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人類を再生しようとした夏美さんは、しばらくこの時代を楽しむようです

タイトル文字数オーバーなために引っ込めたブツ。

連載版とはまた違うのですがね。

「何度も言うけど、冬弥君の精子が欲しいだけなの」


 月曜の朝っぱらから玄関で痴女が騒いでる。


 清楚な和服姿で、艶やかな黒髪で、目元の泣きぼくろがどうしようもなく色っぽい隣人、緑丘夏美(みどりおかなつみ)さんだ。

 毎日、登校前と帰宅後に押しかけてくる。なぞの隣人だ。


「見ず知らずというわけではないけど何に使われるかもわからないのにそんなのあげられません」


「別に冬弥君に迷惑はかけないわ」


「僕に迷惑をかけなくっても世間様に顔向けできないような事に使われると困ります」


 僕、忍足冬弥(おしたりとうや)はしがない高校生だ。自宅から遠い高校に通うために独り暮らしを満喫している高校生だ。

 目立った特技もなく成績も中の上くらい。イケメンの半分くらいの顔だ。


 まー、僕のことは放っておいて、目の前の迷惑な美隣人を何とかしないとこのアパートから爪弾きにされかねない。

 大切なのは世間体。精子じゃない。


「大丈夫よ、使うのはこの時代じゃないし」


「は?」


「気になるわよね。説明するからうちに来てちょうだい」


 僕の腕がガシリと掴まれた。有無を言わさない力でずずずと引きずられる。


「ちょ、痛い、腕が抜けちゃう!」


「冬弥君から精子をもらえれば良いだけだから」


「答えになってないィィ!」


 僕は抵抗むなしく、凶悪な力で隣の部屋に引きずり込まれてしまった。


 拉致された痴女の住処は、殺風景だった。僕と同じ部屋の形だけど、ベッドと机しかなく、その代り卵みたいな形の丸っこい大きな何かが鎮座していた。


「ちょっとベッドに腰掛けてて」


「押し倒されそうなんでイヤです」


「冬弥君を押し倒そうなんてこれっぽっちも思ってないから安心して」


 痴女こと夏美さんは笑顔で玄関近くにある簡易キッチンに向かう。僕は仕方なくベッドに腰掛けた。


 彼女は僕が欲しいのではなく精子が欲しいようだ。逆に言えば僕などは眼中にないっぽい。それはそれで悲しいけど、おかしな騒動に巻き込まれなくても済むかも。


 なんて考えたけど精子を欲しがられてる時点でおかしな騒動に巻き込まれてることに気がつく。だめじゃん。


 夏美さんが「ガシャコンドッカン」とキッチンでは発生しないような音を立てて何かをしている。彼女は痴女にマッドサイエンティストが混ざった魔王なのかもしれない。


 本気で逃げないと、お巡りさんコイツです、と通報されかねない。


 すかざす行動に移そうかという時、僕の足元に金属質なボールが転がってきた。夏美さんの工作の失敗作か?


「ヒドイ、シッパイ、サクジャ、ナイ」


 足元の金属ボールから合成音声が聞こえた。ボールに亀裂が入り、にゅきっと、まさににょきっと顔が出てきた。

 目玉らしき緑のランプがあるだけなんだけど、僕には顔に見えた。


「……しゃべった?」


 キッチンの魔王を見てしまっている僕の頭には常識という枷は無くなっていた。ひどく冷静で沈着な、普段の僕からは考えられない僕になっていた。


「というか、僕の頭の中を読んだ?」


「タンジュンナ、セイカク、ダカラ、ヒョウジョウデ、ヨミトレル」


「単純とか、無礼千万だね」


「マー、ダマッテ、ハナシヲ、キケ」


 唐突に命令口調になったこのボール、どうしてくれよう。サッカーボールくらいの大きさで窓から投げるにはちょうどいい。


「ナゲルナ」


「おお、また先回りだ」


「イイカラ、キケ」


 頭だけ飛び出した金属ボールから、今度は足らしきものがにゅっと伸びた。


「マスターハ、コノジダイ、カラ、ゴヒャクネン、サキノ、ユイイツ、イキノコッタ、ニンゲン、ダ」


「500年とは、いきなり大きく出たね」


 今度はボールの横側から手らしきものが伸びた。丸い体に手足があるロボットみたいだ。おもちゃにこんなのがあったかな。


「タイプ、エーダッシュ、ビーゴ、ヲ、バカニ、シナイデ、イタダキ、タイ」


 アルファベットに日本語を混ぜ込むのは日本人の悪い癖だと、どっかで聞いたことがある。

 というのは放り投げて。


「で、なんなの?」


「そこから先は私が説明するわ」


 お盆に湯呑をのせた夏美さんがしずしずと歩いてきた。あの音からその湯呑がどう扱われたのかは想像したくない。


 だが無情にも彼女は僕の目の前にそのいかがわしい湯呑を差し出してくる。あまりにもいい笑顔だったので思わず受け取ってしまった。僕の薄弱さが恨めしい。


「その子はデラックスAIの源次郎よ」


「源次郎」


 語呂の良さに復唱してしまった。


「西暦に換算すると2400年製になるかしら」


「2400年」


 猫型ロボットを過去に置き去りにする年数だ。


「コールドスリープから目覚めた時には、既に人類は私ひとりだった」


「コールドスリープ。人類はひとり」


 ちょっといきなり話が飛び過ぎだ。僕のいたいけな脳みそが火を噴きそうだ。


「地球は戦争の影響で寒冷地化してた。どこに行っても荒れ地ばかり」


 夏美さんは僕などお構いなしにカミングアウトを続ける。このやばさは痴女どころの話じゃない。超えちゃいけない一線を超してる。


「で、私に従ってくれるロボット君たちの助けを借りて、数年かけて地球をくまなく探査した。生命体はいたけど人類の姿を見つけることはできなかった」


 夏美さんは、そこで顔を伏せてしまった。つむじが見える頭には天使のキューティクルが。お手入れはばっちりのようだ。


「ソコマデハ、ヨイカ?」


「おお! いたのか」


「ムシスル、ダメ」


 源次郎が奇妙な歩き方で僕に寄ってくる。ちょっと逃げ出したい気分だ。


「マワリ、コムゾ」


「だから先読みしないで!」


 僕は逃げることをあきらめた。


「マスターハ、カンガエタ。ジブンガ、ジンルイノ、サイゴノ ヒトリデ、アルト」


「えぇ、5年は悩んだわね」


 えっと、ということは夏美さんの年齢は――睨まないで夏美さん、怖いから。


「そうして、悟ったの。私は人類最後のひとりなんだから、なにしたっていいんだって」


「すっごいポジティブシンキングですね」


「やけっぱちなだけよ」


 夏美さんは、陰のある笑みを見せた。


「私ひとりじゃ人類の再興はできない。あたしは子を産めるけど、その元となる精子はないの」


「すみません、話が見えません」


「これからが大事な場面だから、ちょっと静かにしてて」


 夏美さんの目が妖しく光った。僕は口を噤んだ。口答えしたら棺桶入りになりそうな気がしたから。


「で、源次郎はじめ、残されていたAIとロボットの能力をフル動員して、タイムマシンを創りあげたの」


 夏美さんが、部屋に鎮座してる巨大卵に視線を移した。

 いろいろ突破しすぎてて僕は理解できない。可否はともかくとして、夏美さんが信じきってしまっているというのだけははっきりした。


 僕的にはここらでお暇したいのだけれど、目の前に源次郎が立ちはだかってそうさせてもらえそうにない。


「ソシテ、トウヤ。アナタガ、イデンシ、テキニ、マスタート、アイショウガ、サイコウ、ナノ、デス」


「タイムマシンは創れたけど、向かう年代は指定できなかった。この年代に来たのはただの偶然。でも私にはこの偶然に頼るしかないの」


 夏美さんの顔が引き締まった。泣きぼくろの目が、キッと上向く。


「世界中を調べて、私の遺伝子と最も相性が良かったのが冬弥君なの」


「……で、僕の精子が欲しいと?」


 僕はちらっと卵型タイムマシンを見た。アレに乗せられて連れ去られるわけじゃないんだ。って、僕まで与太話みたいのを信じてどうするんだ。


「あれは、ひとり乗りなの」


 僕の疑問に、夏美さんが答えた。


「ツマリ、マスター、シカ、カエレナイ」


 源次郎が答えた。合成音声なのに少し悲しそうだ。


「ひとりしかいない世界に、戻るつもり?」


「そうよ。やることに意味はないかもしれないけど、唯一残された人類として、やってみたいの」


 無駄だったからって誰に迷惑かけるわけじゃないもの。彼女は小さな声で、呻くように言った。


「セイシヲ、モラエレバ、マスタート、イッショニ、ミライヘ、モドル」


 源次郎の声は、合成音声の癖に悲壮感に満ちて聞こえた。


「だから、冬弥君の精子が欲しいの」


 潤んだ目の夏美さんは、綺麗だった。僕の心を揺さぶるくらい。

 ついでに僕の身体もすごく揺れてる。


「て、地震! 大きい!」


 ゆさゆさ、ではなく、ゴゴゴゴと地獄の底から閻魔大王が登場しそうなBGMで、部屋が激しく揺れる。


 ベッドに座っていた僕に、着物姿の夏美さんが倒れてきた。避けることもできない僕はボディアタックを受け、あえなく押し倒された。

 その拍子に持っていた湯呑が宙を舞い、卵型タイムマシンに吸い込まれていく。


「あ」「ア」


 僕と源次郎の声が重なる。

 卵型タイムマシンに湯呑が当たり、砕けた。そして中に入っていた液体がかかると、ジュワワっと不気味な音を立てソレを溶かし始めた。


「アワワワ」


「ちょ、夏美さん!」


「え、なに?」


 卵型タイムマシンがガガガピーと嫌な音をたてはじめた。そしてボフンと煙を出しておとなしくなった。


 同時に揺れも収まり、夏美さんの豊かすぎる胸に顔を押しつぶされそうな僕はもがいた。もがいた拍子に、揉んだ。マシュマロ級だ。


「アアア、タイム、マシンガ、コワレ、マシタ」


 源次郎の、悲鳴のような声が聞こえた。

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