一方通行の声(ヤオヨロズ企画)
私が風鈴の音色に浸っていると、聞き慣れた足音がして、一人の男の子がやって来た。彼の名前は幸太といって、夜になるといつも私に、その日あった出来事を教えてくれる。
さてさて。今日はどんなことを聞かせてくれるのかな?
『今日は友達の裕太くんと、裏山に遊びにいきました』
“へえ、そうなんだ。裏山って言ったら学校の近くにあるあそこだよね。何をして遊んだの?”
『裕太くんの網を借りて、いっしょにカブトムシを探しました』
“カブトムシか、懐かしいなぁ”
『木の幹を蹴ると、虫がビックリして落ちてくると図鑑に書いてあったので、そうしてみました』
“ほうほう。それで?”
『カブトムシは落ちてこなかったけど、驚いたセミにおしっこをかけられてしまいました』
“あはは。それは災難だったね”
『けっきょくカブトムシは見つけられませんでした。でも』
“楽しかった?”
『裕太くんと遊ぶのは、とても楽しかったです』
“うん。よしよし”
『8月27日、金曜日』
そこまで教えてもらった所で、階下から彼の母親が彼を呼んだ。
「幸太ー。そろそろお風呂に入りなさい」
彼は鉛筆を仕舞うと、開かれた私をそっと閉じて立ち上がる。
「はーい!今から行くよー!」
“はい。行ってらっしゃい”
こんな風に一夜一夜、一夏の間だけ、誰かの夏休みを見守って過ごす。
それがこの日記帳に任された、最初で最後の仕事。それもあと数日で終わりだと思うと、少しだけ寂しく。
彼の夏が終わると共に、私の春も消えていってしまう。
テーマ『日記帳』で、一つ。
黒井羊太さん主宰『ヤオヨロズ企画』参加作品です。