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夜語り企画参加作品『月と科学と野菜ジュース』

秋月 忍主催『夜語り』企画参加作品です。


『夜』に加えて『月』をプラスしています。

 ブラッディムーン。

 ブルームーンと皆既月食の共演。

 人間どもの営みをあざ笑うような紅い月。瞬く星を押しのけ、静寂な夜のメインステージに登る。

 美しい……まるで私のようだ。


「はいそこの吸血鬼(ヴァンパイア)、止まりなさーい!」


 深まった夜の澄んだ空気を切り裂いて飛ぶという、最高の気分をぶち壊しにしてくれるサイレンと無粋な拡声器の声。


「またあの女か」


 私が気持ちよく夜空を飛んでいると必ず追いかけてくる、厄介な婦警だ。

 つい先日まで地面をよちよち歩きしていた人間がホバーバイクなどを造って、神聖なる我が空域まで侵犯してくるようになったのはいつのことだったか。時の流れとは無情なほど早いのだな。


「聞こえてんでしょー! おとなしく止まりなさーい!」


 見えにくくするためか、真っ黒に塗られたホバーバイクが、私の横に並んだ。インカム付の黒いヘルメットの中にはむすっとした女の顔。

 顔のつくりは良いのだからお淑やかにしていればさぞモテるだろうに。こんなお転婆だから貰い手がないのだ。まったく。


「月見の邪魔をするな」

「邪魔したらなんなのよ。吸えるもんなら吸ってみなさい、この野菜吸血鬼(ベジタブルヴァンピー)!」


 こいつは二言目(ふたことめ)には野菜吸血鬼(ベジタブルヴァンピー)と言い捨てる。この高貴な吸血鬼の末裔である私をだ。無知ゆえの暴言であろうがな。

 それにつけても、だ。


「野菜ジュースを馬鹿にするのは感心せんな。健康的でしかも美味しい。闇に生きる吸血鬼の私でさえ虜にする奇跡の飲み物だ。お前も飲めばさらに美しくなろうて」

「バっかじゃないの。ちょっと彫が深くってイケオジで渋カッコよくてあたし好みだからって、いつまでもお目こぼしがあるわけじゃないのよ!」


 毎度毎度ウルサイ女だ。顔を赤くしてまで怒ることもあるまいて。


「指定空域外飛行罪よ! 毎回言ってるけど、飛行計画書を提出しなさい!」

「気分で変わる飛行ルートを事前に出せなどという無粋な要求は断固として拒否する」

「吸血鬼だって法の下に平等なんだから、規則に従いなさい!」

「今日は特別な夜だ。赤色灯を回すなどという無遠慮な作法まねはやめたまえ」


 ガンと赤色灯を叩けば、キュ-ンと大人しくなる。機械といえども(しつ)けは大事だ。


「直すと高いんだから優しく扱いなさいよ! で、なにが特別なのか知らないけど――」

「ブラッディムーン」

「はぁ?」

「ブラッディムーンだ」


 なんだ、ぶすっとした顔しおって。お前は自然が作り出すこの芸術を知らんのか?

 教育がなっておらんな。仕方ない、教育も年長者の義務だ。私が手ずから教えてしんぜよう。


「止まれ。私が教えてやる。ありがたく聞くのだ」


 手で合図をしてホバーバイクを止まらせる。口を尖らせても可愛らしい器量なのに、もったいないことだ。世の人間どもは何をしておるのだ。


「で、今日は何の講釈をたれていただけるのかしら?」

「今宵が、どれほど雄大で荘厳な一夜なのかを、とくと説いてしんぜよう」

「何を偉そうに……」


 ぶーたれるのも今の内だ。私がわかりやすく説明してやればその心も変わるに違いない。


「よいか? ブラッディムーンとは皆既月食とブルームーンが同時に起こる天体現象だ。なに、ブルームーンを知らない? 人間のくせに何故知らぬのだ?」


 これだから今の若いものは。おっと、年寄りくさい発言だったな。なにせ今年で……六〇〇までは覚えておるが。まぁ、歳などどうでも良い。説明してやらねばいかん。


「ブルームーンとは、一か月の間に二回満月になることを指す。お前の頭でもわかろう?」

「人を馬鹿みたいに言わないでくれるかしら。これでもあたしは警部なんだからね!」

「平に勲章がついただけではないか」

「ぬぁんですってぇ! あんたの保護観察のために頑張って警部になったんだから!」


 だからといって私に銃を向けるな。そんなもので死にはしないが、痛いのだぞ?


「当たったって死にはしないんだから、撃っても良いわよね?」

「無抵抗なのに撃つのか?」

「さっき赤色灯を殴ったでしょ? それと一緒よ」


 なんとも乱暴な理論だ。


「まあいい、続きだ。銃をしまえ」

「変なことしたら躊躇なく撃つからね」

「変なことをしなくても撃つだろう」


 こいつと話をしていると脇道にそれて仕方がない。どうしてこいつとは馬が合わないのか。


「皆既月食についてだが、太陽-地球-月が一直線に並ぶ際に起こる現象だ。満月が地球の影を通る際に月が欠けたり暗く見えたりするであろ?」

「それくらい知ってるわよ」

「知っているなら知っていると言いたまえ」


 ふくれっ面など子供のすることだ。こいつもとうに三十歳は越えておるはず。いつまでも子供では困るな。親ではないが嫁の貰い手を心配してしまう。

 おっと、また思考がずれてしまった。私も歳かもしれんな。


「ブルームーンの時に皆既月食が起こると、月の色が赤黒く変化して見える。これを――」

「ブラッディムーンって言うんでしょ」

「やはり知っているのではないか」

「そこまで言われれば誰でもわかるわよ!」


 まったく、素直ではない女だ。

 まぁ、こいつが理解できたということは、私の説明もまんざらではないということか。


「このような天体ショーを解き明かす科学。人間もたまには役に立つものを考えつくと思わんか?」

「なんで偶然の遺物みたいなあんたがそんなに熱く科学を語るのよ。まったく世も末ね」


 なんだその、いかにも呆れたという顔は。


「科学は素晴らしいぞ?」

「貴方の存在がその科学を台無しにしてるんだけども?」

「何事にも例外はつきものだ」


 ああいえばこういう。なんで事ある毎に私に突っかかるのだ。可愛くない。


「あのねぇ、貴方が計画書も出さずに好き勝手に飛び回るから、あたしの貴重な夜のプライベートな時間が無駄に費やされてるのよ!」

「なんだ、警察手帳なしか?」

「そうよ。何かあったらあたし懲戒免職なのよ? まったく、何かあったら、責任、取りなさ…ぃ…」


 なにをごにょごにょと言っておるのだ。


「あぁいかん、こうしている間にも皆既月食が終わってしまう」

「長生きな貴方ならいつでも見れるでしょ!」

「過ぎた時間は返ってはこないのだ。その時その刻を大事に過ごさねば後悔するぞ?」


 ん、なんだ、しおらしく黙りおって。


「ほら見てみろ。美しいブラッディムーンだ」


 指し示してやれば、女も月を見た。私と並び、じっと月を見ている。

 やや青みがかった満月が、ゆっくり赤く染まっていく。

 生命の根源。情熱とエネルギー。

 赤、とは、そのようなイメージだ。枯れ枝のような私には似合わない色だな。

 月食で、赤く染まった満月がかけていく。安らかな死を迎えられぬ私のような、不完全で歪な月だ。


「貴方は、いつまでひとりで生きてくの?」


 女の寂しげな声。


「さあな、いつ死ねるのかわからん身だ。それこそ時の流れに身を委ねるというものだ」


 数いた仲間も孤独に耐え切れず、夜明けの中で灰になって消えた。それは〝死〟ではない。魂は召されず、今生(こんじょう)彷徨(さまよ)い続けるのだ。そんなことは御免こうむる。

 ひとり残された私は、この世に吸血鬼が存在したという証拠として、ここに在るだけ。在るだけだ。


「ひとりは寂しくないの?」

「寂しくないとは言わぬが、まぁ慣れてしまったな」


 そろそろ月食も終わる。さて次は何を楽しみに時を過ごさなければなるまいか。時間が有り余るというのも考えものだ。


「あたしでよければ……」

「……何か言ったか?」

「何も言ってないわよ!」


 なんだ、そっぽ向きおって。若者を永遠の闇に引きずり込むわけにはいかんのだ。

 私は血は吸わん。吸うのは、永遠という苦難の道を手を携えて歩むと決めた者だけだ。未来ある若者などもってのほかだ。

 それくらい、わかってくれ。








 夜空に妖しく浮かぶブラッディムーンは、たったひとり残された吸血鬼と彼を取り締まる体で見守っている婦警を、静かに眺めているのだった。

魔物と科学が共存している、そんな未来が、あってもいいかも。

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