被害者
無事に近接戦闘・団体戦が終わり、次に予定されているのは俺も一応出ている個人戦の部だ。団体戦とは違い、個人戦はくじ引きによって対戦相手が決まる。しかし、同じ学院の生徒同士は当たらないようになっている。最終的に同じ学院同士の対戦はあるかもしれないが、それまでは潰し合いにならないように配慮されている。一応。今日は取りあえず何組か対戦して、翌日に勝ち上がった者同士の試合が行われていく予定だったはずだ。つまり、今日は団体戦以外の予選という感じだ。
因みに俺の対戦相手は既に決まっていて、シンが団体戦で当たったクローフィの生徒である。シンとの戦いを見る限りでは負けないと思うが、万が一にも負けないように気は緩めずに行こうと思っている。
俺以外の対戦はよくは知らないが、確か教師が、竜国の選手の一人とクローフィの女の子が一年生では強いと言ってたっけな。でもクローフィの方は魔導士らしいから俺は関係ないけど。魔法対決ならばリリィとウィルが当たるかもしれないな。リリィもウィルも、訓練を見ていただけでも相当魔法の練度が上がっているのが分かった。リリィは更に魔法の発動スピードが速くなったり、威力が増したりしていて、依頼を受けている時の安心感が更に増した。やはり俺とレオの物理攻撃だけだと火力不足の時が多々あるからなぁ。
その点リリィは魔法特化の分、殲滅力に関しては俺らの中で一番だろう。しかもアイリスとアイリスの召喚獣によるサポートもついてるから尚更だ。・・・そうだ、闘技祭が終わったら何か依頼でも受けるか。最近は討伐系の依頼を受けていなかったから、討伐系の何かいい依頼があったら受けるか。そろそろランクも上がると思うし。・・・いけないいけない。思考が脱線しすぎた。取りあえずは目先の事に集中だ。
『それでは次の組み合わせへと参りましょう。次の対戦はぁ~、ミラーズ帝国学院からノルン選手。クローフィ帝国学院からはマイケル選手だ。』
因みに、この個人の部は負けるとそこで敗退が決定する。上位3人を決めるというだけだ。まぁ学生同士が刺激し合って、高め合っていく意思を育てようという思惑だろうから、そこまで順位に付加価値を付けないんだろうけど。それでもどうせなら1位を目指したい。
『両者、礼っ!』
「「よろしくお願いします。」」
『さぁさぁ!個人戦第1回戦、3試合目の開始だぁ!今回の2人はどのような試合を見せてくれるのか?!それではぁ、早速ですが試合の方へと移りましょう!』
「よろしく頼む。」
「こちらこそ。…君はシンという生徒と仲がいいか?」
「シンか?あぁ、同じクラスだが?」
「そうなのか。それならば、団体戦の時はすまなかったと謝っておいてくれないか?なんというか、顔を会わせずらくて…」
「わかった。この試合が終わったら俺の方から言っておくよ。」
「助かる。それと、もう俺は油断しない。応援してくれている皆の為にも絶対君に勝つっ!」
「そうか。だが、負けられないのは此方も同じだ。」
なんせ負けたら罰ゲームが待ってそうだし。それに、村の皆もどこからか見てるか情報を仕入れてるだろうし。
『もういいかな?試合を開始して。』
審判が俺らに確認を取ってきたので2人で頷く。
『それではこれより試合を開始する。始めッ!!』
審判の開始の合図と共に俺にマイケルの剣戟が襲い掛かって来た。それに俺は・・・
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シュバルツ視点(クローフィ皇帝)
現在、皇族・王族専用の観客席には護衛の騎士団長を含め、なんとも言えない空気が漂っていた。それと言うのも、我が甥のノルンの試合が余りにも相手が可哀想な感じになっているからだ。
「なんというか……」
「同情してしまいそうだ……」
「……。」
最初はノルン相手に、勢いがあり、一見押しているような感じだった。それが何時からか、ただ淡々とノルンが相手を往なしてる事に気付いた。いや、気付いてしまった。ギルの息子というのをもっと真面目に考えておくんだった。アイツが取り合えず旅をさせるのを問題ないと太鼓判を押したということを。戦闘をとことん詰め込んでいることをッ!!!
それのせいで今や我らの空間はおろか、試合を見守っている者たちの殆どがノルンの相手、確かマイケルという生徒を応援しているんではないだろうか。主に慰めで。それを知ってか知らずか、心なしかマイケルの方は涙目で、ノルンは無表情に互いの獲物をぶつけては離れ、離れてはぶつけを繰り返している。
「あの子が、ギルバート殿のご子息…ですかな?」
「えぇ…そうらしいです。私も名前だけで顔までは知らなかったので。しかし、愚弟とエリン殿の特徴がよく出ていますね。本当に2人を綺麗に足したようだ。」
「そうですなぁ…容姿はギルバート殿の方を強く継いでいるようにも見えますが、伴侶殿に似ていると言われればそうとも思えますな。それにあの相手を一切寄せ付けない剣の腕も、見事。」
「うむ。相手の生徒も決して弱いわけでは無いとは思うが、どうしても見劣りしてしまうな。流石はギルバート殿の指導といったところかのぅ。」
「確かに愚弟は、こと戦闘においては世界でもトップクラスでしょう。実際ギルドのかつてのランクはSまで登りつめたのですから。しかし、私が恐ろしいのは甥の方。まだ14、5歳であれほどの実力をつけているのは、普通ではありえない。どんな無茶な訓練をさせたらあのような育ち方をするのか……。」
「それほど……」
私の発言に、驚いたようにファウスト殿が呟いた。それに私は頷きで返す。
「私たちはあまり武だけを磨くことはありませんから分かりづらいですが、はっきり言ってあの年齢の中ではレベルが違いすぎる。そして愚弟の戦闘思考を受け継いでいるなら…」
「「受け継いでいるなら?」」
「…恐らく甥は、今の試合を『身体を温める良い機会だ』などと思って試合をしていると思います。これが殺し合いなどの戦闘ならばそのような事はしなかったでしょうが、今回は命は保証されている学生同士の戦いなので、これから続く試合に向けてウォーミングアップ程度にしか考えてないでしょう。」
私のあまりにもな発言に、2国の王は開けた口をそっと閉ざした。そう、ギルはそのような奴なのだ。相手の心情なぞは考えず、自分にとって都合のいいことだけを敵に押し付ける。そしてそれが可能な実力あるから厄介だったのだ。全ては自分の為に行動する。少なくても私が知っているのはそんな愚弟だ。
そんな奴からみっちり戦闘訓練なぞしたからには、思考から何からが染まっていても不思議ではない。それなら、相手を瞬殺出来るにも関わらず、ここまで基礎の訓練でもするかのように引き延ばしたりはしないだろう。
「なんというか、ある意味では彼も被害者ですなぁ…」
ファウスト殿が呟いた言葉に、不思議と私たちの空間に居る者全てが共感出来た気がしたのは、恐らく私だけではないはずだ。
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ノルン視点
目の前を剣先が走り抜ける。それを見ながら即座に相手が反応出来る速度で刀を繰り出す。それをどれほど繰り返していただろう。もう観客も飽きてきているのか、声が疎らにしか聞こえなくなってきた。徐々にギアを上げてはいるが、身体が温まるまであと少しといったところだ。
俺は俺の持ちうる全てで相手を制す。
相手の剣を受け。
相手の目を見て。
相手の挙動を観て。
相手の心理を読んで。
今、敵はどのような状態にいるのか。どうすれば自分に有利に事が進むか。観察して得た情報をどうのように武器に変えるかを思案する。
相手は今、俺に対して、自分の攻撃が通用せずに焦りと苛立ちを感じている。それを俺は助長させるように相手の剣を淡々と往なす。表情を極力変えずに。何事もないかのように。細事の如く。
「っく!」
焦りと苛立ちで、言葉にはならない声を出しそうになっている。相手は埒が明かないと思ったのか、吸血鬼特有の瞳の力を使おうと、瞳に魔力を集め始めた。
実はこの瞳の力は、なぜ吸血鬼が使用できるのか解明されていない。様々な学説があるが、通説と呼ばれるものは未だに存在しない。いつの時代から吸血鬼の瞳の力があったのかや、使えるようになった原因などは一切知られていない。吸血鬼たちも『もとから使えるから、使う。』程度の認識がほとんどな為に、使用している側なのにその歴史と言っていいものは知らないのが大多数だ。
長命な種族の為に、いちいち気にしていたらキリがないのだろうかとも考えたが、逆に時間があるので研究などに費やしそうとも思ってしまったので、たまに思い出しては悩むこともある。
瞳の力について俺なりの考えは、神が実在するこの世界においては、吸血鬼はそのように『設定』されているのではないか、と思っている。つまり、『吸血鬼種は、瞳の力という特殊能力を有している』と『設定』されてり、それにより力の行使が出来るのではないかと考えている。
そう考えれば、種族差にも納得できるところがある。エルフにしろ、獣人、竜人、人間等々それぞれがそれぞれに大まかな『設定』が与えられているので、多くはその『設定』によって種族固有の能力を持っているんじゃないかと、思っている。まぁ実際にそれを証明することは難しいから、いつか出るであろう学者さんたちの答えを楽しみにしている。閑話休題。
全く隠蔽されていない魔力の流れで、知っている者ならば瞳の力が発動すると予告されているようなものである。まぁ他国の学生で、そこまで詳しく知っているのも少ないから警戒をしていないのもあるんだろうが。それに俺が吸血鬼とハイエルフのハーフであることも一見したら分からないだろうなぁ…。瞳が真紅っていうくらいで、目が赤い人も少ないけど居るっちゃ居るから、大体俺から言うまでは純粋な人間に間違えられる。
相手も俺の事を人間だと思い込んでいるのだろう。逆転の一手として瞳の力を使ってきた。勿論俺は父さんとの訓練で幻術には掛からないし、掛かったとしても解き方を知っているので問題はない。
わざと相手の目を見てから動きを緩め、幻術に掛かったと思わせる。大抵、自分の作戦が決まったと思う瞬間は、場数を踏まないと一瞬でも油断をするものだ。それは前世の経験からよく知っている。
勝負が決まったと思ったのか、若干緩んだ気を醸しながら、俺に剣を振り下ろした。
俺はここでギアを上げた。
疲れと気の緩みからさっきまでよりも断然に遅い剣を睨みながら、相手の懐に瞬間的に入り、柄で腹を強打。それと同時に相手の手首にも強打を打ち込み、剣を落させ、そのまま腕と胸倉を掴んで一本背負いの要領で背中を地面に叩きつけた。
カハッ!と肺から空気が強制的に吐き出される音を出しているところに、俺は首めがけてトドメの一撃を見舞おうと刀を振るった。
あと数センチで首に届きそうな所で、俺の刀は審判である騎士の剣によって止められていた。
「そこまでだ。これ以上の攻撃を加えるな。」
「それは、俺の勝ち、と受け取っても?」
「勿論だ。」
俺の勝ちというのなら、別にトドメを刺す必要もないので刀を鞘にしまう。しかし、魔道具で身体的なダメージは負わないのに止められたのは、なんでだ?
『勝者、ミラーズ帝国学院・ノルンっ!!』
俺はあまり盛り上がってない歓声に応えてから、審判に尋ねてみた。
「なぜ止めたかと?もしや君は無意識か?」
「え、疑問を疑問で返されても……」
「む、それもそうか。無意識ならば多少は目を瞑るが、君が少々殺気を出して剣を振るったからね。まさか学生の大会で殺気を感じるとは思わなかったから反射で止めに入ってしまったよ。まぁこれも騎士の一種の職業病みたいなものだ。だが、今度から気を付けてくれよ。」
そうか、無意識で少し殺気が出てたのか。思考に割きすぎて、制御が甘くなったかな?俺もまだまだだなぁ…。
「まぁ、そこまで落ち込まなくても、次から気を付ければ良い。君はまだ子供なのだから。これからゆっくりと技術を吸収していけば良い。」
「はい。今後気を付けます。」
俺がそう言うと騎士の人は優しい笑みを浮かべながら頷いてくれた。それから、未だに呆然として倒れている相手・マイケルにも声を掛けていた。
「君も大丈夫か?」
騎士の問いにも、満足に返事が出来ないマイケルに、騎士も頭をかいていた。そして小さい声でボソッと呟いた。
「流石に学生でいきなり殺気なんか当てられたら当分無理か…?新米騎士なら叩き起こすんだけどなぁ……。」
・・・恐ろしいな騎士団。呆然としているのに叩くって…。一応俺も声を掛けてみる。
「なぁ、大丈夫か?もしかして打ちどころ悪かったか?」
「ひぃっ!」
「・・・。」
「・・・。」
「ぁー・・・。」
「・・・。」
俺が顔を覗き込んだら、顔を引き攣らせて情けない声を上げた。それに騎士は気まずそうに、間延びした声を出しながら目を反らした。
「まぁ、その、いい試合だった。また機会があったらやろう。」
とだけ伝え、俺は皆の待っている席まで戻ったのだった。
背を向けて帰る俺に小声で騎士が、『煽りか?・・・いや、あれは天然だな・・・。」と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。・・・聞き逃さなかったからな!!




