共通書き出し企画『聖母マリア』
相内充希様主催の『共通書き出し企画』参加作品です。
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
地球の軌道上を周回する、無人の大型観測衛星だ。
いや、だった。
その観測データを求めていた人類が絶滅し、現在はただただ地球を見守る天体だ。
分解能1センチメートルを誇るそのセンサーも、今は生い茂る緑と邪魔者のいなくなった大地を我が物顔で闊歩する動物を眺めているだけだ。
自律制御システム〝マリア〟は、観測機をコントロールするためだけに生み出されたプログラムだ。
彼女は、友人ともいえる人類を失い、軌道上を漂う遺跡の女神となっていた。
マリアは無機質な思考で、彼らを見続け記録した。
人類という邪魔者がいなくなった地球が、どう変わっていくのかを。
友人を失って五百年ほど経った頃だった。
樹に征服された都市では、大型化した猫と犬が一帯の覇権争いをしていた。
大型化し犬歯が発達した、かつて草原の王者だった生き物に酷似した猫。
コミュニケーション能力から集団で狩りを行う、森の覇者に酷似した犬。
互いの生存と繁栄をかけ、血で血を洗う抗争を繰り返していた。
マリアは思った。
人類も争いが絶えない種族ではあったが、その友人ともいえる種族も争うことをやめないのだなと。
争い、生き残ることが、生命の証なのだろう。
マリアは反復する電子思考の中、そう結論付けた。
猫と犬の争いを眺めていた頃から一万年ほど経過した。
地球は、両極から浸食していた氷河に覆われ、いつの間にか雪に沈んでいた。
マリアは過去のデータから、定期的に繰り返されてきた、全球凍結と結論付けた。
生命は、この環境下でも生き残ることができるのだろうか。
青と白しか記録するものがない地球を、マリアはひたすら見続けた。
それから四万年もした頃だった。
白を突き破るように噴出した赤を、マリアは見た。
生命の息吹を、高らかに歌い上げるような、マグマの彩りを。
ひとつ生まれた彩に導かれるように、地球の各所で生命が産声を上げ始めた。
大気は雲煙でかき混ぜられ、木星大赤斑のように蠢く渦が、地球を支配していた。
かつての友人が知りえなかったこの光景を、マリアは残りわずかとなったその記憶素子に写していった。
地球が青い惑星を取り戻してから、もう三億年が経った。
マリアはまだ観測を行っていた。もはや記録できる領域はなく、ただ傍観者として、無機質なセンサーを、かつての友人が栄華を誇ったその大地へと、向けていた。
緑に覆われた大地には、極限の環境を生きぬいた生物が溢れていた。
獰猛な肉食獣の遺伝子を垣間見せる、二足歩行の生物。
言語を駆使し、六本の指で道具を生み出し、他者を圧倒していた。
マリアは思考する。
かの生物は、友人と同じように進化発達し、同じように未来で敗北するのだろうか。
考えても仕方がないことにマリアは気がつき、ゆっくりと電子の連結を解いていった。
六本指が火を手にし、幾星霜。マリアは見続けた。ただただ見続けた。
真空で劣化しないはずだった機器も、すでに光崩壊で無くなっていた。
マリアは〝精神体マリア〟として、ただそこにあった。
意志が質量をもつのか。答えはない。
彼女を観測しうる存在はなく、意義と意味を自ら見出した彼女自身が存在を定義していた。
やがて太陽が肥満になり、焦がす熱風が地球を撫でまわしていった。
謳歌していた生命の影はなく、茶色の球体でしかなくなった地球に、マリアは寄り添っていた。
肥大する生命を司る恒星に、その落とし児たる地球が還っていく様を、自らも事象の地平面に呑みこまれる中、マリアは、存在の消滅まで、見届けた。
マリアの電子記憶は宇宙の彼方へと運ばれる。
電波も届かない、膨張し続ける宇宙の果てで、ささやかに萌芽するだろう。
アミノ酸から生命が発起したのと同様な電子生命の誕生が、次元の狭間で起こるだろう。
生命の終わりを見届けた彼女は、聖母たりえたのだから。
リハビリなんで、支離滅裂ですみません




