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惑星二一〇三デルタ

「ええっと、どっかでお会いしましたっけ?」

「忘れたの? 三年前、殺し合いになりかけたというのに」

 三年前? ロシア人と殺し合い? と言ったら……

「惑星二一〇三デルタ?」 

「そうよ。思い出したかしら?」

 忘れるはずがない。あたしが調査官になって初めて調査に行った惑星だ。

 天測の結果では、その惑星は地球から二億光年以上は離れている。どの銀河にも所属しない、超空洞(ボイド)に中にポツンと存在するG型恒星を回る七つの惑星の一つだ。

 あの時ワームホールは惑星から一万キロほどの距離に開き、あたしは仲間と共にワームホールを抜けて小さなシャトルで惑星に降下した。 

 しかし、調査は三日で打ち切られた。

 原因はロシアの調査隊と遭遇したから。

 と、表向きはそうなっている。

 あの時、ロシアが開いたワームホールも惑星二一〇三デルタの近くにつながってしまった。ワームホールがどこにつながるかは開いてみないと分からないのだから、そういう事があってもおかしくはないが、滅多にあることではない。

 その滅多にない偶然が起きて、あたし達は互いの存在に気がつかないまま同じ惑星を調査していたのだ。

 お互いの存在に気がついたのは日本隊が調査を開始して三日目の事。その時に両者の間でちょっとした撃ち合いがあったが、その後はおおむね平和裏に事は収まった。

 その後、互いの政府の話し合いで惑星二一〇三デルタの調査は棚上げする事になったという。

「サーシャさんだったかしら?」

「そうよ。サーシャ・アンドレーヴィッチ・イヴァノフ。思い出してくれたかしら?」

 どうでもいいけど、ロシア人の名前ってどうしてこう長ったらしいんだろ。

「忘れてはいないけど、あの時はヘルメットかぶってサングラスをかけていたわ」

「ああ! そうでしたわね。失礼しましたわ」

「で、サーシャさんが何の用かしら? それともここへ来たのは偶然?」

「まさか。あなたがここの常連だって聞いたから来たのよ」

「あら、そうだったの。で、何の用かしら? 見ての通り食事中なので手短に願えると嬉しいんだけど」

「ロシア政府から日本政府に、惑星二一〇三デルタの共同調査の提案があった事はご存知かしら?」

「聞いてはいるけど」

「日本政府からの返事が来ないんですけど」

「あたしに聞かれても困るわ」

「日本側は、共同調査に応じられない事情でもあるのかしら?」

「だから、あたしに聞いても無駄だって」

「じゃあ質問を変えるわ。この前、七つのワームホールが圧壊しましたわね」

「ええ」

「惑星二一〇三デルタへつながってるワームホールも、その中の一つじゃないかしら?」

「悪いけど、あたしもあの事故に巻き込まれたのよね。自分が逃げ出すのが精一杯で、他のワームホールの識別番号までチェックしてなかったわ」

 不意に、サーシャが懐に手を入れる。

 ピストル?

 と思ったら出てきたのは携帯端末。そのディスプレイには圧壊した七つのワームホールの識別番号一覧が載っていた。

 ち! 用意のいい奴だ。

「この中にあるかしら?」

「あのさあ、あたしこれでも公務員なのよね。守秘義務ってものがあるのよ」

「その反応だけで十分ですね」

 ノーコメントはイエスの同義語と言いたいのかな? まあ別にいいけど。どうせお互いあの惑星には手を出せないんだから。

「もう一つ聞きたい事があるわ」

「なあに? スリーサイズなら秘密よ」

 あたしの軽口はあっさりとスルーされる。

「三年前、あの惑星で何を見つけたの?」

「守秘義務があると言ったでしょ」

「その様子じゃ見つけていたのね。あれを」

「なんのことかしら?」

「とぼけるつもりね」

 ええ、とぼけますよ。言えるわけないじゃない。あの惑星で知的生命体の痕跡を見つけたなんて。

 三年前、あたしはあの惑星のジャングルの中で石造りの街を見つけたのだ。

その街は廃墟と化していたが、その担い手はまだどこかにいるはず。だとするなら、この惑星を開発する事はできなくなる。

 宇宙条約では「知的生命体の生存する恒星系はその生命体の領域と識別する」と定められている。

 つまり、この先いくら惑星を調査しても知的生命体と遭遇した時点ですべてが無駄になる。もちろん、知的生命体と遭遇した事を国連に報告すれば、優先的に交渉する権利は認められるが、こんな未開惑星の住民と交易をしたところで大して得るものもない。

 そのぐらいなら、何も見なかったことにして引き上げようと相談しているところへ、あたし達は、ロシア隊と遭遇してしまったのだ。

 そのとき、あたし達は遺跡の事はロシア隊に黙っておいて、調査はお互いに延期しようという約束をした。

 もちろん、ロシア人がそんな約束を守るなんて思えない。どうせ日本の調査隊が引き上げた後で、調査を続けるだろう。そう思ってあたし達は遺跡の事を黙っておく事にしたのだ。

 ロシア隊が知的生命体に遭遇して、そのまま開発を諦めるならそれでよし。もし、知的生命体を蹂躙して開発したなら、すぐさま証拠を揃えて国連に報告するという思惑がこっちにあったのだ。

 まあ、やり方が汚いとは思うが、外交なんてこんなもの。

 ただ、あの惑星を常に監視していたわけではないから、実際にロシアが調査を続けたかは分からないけど……

「まさかと思うけどさ、日本に黙ってあの惑星を調査してないでしょうね」

 と、探りを入れてみる。

「するわけないないでしょ。ロシアを侮辱する気」

「おおコワ」

 ううん、嘘をついてるようには見えないけど……いや、分かったものではない。

 おじさんがフォーの丼をサーシャの前に置いた。サーシャはぎこちない手つきで箸を使って食べ始める。

 無理しないでフォークを使えばいいのに……

「本当に調査してないの? 調査して変なものでも見つけちゃったとか」

「変なもの?」

 サーシャは怪訝な表情であたしを見る。

「たとえば知的生命体とか」

 あたしはサーシャの顔色を伺った。

 呆気に取られた様な顔をするだけで動揺した様子はまったくない。

「馬鹿馬鹿しい! そんなものがいたら開発どころじゃないわ」

 そのままサーシャは食事に専念して喋るのをやめた。

 やっぱり、あたしの勘ぐりすぎだろうか?

 知的生命体には遭遇していないのだろうか?

 そもそもこっそり調査したというのも勘ぐりすぎで、ロシアは約束を守って惑星には手を出していないのだろうか?

 しかし、そうだとするとサーシャがさっき言っていた『あれ』とはなんのことだろう? 

「そうよね。そんなものがいたら大変よね」

 もしかすると!?  まだ日本隊が見つけなかった何かが……

「一つ聞くけど」

 再び、サーシャが口を開いたのはフォーを食べ終わったときだった。

「あのワームホールには、非常用のマーカーは入っているんでしょうね?」

 マーカー!? 

 そういう事か!

 日本側のワームホールが使えなくなったか探りに来たわけね。

 こっちのワームホールが潰れてしまえば、もうロシアは日本に遠慮する事無く惑星を開発できるというわけだが。

 だけどそうはいかない。

 ワームホールは確かに潰れてしまったが、もう一度開けないわけじゃないのだ。

「当たり前じゃない。今時、ワームホールにマーカーを入れないわけないでしょ」

 ワームホールが潰れた場合、もう一度同じワームホールを開く事はできないと言われている。それは正しいとはいえない。

 正しくは、一度潰れて量子サイズにまで小さくなったワームホールをもう一度見つけることはできないだ。

 だから、今のワームホールは万が一時空管が圧壊しても、完全に閉じないようにエキゾチック物資の細い棒が差し込まれている。

 棒の両端には発信機があり、潰れたワームホールがどこにあるか、いつでも見つけることができる。 

 そのエキゾチック物資の細い棒をマーカーと言っている。

 残念な事に、十六年前にはマーカーはなかった。だから、カペラと地球をつなぐワームホールは今でも開く事ができない。

「じゃあ、ワームホールはいつでも開けるのね?」

 サーシャはカードをおじさんに差し出した。

「ええ」

 残念だったわね。

「それを聞いて安心しましたわ」

 安心? どういう事だ? 

 サーシャはカードを返してもらうとあたしの方を向き直った。

「ねえ、今回のワームホール圧壊事故。あなたどう思ってらっしゃるの?」

「どうって? 欠陥品の時空管が壊れた。それだけのことよ」

「それだけ? いくら欠陥品だからって、七つも同時に壊れるかしら?」

 その事か。

「テロの痕跡は無かったって聞いてるわ」

「無かったじゃなくて、見つけられなかったんじゃないですの?」

 そんな事は言われなくても分かっている。ワームホールが七つも同時に圧壊するなんて、どう考えてもおかしい。

 しかし、テロの証拠は何も出てこない。

 だがテロの可能性も完全に捨て切れたわけではない。が、それをこの女に言うわけにはいかない。

 なぜなら容疑者……いや、容疑組織の一つがロシアの諜報機関だからだ。

「佐竹さんじゃないですか?」

 路地の雑踏に消えて行くサーシャの後姿を見ている時、背後から突然男性に声をかけられた。

 振り向くと中年の白人男性が立っている。

 あれ? この人どっかで……!

「マーフィさん!?」

「やあ、どうも」

 マーフィさんは帽子を取って丁寧に挨拶する。あたしも立ち上がり頭を下げる。

「先日は本当にありがとうございました。あの後、お礼にも行けなくて本当に申し訳ありませんでした」

「いえいえ、お礼なんてとんでもない。人として当然の事ですよ」

 わあ!! なんて紳士的な人。

「ところで怪我されていてた方は大丈夫でしたか?」

「はい。おかげさまで大事には至らなくて済みました」

「それはよかった」

「さっきお見舞いに行ったら、明日には義手と義足を付ける手術をすることになってました」

「そうでしたか」

「ただ……」

「どうかしましたか?」

「あたし、明日、地球に帰らなきゃならなくなったんです。だから、手術には立ち会えません」

「地球へ!? それはまた急ですな。いったいなんでまた?」

「仕事がなくなっちゃったからですわ。仕事がないなら、せめて栗原さんが退院するまでお世話をしたいと言ったんですか、聞き入れてもらえなくて」

「何か新しい仕事があるのではないんですか?」

「分かりませんわ。とにかく宇宙省の方からは、早く帰ってきて出頭しろとの一点張りで」

「大変ですな。ところでさっきここでお話されていた方はロシア基地の方では?」

「ええ。ご存知なんですか?」

「サーシャ・アンドレーヴィッチ・イヴァノフ博士では?」

 正直、サーシャから下は覚えてないんですけど……

「ええ、確かそんな名前でした。博士って事は科学者なんですか?」

「時空工学の専門家ですが、お知り合いではなかったのですか?」

「三年前にちょっとした因縁があっただけです。調査に行った惑星で鉢合わせになったんですよ」

「調査にいった惑星? それは二一〇三デルタのことでは?」

「ええ、そうです。よくご存知ですね」

「日本とロシアの紛争地帯として覚えていただけですよ」

「そうでしたか」

「しかし、彼女はなぜあなたに会いに来たんですか?」

「どうもあたしから何かを聞きだしたかったみたいです。何も喋らなかったけど」

「それは賢明な判断です。気をつけてください。彼女には産業スパイの疑いがあります」

「ええ!? そうなんですか?」

「いえ、そういう疑いがあるというだけです。」

「そうですか」

 マーフィさんは腕時計に目をやった。

「おお! もうこんな時間だ。それじゃあ、私は仕事に戻りますので、このへんで失礼させて頂きます」

「はい。がんばってください」

 マーフィさんが雑踏の中に消えていくまで、あたしは見送っていた。

 いけない! マーフィさんがどこの基地の人か聞くの忘れちゃったよ。

 たぶんユーロかアメリカと思うけど……



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