさか、コイツ、先生と……
手首の端末がピーっと鳴った。胸のペンダントが救援信号を発しはじめたんだ。
やばい、また調査員が派遣されちゃう。
だめ、来ちゃダメ!
「ふふ、また来るんだ。楽しみだな。でもそれまでは、ユメノおねーさんで我慢するよ」
彼が嬉しそうに頬を緩めたのを見たあと、わたしの視界は真っ暗になった。




