『音の世界』
世界は音であふれてる。
カチャカチャ、トントン、グツグツ、コツコツ。
僕はそれらに耳を澄ませる。
何の音なのかは、僕にはわからない。
硬い音、熱そうな音、柔らかい音。
目の見えない僕は音の中で生きている。
「お待ちどうさま」
ふわっとかかる優しい声。僕の好きな音だ。
「ありがとうございます」
コトリと音がして、漂うのは、暖かな、どことなくすっぱそうな薫り。
「うーん、豆、いつもと違います?」
僕の鼻には違和感。いつもの珈琲と、ちょっと違う。
「今日はねー、キリマンジャロを、すこーしだけ混ぜてみました!」
「あぁ、だからすっぱそうな匂いがしたんですね」
「あら、さすがね」
ちょっとびっくりした声色。暖かな手で頭を撫でられた。珈琲を飲んでないのに胸が熱くなる。
彼女がどんな顔なのか、僕は知らない。
歳だって、知らない。
独りなのか、それとも……
この喫茶店のとても安らぐ雰囲気だけは、肌で感じ取ってる。
目の見えない僕を、拒否しない。
世間は普通を尊び、異端を排除する。
目の見えない僕は、普通にはなれなかった。
道を歩いていても、たとえ白杖も使っていようとも、配慮された覚えはない。
世間の冷たさを思い知ってもう二十数年。これでもちゃーんと働いている。
盲目でもできる仕事。それは、耳を使う仕事。
僕はこれでもミュージシャンだ。
奏でるのは楽器じゃなくって、パソコンだけどね。
「あ、そうそう、次の曲ってできたの?」
猫みたいに、弾む声。
僕の横の席で、しゅるっと布がこすれる音がした。




