大気圏突入の時間だわ
「《ファイヤー・バード》から通信が来ているよ。どうする?」
「つないで。慧」
ディスプレイにマーフィが出た。
顔には以前ほど余裕がない。
「マーフィさん。久しぶりね。なんか顔色が悪いけどどうかしたの?」
『あなた達が大人しく捕まってくれないからですよ』
そりゃ責任転嫁だって。
『おかげで私は夜も寝られない日々を過ごしているんです』
「じゃあ昼寝でもしてれば」
『いったい、こんなガス惑星に何をしに来たんです?』
「観光旅行よ。あたしガス惑星のリングって大好きなのよ」
『ふざけないで下さい。さあ、ここに何があるんですか?』
「国家機密には答えられないわね」
『国家機密? まさか!? ここにワームホールが!?』
う! 意外と鋭いわね。こっちは軽口で『国家機密』と言ったつもりだったのに……
「あらいけない。もう大気圏突入の時間だわ。それじゃあマーフィさん。今度は法廷でお会いしましょう」
『待ってくれ。本当に殺したりしない。だから大人しく捕まってくれ。そうだ! 辺境の惑星であなた達を解放しよう。それなら……』
「あのさあ、なんであたし達が辺境の惑星で暮らさなきゃいけないのよ。だったらあんたが辺境に行けばいいでしょ」
『そんな……許してくれ』
あたしは通信を切った。
これ以上あの男の顔を見てもムカムカするだけだ。
「船長、ちょっといいか」
教授の顔がいつになく深刻だ。
「どうしました?」
「修理の必要がある」
「どこをやられたんです?」
「さっき第二砲塔をやられたろ。あの時、エキゾチック物質の船殻に微かな亀裂ができてしまったようじゃ」
「なんですって?」
「通常航行に問題ないが、このままワームホールに入ると圧壊の危険がある」
「修理はできますか?」
「それは大丈夫じゃ。亀裂に充填剤を注入すればいいだけだからな。ただ船外作業になるんじゃ」
「船外作業!?」
「なに。ほんの三十分もあれば終わる。反物質を蓄積するより早いだろう」
「ロボットにやらせるんですか?」
「いや、ワシがやった方が早い」
「実は」
あたしはメタンクラゲの事を話した。
「なるほど、そんな物騒な生物がいるのか。まあ、地表に降りたら対策を立てよう」
《リゲタネル》は衛星への降下を始めた。
大気が次第に濃くなる。
ん? 待てよ。
「慧! 降下中止! 上昇して」
「え? なんで」
「いいから、上昇して」
「分かった」
《リゲタネル》は再び上昇を開始した。
「どうして上昇するのよ?」
サーシャは不思議そうな顔をする。
「あたしの思い違いかも知れないけど《ファイヤー・バード》って確か……」
あたしが言い終わる前に、慧の叫びがあたしの推測の正しさを証明してくれた。
「ミサイルだ! ミサイルがこっちに来る」
やっぱり!
この前 《ファイヤー・バード》はミサイルを全部で十二発使ったはず。
やはり二発残していたか。
こっちが大気圏に突入してレーダーが利かなくなる瞬間を待っていたな。
さっきの通信も、こっちを油断させるためにやったのね。
でも、おかげでこっちも、レーザー砲を冷却する余裕ができたわ。
「油断もすきもないわね」
サーシャはトリガーを握りなおす。
グレーザー砲は千キロ手前でミサイルをプラズマに変えた。
今度は何も通信は来ない。通信はなくてもマーフィの落胆ぶりが目に見えるようだった。




