世界の敵
お品書きは読まれましたか?
俺はアルバイトをしていた。
何ら不思議でもないバイトだ。強いて言うのならば飲食系のバイトだ。
つい最近俺と同い年くらいのやつが入ってきた。
といっても、俺もここ最近入ったばかりで何も出来ない奴だけれど、彼も何も出来ない素人だった。
俺とそいつが仲良くなるのに時間なんてあまりかからなかった。
男の友情というのは案外早く、そして固く結ばれることなんてザラではない。
そして、俺は今日バイトを辞める。
理由は特にない。辞めたいから辞めるだけという特に意地をはるわけでもなく、それでも理由を言うとしたら疲れたと言うのが有力なのではないかと俺は愚考した。
こんな事を母親に相談したら腹を抱えて笑うだけで相談のその字もなかったのを頭によぎらせ、小さくため息を落とす。
「今までありがとうございました」
短く俺そういうと、いつも来ていたあの服を返した。
大将は苦虫を潰したような顔をし手酷く俺をあしらう様に店から出す。
給料はとせびることもできず、俺は店から出た。
「はぁ、辞める理由なんてなんでもいいじゃないか」
悪態を吐く、これと言って言い訳をするわけではないが、肯定もしない。
俺が悪ならあいつも悪だというガキみたいな事をいうのはつい最近辞めたばかりだ。
二十と言う節目を迎え、何もわからないはなたれ小僧が大人びて歩く街というのも悪くないと悲観していると、携帯がひとりでに鳴った。
今は深夜一時頃、こんな時間まで起きてるやつは俺は一人しか見当がつかない。
隆二しか居ないのだ。
バイト先で出来た初めてのダチであり、同期でもある。バイト先で同期と言うのもいささか変なのであろうが、何故だかあいつはこの呼び方が気に入っているらしく、俺の知り合いに紹介するときはいつも同僚の……と俺を紹介したりされたりする。
変わったやつで毎週のように俺と飯に行く。
なんの取り柄もなく、怠惰に過ごすこの俺のどこに惹かれると言うのか、全く分からない……正直なところそれが本音だ。だがそれ以上に俺はあいつの事がダチとして男としてあいつを慕っているのもまた事実。
あれだ、悔しいけど感じちゃうみたいな……ゴホン、話がずれた。
携帯を手に取り、コールボタンを押す。
今時ガラケーなんて使ってる二十代なんて居ねーぞ、と馬鹿にされたばかりなのだから俺はこれが好きだ。
「どうした、隆二」
「いや、暇かと」
「お前なら知ってるだろ、ほら、あれだよ」
たく、昨日話したばかりなのにもう忘れるなんてなんてやつだ。
小さく耳打ちをし、話をそらす。
「そういえばどうしたんだ、こんな時間に……ゲームの誘いなら今度にしてくれないか? 俺は今そんな気分じゃない」
「いや、そうじゃないんだけどさ。いいから俺の家に来てくれないか?」
「あ? 良いけどなんでまた」
カリカリと頭を掻く音が電話越しに聞こえた。
「いや、それがな。相談があってだな」
隆二が相談か、珍しいこともあるものだと俺は隆二が俺のことを信用して居てくれると思うと少しだけ心が安らいだような感覚を覚えた。
「ふむ、それで相談とは?」
「口頭でいうのはその、難しいっていうかなんていうか、とりあえず俺の家まで来てくれ」
鬼気迫るような物言いで俺に迫る。
電話越しにでも伝わる声が俺には少しだけ恐ろしく感じた。
「とにかく、来てくれる事を願うよ」
変わった言い回しをし隆二は電話を切った。
俺は腕を組み悩む、どうしたものか行くべきなのかを。あいつのことは俺は好きだと思う。無論それは友達しいてはダチとしてだ。
たった三ヶ月という短いスパンの中で知り合ったダチだ。
付き合いもそれほど……だ。
「行くしかないか……」
悪態を吐き、手に持つお茶を一口口に含み、愛用の自転車を乗り回す。
一年ほど前に買ったこいつは高かったのを覚えている。
確か、高卒の新入社員の給料の三分の一は持っていかれるほどに高い。
今の俺からしたらもっと高いのかもしれないが……。
ロードバイクはとても速い。
ギア一でもママチャリなんかすぐに追い越せてしまうほどに。
別に優越感に浸りたいから買ったわけではないんだが。
謎の言い訳を吐き、自転車をゴク。
隆二の家まで車で約十分といったところだろう。
この子なら二十〜二十五分と言った所だろう。ありもしない計算式を頭に浮かべ道のりの計算をした。
数分自転車を漕ぎ続け、やっとの思いで隆二の家に着いた。
隆二の家は木造建築二階建ての和風建築と言った所だろう。
家の広さはおよそ百坪はあるんじゃないだろうか?
素人目からしたらそれが限界だ。
広いと言う言葉を使うには些か狭いとも感じる大きさだ、対して気にすることでもないだろう。
誰に言い訳をするわけでもないのに、俺は手を横に振りなんとなく誤魔化した。
インターホンを鳴らすと、待ってましたと言わんばかりの勢いで隆二が玄関を開けた。
「待ってたぞ」
短くそういうと俺の手を引き、家の中ではなく奥にある小屋みたいな所な手を引かれた。
「おい、どこ行くんだ?」
「少し黙ってくれないか?」
口元に手を当て、姿勢を低くする。
ギィギィと鳴る扉をゆっくりと引いて開ける。玄関には草が雄々しく生えていた、夏なのに一つも花が咲いていなかったのは俺の気のせいだろうと心に留めておいた。
「ささぁ、座ってくれ。これは君だから話すことなんだ」
手を差し向けられた方にはソファーが用意されていた。黒い色の落ち着いたソファー所々焦げたような触り心地で部屋もなんとなくゴムが溶け固まったような匂いがする。
「それで、なんだ?」
用意されていた紅茶を口に含む。
アップルティーだった。これは俺の好みなのだが、俺はリンゴか好きだった。
なぜ知っているのかは分からないがとりあえずありがたく受け取っておくことにした。
「話をする前にさ、一つ聞きたいことがあるんだ」
「な、なんだよ〜」
困惑気味に俺は問いた、彼の答えは完結でありそして、返答に最も困る類のものだった。
「『魔法』を信じるかい?」
彼は言った、魔法と。
俺は現実主義だ、ありもしないものを信じるほど俺は落ちぶれてはいない。
だが、彼の目は本気そのものだ。彼は俺に嘘をついたことはおろか、騙そうとしたことすらない。そんな人間がいきなり突拍子も無い嘘をつくはずがないと脳がそう判断を下す。が、倫理的に、論理的に表現できないものは俺はやはり……。
「君が信じれないのも訳わないよね。少し見ていて」
隆二は、手を両手を伸ばし、中央に少しだけ隙間を開けて目を凝らす。
すると、手と手の間から小さな光が生まれた。小さなこぼれ日は徐々に大きくなる。それに連れて手を少しづつ広げていく。最終的にはサッカーボールほどの大きさになり、変形を止めた。
「これが、隆二のいう魔法というやつか?」
「そうだね、これは簡単さ。今の君ならこれさえも簡単にできるだろう」
隆二は俺の両手を取り、両手をボールを下から支えるように位置を取った。
隆二の手は分厚くて柔らかい、決して太っているわけでもなく、筋肉むきむきというわけではない。
どちらかといえば細マッチョに分類させる方だろう。
男の手を握り興奮するという謎の趣味や興味などは無いのだが、不思議と隆二の手は少しばかり興味を惹かれた。
ほんのりと暖かいその手からゆらりゆらりと風を感じた。
例えるとすれば、夕焼け浮かぶ浜辺の様な風だ。落ち着いた柔らかい風と言えば聞こえはいいだろう。
すると、俺の手の中がほんのりと暖かくなる。
先程隆二が見せてくれたものと同じものが俺の手の中に出現した。
いや、俺が出したという方が当たり障り無いだろう……。
「そのままゆっくりと手を広げてごらん」
俺は無言で首を縦に振り、現状の情報収集に努めるとしたが、追いつくはずがないだから俺は隆二の言葉に従うほか無かった。
言い訳じみた言葉を並べるよりも、今のこの現状を楽しみたかった。と言うのも忘れてはいけない要因だと言うことを、少しばかり忘れていた。
隆二に言われるがまま両手をゆっくりと広げる。すると、手の中にあるゴルフボールほどの光はますます大きくなる。
その光景は若干の感動を生む。
人というのは何かを初めて知った時には恐ろしさよりも、恐怖よりも先に感動や喜びに溢れるということを今俺は知った。
言葉にするのは簡単だが、これを表現するには人生丸々使わなければならないから大変だ。
だけど、隆二はそれを許してはくれなかった。
「ごめんね、これを知った君は後戻りできないんだよ。ごめんね、君の感動を喜びを無様に踏みにじる行為をして本当にごめん、僕は俺は君にはなにもしてあげられなかった。だけど、その、ごめんね」
「どうしたんだよ、そんなに謝って。お前は俺になにもしてないじゃないか、それなのにそんな謝られちゃ俺だってどうしたらいいか分かんねーよ」
俺は涙目の隆二の肩を優しく叩いてやった。
その手をはねのけた隆二は一冊の本を俺に手渡した。
題名は『無』ページ数にして凡そ五百ページ程だろうか、読書好きの俺からしたら喉から手が出る程魅惑的なのだが、些か怪しさも感じる。
「これは?」
「これは、魔術のやり方とか基本が書いてある本だよ。これを持って今日はここから逃げてくれ」
袖で汗をぬぐい、背中を押されてその日は隆二の家を後にした。
扉を開け、玄関の下に雄々しく根を張っていた植物は何故か枯れていたのは俺の気のせいなのだろうか。
家に着いたのは深夜三時、さすがに眠い。
俺は、大将のあの態度と隆二の訳の分からない行動に冷や汗をかいたが、全て夢だと決めつけその日は眠った。
◇
夜が明け、日が昇った。
街中にはカラスが溢れて社会問題となっている、その一方でゴミを街に撒き散らす問題もあり、カラスとゴミ屋敷のダブルアタックで街が疲弊しているこの日この頃、俺は目覚めた。
顔を洗うために階段を降りた、一回のリビングには既に母親と妹の二人が座って朝食のパンとサラダを食べているところに出くわしたが、特質して言うことはないので、軽くおはようとだけ言葉を交わし、椅子に俺も座った。
数分すると、トイレから出てきた父が、不思議そうに俺の顔を覗きながら席に座りいちごジャムをパンに塗っていた。
「なんだよ、お父さん。俺の顔に何かついてるのか?」
「いや、なんだろうな……お前少し変わったか?」
父親のいう事なんてどうせロクでもないとたかをくくり、俺は食事を終え自身の寝室へと戻った。
父親に言われたことを頭の中で復唱する。
変わった、変わったね〜。
鏡の前に立ち、自身の姿を見比べる。
眉毛の太さ、目の色、髪の毛、上げたらきりが無いが一通り自身を見つめ直した。まぁ、自身が好きというわけでも無いのだが、こういう時間というのば俺の中で少しばかり大切なものになりつつある。
どうでもいい戯言を零しながら、今日着ていく服を見繕っていた。
コンコン、
俺の部屋にノックが聞こえた。
軽い音、お母さんか?
「どうしたの? 母さん」
俺がそう問いかけると、徐にドアノブがひねり、扉が開く。
「いえね、今日から何をするのかなと聞きに来ようかと思って……ダメ?」
今年で四十五歳と中々の年増なはずなのだがそうは見えない俺の母親、三十代半ばと言われても誰も気がつかない美貌を持っていた。
しかも、学力優秀、スポーツ万能と言う完璧超人みたいな女性だ。
それからどうしてこんな当たり障りのない平凡な男が生まれたのかと思うと、少しだけ申し訳ないと思う俺なのだが、そんな母さんが俺になのんようかと聞けばそんなこと。
「職でも探しつつ、ブラブラとしようかと思う」
「そう? お母さん心配だから聞きに来たのに曖昧な返事で誤魔化せませんよ」
ウィンクを俺に飛ばし、何故だか誘惑してくる母さん。
素直に止めてくださいと言いたい。
俺が適当に手であしらうと、あらあら〜と困り顔で俺の部屋を後にした。
布団にダイブし、ニート生活を謳歌しようとその辺に散らばる本を一冊手に取った。
『無』
取った本は昨日、隆二から貰った本だった。
暇つぶしには良いかな?
俺は隆二から貰った本を手に取り最初の一ページ目を開いた。
◇
読み終わった時には既に日が暮れていた。
俺が本という非現実から抜け出せたのは母親のご飯と言う言葉だった。
本の内容は特旨して書くことはないだろう。強いて言うならば大昔の魔法使いの物語みたいなものだ。
その魔法使いが使っていた魔法、仕草などから学べといったところなのだろう。
そして、この主人公には少しだけ惹かれるところがあった。
俺と、同じ名前だった。
俺の名は 宮坂 エイジ
物語の主人公の名前
エイジ ミヤサカ
なのだ。
これは偶然の一致か、はたまた運命なのかは分からない。だが、これはあいつに聞いてみるほかないと俺は思った。
俺の好きな言葉は『思い立ったが吉日、それ以降は凶日』という言葉だ。
それの全てを理解しているわけではないが、そのとうりに動く、働くと俺は決めている。
早速俺は隆二の携帯に電話をした。
けれど、あいつは出なかった。
不思議だった。
一ヶ月後のシフトまで出されている俺たちのバイトは全て頭の中に入っている。
もし、いきなり変更なんてことになったらあいつはきっと俺に相談してくるはずなのだから、いや、分からないが。
一度家に行ってみよう。
◇
隆二の家に近づくにつれ焦げ臭い匂いと、人々がワラワラと集まってくるのが見えた。
見知ったおじちゃんやおばちゃんなどがヒソヒソと舌打ちをしているのをみると心が少しばかり痛むが、さして気にすることはない。
家に着く頃には、野次馬は数倍にも増え隆二の家の周りを埋め尽くしていた。
それよりも驚くのは家が燃えていたことだ。
隆二が住んでいたあの家も、そして俺が踏み入った小屋も全て燃えていた。
数分遅れで警察と、消防、救急車が到着した。
野次馬は散らばり、蜘蛛の子を散らすようにどこかへと行ってしまった。
残った俺は隆二の事が心配になり、再度電話を試みたが、繋がらない。
警察の方に事情聴取の為に俺は連行された。
特に聞かれる事もなく、どうしてあの場にいたのかとやどう言う関係性なのかを聞かれただけで放火したのはお前とか犯人はお前なのか? みたいなのは聞かれなかった。
若干の消化不良で街の警察署を出た俺は、喉が渇いたので居酒屋で一杯やる事にした。
◇
町外れの居酒屋まで来た俺はビールと枝豆、餃子を頼んだ。
「おまちどうさまです」
「ありがと」
元店員として、店員さんに気を使うのは当たり前のことでお皿はあまり出さない。汚さない、デーブルは食べ終わったら必ず拭く事は欠かした事はない。
その様子を横目で見ている女性の従業員の方は若干嬉しそうに見えた。
その様子を子供を見る親の気持ちで見ている俺はきっとキモいんだろうな。心の中で若干の失笑を浮かべた。
携帯を使い今日のニュースを見る事にした。特にこれと言ってみたいものは無いのだが、好きと言うか趣味と言うかいつもやっている事なのだ。
ページ進めていると隆二の家の火災の事が記事として乗っていた。
これと言って目新しい情報は無かった。有るとすれば犯人は捕まっていないという事、目撃情報は無いということくらいだろか。
「警察は何をやっているのだろうか?」
心にも無いことを口にする。
さらにページを進めると興味深いものを見つけた。
死体は二つ、未だ確認中か……。あれ?
確か隆二のやつ兄妹が三人いたとか言ってなかったか?
そんな昔のことでも無いのに、あまり思い出せないのは俺の頭が悪いからだろうか?
それにしても一体誰が死んだのだろうか、親を含めても五人。では残り三人は一体……ネットではあまり話題にはなっていない。
あんなに叩く事に関しては全世界見ても日本という国は優秀なのに誰も手をつけていない。
どうという事はないのだが、気にしてた事は否めない。
携帯が鳴る。
携帯に目をやれば隆二の二文字が浮かぶ。
「おい! なんでだ」
少しイラついた俺は、少し強めの口調で問いただそうと、携帯を取った。
「隆二、今どこにいるんだ」
怒気を込めて怒鳴る。
「すまない、ニュースは見てたか?」
「あ、あぁ、見た。それで」
隆二は何故か申し訳なさそうに声を出す。
「いや、誰が死んだとか聞かないのか。何があったのか聞かないのか?」
「ん、、お前はそのことを聞いて欲しいなら俺は聞くが、どうなんだ?」
「いや、すまない。俺はお前に責めて欲しかっただけなのかもしれない」
悲しげな声で嘆くように呟き隆二は耳元からスマホを話した。
「おい! 待て話しを聞け」
歯ぎしりの音が耳に聞こえた、呻き声と叫び声も遠くから聞こえた。なんだと質問をしても答える事はなかった。
しばらくすると電話は切られ、プープーと言う保留音だけが耳に残った。
「くそ、なんで切ったんだ」
居酒屋の外では男性の罵声だけが聞こえたという。
その日は家に帰った……顔を赤く来少しだけ千鳥足の体を引きずり家へと帰るのであった。
◇
よく朝起きると一件のメールが届いていた。
△
おはよう、宮坂 エイジ君。君は魔法協会の一員として義務を果たさなければならない。
明日のヒトフタマルマルジに地図に書いてある所まで来るように。来なければ死をもって返礼させていただきますことをよろしくお願いします。
△
丁寧にしたいのか、罵倒したいのかよく分からないメールだったのだが兎に角行かなければならない事だけはわかる。
「死ぬのは嫌だな」
震える手を必死に抑え、地図を見た。
隆二の家……か。
「何がしたいんだ」
明日の午後十二時、本の絵も描いてあることからもってこいと言うことなのだろう。面倒なのは俺は嫌いだ。
はぁ、明日か……。
特に用事もない、俺にしたらいい気晴らしになると思ってしまう俺なのだ。
取り敢えず、ゲームでもして待つとしようか。
家のベッドに横たわり、RS3を起動する。
俺はFPS系のゲームを得意とする。
友達の中ではピカイチといっても遜色無いと思う。
ただの素人が何をいってると言う話でもあるのだけど、俺はそれでも個人的には上手いと思っている。
「よし、今日も殺すぞ!」
軽いジョークも交え戦闘を開始する。
パンパンと軽快な銃声がテレビ画面を彩り、地面を血に染めた。
相手の頭を打ち抜き、殺していく。
クリアランクは二百五十だ。その辺の雑魚に殺される訳がない。
ニートと言われても、言い返せないのがたまに傷なのだが、あまり気にしていても仕方ないのでプレーに集中する。
一息つく頃には十五時を回っており、小腹がすいた。
一階の冷蔵庫の中に確かプリンが入っていたはず。そのことを思い出した俺は軽快なリズムで階段を下り、冷蔵庫を開けだ。百リットルは入りそうな冷蔵庫の中身は野菜が多い。
無論、肉魚類もあるにはあるのだが、父親がベジタリアンという変わった人で、野菜しか食べない。
母もそのことを知っていて、そして母も父の影響でベジタリアンになってしまった。なので、今この家で肉や魚を食べるのは俺と妹の二人だけ。
かく言う妹も最近では野菜をメインにして食べてることが多い。
そう言うわけで野菜が少ないのだ。
「お? あったあった〜俺のプリン」
最近コンビニで見つけた俺のお気に入りのプリン。甘くて柔らかくて美味しい。
バカな舌を持つこの俺を唸らせたこいつはプッティンプリンだ!
みんな買おうぜ!! とダチに言うとえ……と若干引かれた最近の俺だ。
スプーンで黄色いトロトロのスライム状のプリンをすくい口に運ぶ。
口の中で蕩け、卵の味とバニラエッセンスの香りが鼻を抜けた。
「美味しい」
そのことをキッカケにがぶがふと口に運び数秒後には食べてしまった。
「あ〜美味しかった」
短く感想を言い手を合わせ「いただきました」と口にした。
口元についたキャラメルを手で拭う、コップに水を入れ渇いた喉に水を与えた。
「ふぅ」
息を漏らし、ゲームをするために部屋へと戻った。
その日はいつもどおりで何もなく食事を終え、眠りにつく。
◇
朝起きた。
またメールが一件来ていた。
△
エイジくん、今日の十二時にここに来てくれ。あの本と一緒に。
△
これだけだ。
名前なんて書いてない、誰から来たのかも検討がつかない。隆二ならラ◯ンを使うはずだろう。と言う事はこれは隆二ではないと言う事は赤子でもわかる。
名前を書いていないところから見ても隆二という線はかなり薄いと感じる。
もぅ、十一時か……。
時計を横目に服を着替え始める。
これと言っておしゃれをして来るわけでもないが、人前に出る以上それなりの身なりはしないといけない。
俺はジーパンとパーカーを羽織る。
まだ肌寒い時である二月と言う時期は俺は嫌いだ。
冬はそんなに好きではないが、まだ好きな方だ。だが二月と言うのは嫌いだ。
冬も飽きてくると言うもの、二月と言うのが一番飽きる時期でもあり何故か寒い時でもある。春がすぐくるはずなのに意味のわからない寒波がこの辺を襲う。
全く、やってられない。
黒いパーカーには毛玉が付き不清潔だなと心無しか思う。手には赤色の手袋、首には青色のマフラーを巻いた。
「そろそろか」
時計を見ると午前十一時三十分、隆二の家まで歩いて十五分と言ったところだから余裕を持って着くことが出来るだろう。
そして、その考えは杞憂に終わった。
さしても暑くない太陽の陽を浴びる。
玄関のドアノブは冷たい、暖かい格好をしたとしても、モンスーンには敵わない。服の隙間を抜け体を少しずつ冷やす。身震いをし体を温める。
ため息を一つつく。
玄関から庭先までは凡そ四メートル。
若干雪が残り、枝を垂らす。今朝方降ったのだろう雪は、すでに父親によって雪ははかれていた。
ありがと、と口にすることもなくその舗装された石並木を歩いた。
塀にある木で出来た扉を開けて隆二の家に、燃えてしまったあいつの家に足を向けた。
数秒歩くと、後ろ側からクラクションが鳴る。
不審がり後ろを向くと外車ナンバーの黒塗りの高級車、中にはサングラスをしたスーツ姿の男たち。
俺は動けなかった。
「君が宮坂 エイジ君かな?」
「は、はい。それがどうかしたんですか?」
俺の横に車を止め、ガラスを下げる。
感情の籠らない無機質な声で俺に問いかけた。
「乗りたまえ。君に会いたがっている人物がいる。拒否権はない」
その言葉を皮切りに、黒塗りの高級車から黒服の男達がぞろぞろと四人ほど出てきた。
無言で俺の肩を握り手を後ろで組まされた。痺れるような痛みが肩を刺す。
「痛い!」
悲鳴に似た声を上げるも通行人の少ないこの通りでは目を背ける事しか皆しなかった。怨念を込めた目で住人を見るが申し訳なさそうな顔もせずそそくさとその場を去っていった。
連れられるかまま車に乗り込んだ。
車の中で目隠しと猿轡を口にはめ込まれ耳には大音量のJ - popを聞かされた。あまり好みの歌ではなかったがこれかこれで良かった。今度生きていたらCDを買おうと思った。
生きていたらの話なのだが……。
暫く車に揺られること五分弱。
曲り、進んで着いたのは見知らぬ土地。ではなく、隆二の家だった。
「何故ここに……」
「答える義務はない」
その一言だけ黒服の男は残してまた車に乗り何処かへと行ってしまった。
焼け落ちた屋敷には少しだけ雪が積もり、まるで白化粧を施したようだ。桜の蕾に雪がかかる。厳かだった屋敷の屋根は燃え落ち、焦げた内装がちらりと顔を覗かせる。
鉄扉を除いていると、真っ黒な服とカッターシャツ頭には目出し帽をかぶり手には十字架を持った人々が十人程出てきた。
「お待ちしておりました。宮坂 エイジ様。家主がお待ちしております」
引かれるがまま屋敷の中へと連れて行かれる。踏みしめた土は氷っており、所々焦げているところも見えた。
夜暗くて見えなかった噴水は途中から切られたような跡もある。
争った後……俺の頭からその言葉が何故か離れない。
屋敷の扉をリーダーと思しき人物が開ける。扉を開けると木屑や燃えかすのような物がポロポロと肩に降る。手を使い汚れを払うと、何故か睨まれた。
「こちらです」
案内されたのは地下だった。燃え落ちたカーペットを持ち上げ、その下にある扉を開く。すると、下へと通じる階段が現れる。
「降りてください」
リーダーが俺に声をかける。
そっと背中を押し、俺に先に進むよう目で合図した。逆らうと殺すと言わんばかりに、皆一様に拳銃を手にしていた。
俺が階段に足を乗せると、横に飾ってあるランプが光を灯す。
足元には赤いカーペットが引かれておりそのカーペットは綺麗だった。埃一つないのは掃除されている証拠……ここは常に使われているところと考えるのが今の俺には精一杯だった。
銀で出来た扉が目の前に現れた。
そう、突如現れたのだ……奥が何も見えない階段から突如現れた扉。
大きさは二メートル前後と言った所だろうか? それ程大きくもなく小さいわけでもない。日本人専用と言った所だろう。
「ーーん……」
おれが呆けていると、扉が独りでに開く。そして、白い服を着た男性と隆二が普段着で出てきた。
「よ! 久し振り!」
俺は言葉も出なかった。死んでいたと思った奴が目の前に現れたのだ、しかもこんな近くに。そして、左腕から黒ずんでいる事にも……。
「何があった……」
「えぇ、と詳しい事は言えないんだけど戦って負けて避難してるってとこかな」
「負けたって、何に」
苦笑した。隆二はバツが悪そうに顔を背けた。そばにいた白服の男性は代わりに答えた。
「すまない、隆二様はまだ整理がついていなくて話す事が出来ないんだ。すまないが察してくれるとありがたい」
「その口調から行くと、貴方があのメールの差出人と言った所ですか?」
白服の男は口元に手を当てた。
「ふふ、わかりますか?」
面白可笑しいのか、白服の男は楽しそうにクスリと笑う。
「エイジ、ここで話すのもなんだ。奥へ来てくれるとありがたい」
「元からそのつもりだ」
案内されたのは工房だった。
煉瓦造りの壁に、フラスコが並べられた木の机。棚には乱雑に置かれた本たちが埃を被って並べられている。
奥には火がたかれ、鉄が溶かされているのだろう。
薬品の匂いと、鉄が錆びて腐る匂いが鼻をつつく。
咳払いをし、俺は木製の椅子に腰かけた。ギィギィと音を立てる椅子は少しだけ不安感を煽る。
「ここに呼んだのは他でもない。奴を殺してほしい」
いきなり隆二はそう言った。
俺には理解できない言葉なのだが、白服の男もピクリとも動かず死んだ魚のような眼差しで俺を見据えていた。
「人殺しは犯罪だ! それになんで」
「あいつは俺の家族と、家と、財産を全て奪い、世界を破壊しようとしているからだ」
座った目を俺に向ける。
隆二の左腕の理由はそのせいかと聞くと苦笑しぞんざいに手を振るった。
「負け犬に出来ることなんて限られてる。その一つの手段として君を頼った」
申し訳なさそうに腕を握り、更に続ける。
「それに、俺に関わった以上狙われるのはやぶさかではないのだ。申し訳ないがあの日俺の家に来たのは間違いだった。正直言うと来て欲しく無かったのが俺の本音……なのか知らなが。すまないと思ってる」
「ん、ん……そう、だったのか……」
俺は唸る事しか出来ない。俺みたいな貧弱な奴が人を殺せるわけがない。
「それと、本は読んだか?」
「いきなりなんだ」
「読んだかと聞いたんだ」
少し強めの口調で隆二は俺に聞いた。
「読んだ、最後まで。そして思った。名前が俺と同じだと言う事に」
「その答えを俺は知っている。知りたいか?」
「いや、別に」
「そうぅ、か」
特に干渉する訳でもなく隆二は引き下がる。
「エイジ、これはお願いでもなく、頼みごとでもお使いでもないんだ。しいて言うなら命令だ。やってもらわないと世界が滅ぶ」
「いきなりそんなことを言われも困る」
「ん、来たか」
隆二が呟いた。
ドガッン!!!
爆音とともに全身が跳ね上がるような振動が体を貫いた。
椅子は砕け、地面に勢いよく倒れた。
煉瓦造りの天井が崩れ始めた。
「テレポート」
隆二の言葉が聞こえた。
そして、俺は……外にいた。
そして、見た。化け物を……怪物を俺は見た。
体長は約三メートル前後、黒く隆起した筋肉質の体、口には長く鋭く尖った歯が乱雑に生えている。
腕や足に生える爪は所々ヒビが入り、割れている。爪の間にはドス黒い赤血が詰まっていた。
鼻からは炎を撒き散らし、奇妙な声でなく。
目は黒く、深緑の瞳だ。
これは……一体。
怪物は腕を振るった。
尖った爪が俺に迫る。
死んだ……。
なんで、俺がこんな目に……こんなやつさえ居なければ、こんな化け物さえ居なければ……死ねばいい。
殺す!!!!!!!!!!!
「お前が死ね」
そう口にした。そう考えた。心に思った。
化け物の動きが止まる、そして首が飛んだ。
は?
声になるかならないかの言葉を口にし、俺は呆けた。
化け物が俺の目の前で首を落として死んでいたのだ。驚かないはずがない。
心臓が飛び跳ねるように動くはずがない。
「り、隆二は?」
俺は急ぎ階段を下った。
と、扉だ。勢いよく扉を開けると瓦礫に埋まった白服と頭を強打し満身創痍、いつ死んでもおかしくない。
「化け物はどうなった」
「そ、そんなことよりお前が……」
「俺のことは気にするな、父と母、それと兄弟のの元へ行けるんだ……後悔はない……それとエイジ。あの本の物語な。あれは実際にあったお話なんだ。あれは近い未来に作られた本だ……そしてその主人公は君で倒した魔王はあいつらのこと……ゲホッ、俺はもうダメだ。隆二化け物を俺たちの敵をころ、してくれないか」
その言葉を残し、隆二は息を引き取った。
死ぬなよ……死んだら何にもならないじゃないか……。
悪態を吐く。けれどそれは隆二に対してではなく、別の。そう、多分世界に対してだろう。
理不尽さなら誰よりもどんなあくどい奴をも上回る悪意……世界という敵。
憎しみを持つには大きすぎ、争うには俺は小さすぎた。
隆二は言った。
お前は絵物語の主人公だと、隆二は言った最高の主人公はお前だと、世界は言った人間はゴミだと。ならば、俺はどうすればいいか……答えは簡単だ。
ーー争えばいいーー
その言葉だけか俺を支配する。
奪われたのなら奪い返せば良い。
殺されたのなら殺せば良い。
ただそれだけだ。世界がそうするなら俺はまたそれを真似て返すだけ、受けた屈辱と悪意はそれ以上を持って返さなければならない。
幸い、俺は力を身につけた……ちっぽけな人間が世界に争う為の小さな火種を。
そして、俺は知っている。
その火種を大きくする方法を。
ならば、やることは一つだろう。
世界を相手に殺しあう。相手にとって不足はない。
俺は妙に軽い足取りと、枯れ果てた草木の上に足を揃えて、俺はタバコをふかし
その場を後にした。
◇
そこから俺の生活は変わった……。
夜は魔物狩り、昼は魔物探しと大忙し、そして俺は見つけてしまった。
ボスであり、権力者でもあり、魔物の生みの親でもある一人の人間に俺はあった。
「おやおや、こんなところにゴミがいるぞ、おいA出てきてこいつを始末しておけ」
「イエッサーボス」
短く答えた黒服。サブマシンガンを手に取り乱射した。
無論そんな弾丸が俺に当たるはずもない。いくつもの修羅場を抜けた俺にはそんなもの屁の役にも立たない。
俺は指を鳴らした。
それと同時に、周りにいた黒服達の首が落ちた。
かつかつとボスと呼ばれた男の元へと歩いた。
「一つ聞きたい。何故人を殺した」
「そんなもの、気まぐれの一つだ。人など死んだ方が良い、ゴミなど消えて無くなった方がこの世界が綺麗になるじゃないか」
男はあざ笑うかのように高笑いをした。
「何がおかしい」
「その一人にお前が組み込まれている事にもそろそろ気がついた方が良いんじゃないのか?」
甘ったるい誘惑に似た声は女性のそれを想像させる。だが、その醜い容姿がそれを想像させない。
低身長で肥満の豚野郎は俺が詰め寄るがそれをなんともおもわず、周りにいた警備が死んだとしても、涙ひとつ流さなかった。
「なぁ、知ってるか?人が死ぬ時の命乞いの仕方を」
「なんだ」
男は続ける。
「人はな、命乞いをする時自分の大切なものを俺にチラつかせるんだよ。俺はその時の顔がたまらなく好きでな。特に強がっている奴の顔が歪むのが特に好ましい。だからこそ俺は見てみたいのだ。お前の歪む顔が! ケラケラ」
壊れたかのように爆笑し、手に持つワインを一気に飲み干した、そしてポッケに入っている錠剤を手に取り飲み込んだ。
「はぁ、お前もなのか」
エイジは全てを知っていた。
あの小説、あの物語の最後の顛末をそして自身の死期さえと知っていた。
己の死はこいつと一緒に自爆する事だ。
この俺が自爆とは格好がつかない。
ならば、どうする。どうすればいい。
魔物になる前に首を落とせば良い。
エイジは指を鳴らす。
パチンッ
軽快な音と共にボスと呼ばれたいや、呼ばれていた男の首がぬるりと落ちた。
そして、エイジはもう一度指を鳴らす。
今度は、死体から炎が舞い上がる。
青白く炎は燃える。
後に残る灰を出荷される豚を見つめるような目で見て、唾を吐きかけた。
なんともつまらない幕引きだ。
されど、彼エイジの旅は終わるはずがない。何故なら彼が戦うのは世界なのだから、この程度で死んでしまったら俺は抗えないじゃないか……そうなんども心に言い聞かせて、その場を後にした。
次の敵は誰だ。
彼は、荒野を歩き彷徨いながら次の敵を探すのであった。
END
ありがとう……
あなたの敵はどなたですか?