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第四回書き出し祭り参加作品『鉄槌王《ハンマーキング》とギルドボール』

 今日も俺は生きている。

 冷たい鉄格子の中、鎖の音を友として。

 松明だけが太陽の、この狂った時間の中で。


「九八五ォッ!」


 日課の腕立て一〇〇〇回まであと少し。床についた手に汗が落ちる。

 殺人罪で投獄されて早半年。事故であることが明らかになるのを待ち、鍛錬は欠かさない。

 上腕三頭筋が歓喜に震え、前鋸筋が軋んで吠える。

 肉体から湧き上がる嬌声に、頬が緩んだ。


 今日も俺は生きている。

 栄光のギルドボールに戻れることを信じ、俺は耐える。


 五人の仲間(ギルド)。歓喜に沸くスタジアム。

 鍛え上げた肉体と偉大なる鉄鎚で直径一メトルの鋼球を撃ちこみ、敵陣に聳え立つフラッグをへし折る。

 永すぎる平和に飽きた民のための、筋肉の娯楽。

 諸貴族が競ってギルドを持ち、その人気を己が名誉とする。

 それが、ギルドボール。


 コツン。


 硬質な足音が耳に入った。規則正しい、几帳面そうな靴の音だ。


「飯には早いが……」


 檻を照らす炎が揺らいだ。だが俺は、それを無視して腕を伸ばす。

 日課は必ず完遂させる。それでこそ鍛錬だ。


「九九九ゥ、一〇〇〇回ィィッ!」

「……見事なものですね」


 わざわざ待っていたのか、終えたと同時に声をかけてきた。足音同様、几帳面な奴だ。

 鉄格子に向かって胡坐をかき深く息を吐く。全身から汗が噴き出て湯気が立った。腕で額をぬぐい顔をあげれば、ローブ姿でフードを頭からかぶった人物が目に入る。枯れた声から察するに、それなりの年齢の男だろう。


「いかなる時も腕立てとスクワットを欠かさないと聞いておりましたが、なるほど、素晴らしい肉体です」

 

 フードの奥から品定めの視線を感じ、身体が粟立つ。


「くれてやるケツはねえぞ」

「ふふ、さすがはギルドボールの雄、マックス〝鉄鎚王(ハンマーキング)〟殿」

「薄汚い我が家へようこそ、と歓迎したいところだが……」


 フードの奥の顔を睨みつける。

 ここは悪党どもの楽園だ。お上品な輩が来て良い場所じゃねえ。


「マックス殿、貴方をスカウトしに参りました」


 俺の威嚇なぞ歯牙にもかけず、男は慇懃に礼をした。




 手錠と目隠しをされ、俺は馬車で揺られ続けた。石に乗り上げて跳ねまくる馬車がどこに向かっているかなど、知る由もない。


「どこに連れていくつもりだ」


 向かいに座っている男に声をかけた。


「断頭台でないのは確かです」

「俺は死刑じゃなかったはずだ」

「えぇ、昨日までは」

「なんだと?」

「マックス。二十五歳男性。半年前、ギルドボールの試合中に相手を殺害した罪で収監。間違いは御座いますか?」


 男の声が凄みを増した。


「言っておくが、あれは仕組まれた()()だ」

「ですが、相手が死亡したのは確かです」

「ギルドボールに危険は付き物だ」

「確かに。一メトルの鋼球の直撃を受けては、怪我では済みますまい。勇敢にも身を挺してフラッグを守ろうとした相手は、爆散したようですな」


 冷酷ともいえる男の言葉に、その時の光景が頭によぎる。

 あれは、ハムレス公爵のギルドとの試合だった。俺が放った会心の一撃で、鋼球が相手陣地のフラッグをなぎ倒すはずだった。

 俺の鍛え抜かれた肉体から放たれる一撃を、阻止できる奴はいなかった。だがそいつは、仲間に背中を蹴られ、フラッグを守るかのように押し出された。

 そして、死んだ。


「あれは、事故だ」

「公爵はそう受け取っておりません。マックス殿が収監されてから、自らの名誉を傷つけられたと裁判のやり直しを要求しておりました。それが叶い、貴方は裁判にかけられようとしております」

「ギルドボールはお偉方のステータスではあるが、芸術やら宝石やらもそうだろう。ギルドボールはその一部でしかないはずだ。何故そこまで俺にこだわる?」

「彼がこだわっているのは貴方ではなく、貴方の雇い主であったエンゲル侯爵です。鉄鎚王(ハンマーキング)の二つ名を持つ貴方を死に追い込むことで、侯爵の顔に泥を塗りたいのでしょう」

「ふん、偉い人の考えることは理解ができねえな」


 俺たちの命には、これっぽっちの価値も見出していないんだろう。 


「ふむ、そろそろですかな」


 馬車の騒音が小さくなっていき、身体が前に引っ張られる。ゴトリと音をたて、馬車が止まった。


「目隠しを取りましょう。あぁ、すぐに目を開けない方がよろしいかと」


 シュルと擦れた音がし、緩く閉じた瞼のその向こうが明るくなる。


 ガッ!


 突然轟いた、鉄同士を叩き付ける懐かしい爆音に耳を奪われた。これはまさしく鋼球に鉄鎚を叩きつける音。

 まさか!

 俺は我慢できず、目を開いた。そして音がする方の馬車の窓に顔を寄せた。


「いけぇぇ!」


 穏やかな草原の中、女性が雄叫びをあげ、身の丈ほどの長さの鉄鎚を振りかざしていた。腰まであろうかという金髪を振り乱し、伸ばした腕で鉄鎚の遠心力をフルに利用し、ギルドボールに使う鋼球に、今まさに打撃を加えるところだった。

 右足を軸に腰を捻り身体を回転させ、腰だめに構えた鉄鎚に捩じりで蓄えた力を伝える、理想的なフォームだ。

 太ももまで露わにされた足は、しなやかさを保ちつつ鍛え抜かれた筋肉を見せつけている。

 

 ガッ!!


 彼女が放った鋼球は地を這うように飛び、目標と思われる大岩に吸い込まれていく。衝突から数瞬遅れた轟音で馬車が揺れた。

 さりげなく髪をかきあげる彼女は、自信に満ちた笑みを浮かべていた。


「美しい……」


 思わず漏れた声にフードの男が笑う気配がしたが、そんなことはどうでもいい。あの鍛えられた肉体の素晴らしさの前には、男の嘲りなど無に等しい。

 体の造りの違いから、ギルドボールのメンバーには男しかいない。女性は子を産むという摂理の中にあり、筋肉の発育も抑えられているからだ。

 だがあの女性は、まだあどけなさも残る横顔ながら、引き締まった肉体を、これでもかと俺に見せつけてくる。

 積み重なり、膨れ上がった筋肉はただのだ。極限まで鍛えし筋肉は引き締まり細くなる。

 しかしてしなやかさは失わない。


 絶品ともいえる素体。

 それが俺の前にいる。

 女性らしい曲線を保ちながら軽く笑みを浮かべるその姿は、まさに女神像。武骨な俺では、邪神像がせいぜいだ。


 見惚れた。

 女性としても、その神々しいまでの肉体美にも。


「あの方が私の主人にして新興貴族であらせられる、ミランダお嬢様です」


 視線を捕らわれてしまった俺は、男の声を無視し、馬車を降りた。

 ミランダは、馬車を降りた俺に気がついたのか、その美しい顔を向けてきた。まだそばかすが残る蕾だが、将来は美女という大輪の花を約束させるものだった。


「マックス様! お会いしとう御座いました!」


 目を輝かせる笑顔に、ハッと我に返った。気がつけば、手を伸ばせば彼女に触れられそうなほど近づいてしまっていた。

 魅力的な筋肉と笑顔。汗ばむ頬に貼りついた髪の色気。

 ミランダは、今までのギルドボールにはいなかったスター性を持っていた。

 だが俺は、このまま愛でていたい誘惑を振り切って、口を開く。


「君が、俺を監獄から連れ出してくれたのか?」

「あのその、はい!」


 頬を紅に染めながらはにかみを見せるミランダの破壊力は、俺の記憶にはないほどだ。ぐらりと揺れそうな頭を振り、なんとか持ちこたえた。


「お願いです! わたくしのギルドに、所属して欲しいのです!」

「まさかとは思うが、君がギルドボールに出場するのか?」

「はい! 前例はありませんが、女性が出場できないという決まりもありません! わたくしには、ギルドボールで、なすべきことがあるのです! その為には、マックス様のお力が、どうしても必要なのです!」


 乙女のポーズでにじり寄られ、思わず半歩下がってしまった俺だが、頭を冷やすべく大きく息を吐いた。


「仮にだ、このお願いを断ったら、俺はどうなる?」

「できれば断って欲しくはないのですが、このまま牢獄へ送り返しされ、断頭台に登ることになります……」

「ハムレス公爵の差し金でか」

「……はい。わたくしの力では、マックス様を取り込むことでしかお救いできないのです」


 悲痛な面持ちのミランダに、何かを隠している気配は感じられない。むしろ俺の行く末を真摯に心配してくれているのが伝わってくる。


「他の選択肢はないようだな」


 パッと嬉しさを爆発させるミランダに手を差し出す。


「ミランダ、その鎚を貸してくれないか」


 彼女は突然のことに目を瞬かせたが、すぐに口もとに弧を描いた。

 ずしりと重い鉄の感触。

 頭部がラッパ型なのは打撃面積を広め、バランスよく力を伝えるためだろう。

 鋳物ではなく叩き固められた鍛造品。かなりの業物だ。

 久しぶりの鎚の感触に、俺の心臓が歓喜の雄叫びを上げている。

 柄を強く握れば、ブルブルと身体が震えはじめる。

 ヒラメ筋が、大腿筋が、腹筋が、胸筋が泣き叫んで喜んでいる。

 湧き上がる高揚感に、口角が吊り上がっていく。


 これだ。

 これが、生きているという、実感だ。

 俺は帰ってきた。

 帰ってこれたんだ。


 俺の心は決まった。ミランダをじっと見つめる。


「いいだろう。俺を存分に使うといい」

「あ、ありがとうございます! 初戦は二日後です! まだギルドメンバーはわたくしとマックス様しかいませんが、ふたりで頑張りましょう!」


 二日後だと!?、という疑問は、目を潤ませて喜ぶミランダの前で、口にすることはできなかった。 

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