お盆に帰省してみたら、相変わらず妹は可愛かった
右利きの癖に、恰好つけて右手に付けた腕時計を確認する。
時刻は13時30分を回ろうとしている。
太陽からの熱を律儀に照り返しているアスファルトの上に立ち、したたる汗をハンカチで拭う。
今日はお盆、久方ぶりの里帰りである。
意外にも綺麗に改装された故郷の駅は、否応なしに時間を感じさせた。
整備されたロータリーで迎えの車を待つことしばし。
時間にルーズな妹が、取り立て免許のぎこちない運転で車を目の前に停車させた。
「やっほーお兄ちゃん」
「おう」
などと気のない返事をしてみるが、妹はどうやらかなりの美少女に成長しているらしい。
内心どぎまぎする。
昔からかわいいやつだと思っていたが、ここ数年で完全に垢抜けていた。
都会の街を歩けば、スカウトに声を掛けられても何も不思議じゃない。
兄の贔屓目かもしれんがな。
「のってのって」
「あいよ」
荷物を後部座席に放り込み、助手席に座る。
車内に漂う少女の香りが、鼻をくすぐった。
「どこまで行きましょう、お客様」
「地獄の3丁目」
「ご実家ですね~、了解です~」
実家はいつの間にか地獄の3丁目になっていたらしい。
しゅっぱ~つ、という楽しげな声で乗用車はエンジンは吹かした。
前に進まず、そのまま音だけを立てて。
「とりあえず運転手さん、ギアはドライブに入れようか」
「言わないでよ~、今から入れようと思ってたのに!」
うそん。
エンジンの空吹きに何事かと思ったのか、駅から出てきたおばあちゃんが、ガン見している。
曖昧におばあちゃんに会釈して、車はようやく出発した。
エアコンが気持ちいい。
不慣れな運転に頼りなさも感じるが、それ以上に妹が車を運転できるような歳になったのかと、頼もしさも感じる。
所々変わったとはいえ、車窓から見る景色は未だ懐かしい憧憬をくすぐる姿形を保っていた。
おお、あそこは雄太郎とカブトムシを捕まえに侵入した私有地の山ではないか。
結局カブトムシを捕まえると同時に俺たちも捕まって大目玉だったが、ふ、懐かしい。
「お兄ちゃん、悪ガキだったもんね~」
俺の視線から思い出を読み取ったらしい妹が、合いの手を入れてくる。
「冒険をしないものに、自らの殻を破る事などできんのよ」
「ほ~、ということはその結果、一皮むけたお兄ちゃんが誕生したと?」
「まぁな、おっぱい揉ませて」
「久しぶりに会った妹のおっぱいをせがむお兄ちゃん、引くなぁ」
程よく育った妹の胸に目をやると、べ~っと舌を出して拒絶された。
その反動で車が脇道に逸れ、散歩中の柴犬をあの世に送りそうになったのでハンドルに手を添えて進路を戻した。
振り向くと、柴犬の尻尾が腹に触るくらい垂れ下がっていた。
すまんな。
「マメ太郎元気?」
「めっちゃ元気だよ、散歩中に他の犬が来たら私の後ろに隠れて出てこないよ。でも元気」
「相変わらずの慎重派だな」
「あれはね、ビビりって言うと思うな」
「誰に似たのやら」
「ねー」
とりとめのない話をしている内に、実家に到着した。
5年前に出て行ってすぐ建替えた新しい家には思い出が無く、まるで他人の家に招かれたかのような違和感を覚える。
妹の下手くそな車庫入れを見届けてから、実家の門をくぐる。
庭に入ると、わっふわふという鼻息が聞こえてきた。
「お~うマメ。相変わらず愛くるしいな」
飛び掛かるように寄ってきたマメをもっふもふしてみる。
これで熊犬、マメ太郎である。
「え~、私にはセクハラだけで、マメには愛情表現するの? 不公平!」
「悪い悪い、後で一緒に風呂入るか?」
「はいりません~」
ご立腹の妹は綺麗な玄関から家に入って、ご近所さんまで聞こえるような声で「お兄ちゃんが帰ってきたよ~」と両親に告げていた。
マメ太郎はひっくり返ってお腹を見せ、撫でられる準備は万端だったが、あまり両親を待たす訳にも行かないので立ち上がる。
え? 終わり?
うむ。すまん。
起き上がって尻尾を垂らしたマメに詫びてから、実家に入った。
「おかえりなさい」
「ただいま、お久しぶりです」
「もぅいやだわこの子ったら、ここはあんたのお家なんだから、畏まらなくていいのよ」
「はい」
出迎えてくれた妹の母親に会釈する。
背筋のピンと伸びた、妹によく似た美人母だと思う。
促されて玄関に上がると我が家には感じない、他人の家特有の匂いの違和感を感じた。
不快だと言う訳ではなく、ぼんやりと、ただただ他人行儀にそう思った。
居間に入ると新聞を広げて読んでいた親父さんが、おう、と声を掛けてきた。
「元気にやってるか?」
「はい、一人暮らしも、仕事も、慣れました」
「そうか」
「はい」
もうこの人ったら新聞を読んだまま失礼ね~、と母親に注意されていたが、その照れというか理由みたいなものが男の俺には良く分かって、別に腹立たしくは思わない。
むしろ有難さすら感じた。
「おとーさーん、ケーキ抜きね~」
「……うむ」
「ご愁傷様です」
キッチンでお茶の準備をしている妹からの声にダンディに頷いたが、親父さんは甘いものが大好きである。
まったく……俺なんかにそんなに気を遣わなくてもいいのに、と異分子のように恐縮してしまう。
「……部屋に荷物、置いてきます」
いたたまれなくなった居間から脱出して、2階に当てが割れているらしい、自分の部屋に上がる。
入ってみると殺風景だが、当時俺が使っていた机が残されており、辛うじてここが俺の部屋なのだと分かる。
昔は妹と同じ部屋で俺のカラーなど全て浸食されていたものだが、そもそも俺のカラーというのは殺風景極まりないので、それはそれで良かったのかもしれない。
エアコンを掛けてみると、まだまだ新しいエアコンが元気よく唸り、熱風を追い払い始めた。
俺が帰ってくる事など考えなくても良いというのに、しっかり部屋に取り付けられたエアコンに再び申し訳なさを感じる。
ある程度涼しくなったところで、思い切ってベッドに倒れ込む。
お日様の香りがした。
疲れていたのかもしれない、そのまま俺は眠気を催した。
◇■◇■◇
ぎしぎしぎし。
変な音に、目を覚ました。
瞼が重い。
結構眠っていたみたいで、太陽はすでに茜色に変わっていた。
目を開けてみると、ぎょっとした。
「何してる?」
「お兄ちゃんの上に跨ってるんだよ、分からない?」
「見れば分かるが、そこに至った過程が理解不能だ」
いわゆる受け身の男性が大好きな、いかがわしい感じの体位になっている。
「暇だったから、起こそうかと」
「普通に起こせ。男に跨って揺するとかお前、親父さんと母さんが泣き崩れるぞ」
美人な妹である。
地元の男が放っておかないだろう。
意外と、経験豊富なのだろうか?
そう思うと、妹に変に女を感じて心苦しくなる。
「どけ」
「むっ、どきません~」
何かが妹の怒りのツボに入ったらしい。
頬を膨らませて断固抵抗の構えを見せた。
俺も俺で必要以上に腹が立って、腹に添えられていた妹の手を引っ張って、ベッドに引きずり倒した。
妹の長い髪がベッドに散らばった。
「いったぁ~、乱暴」
呑気な妹の上に、今度は俺が覆いかぶさる。
形勢逆転である。
妹もそれに気づいて、茜色の太陽に照らされた顔で俺を見つめていた。
「おっぱい、触られる?」
「……ばーか」
「いた」
軽く拳骨をしてから、ベッドから降りた。
「据え膳食わぬとは男の恥だね、お兄ちゃん」
そもそも妹の据え膳を、兄は食わねばならんのだろうか?
「お前、男いないの?」
「いないね~、でもでも! これでも私モテるんだよ!」
「はいはい」
まず間違いなく、それはその通りなのだろう。
適当に手を振って取り合わない俺に、妹は頬を膨らませて可愛らしげな睨みを向けてきた。
「……お兄ちゃんは、いるの?」
どきん、と心臓が跳ねた。
「いる」
「そうだよね、もう23だもんね。もしかして、今日帰ってきたのって……」
結婚の報告のため?
そんな言葉を暗に含めて、視線で問いかけてくる。
「ところでお前、来年からこっちの大学に転入するってほんとか?」
「ぶぅ」
はぐらかされた妹が、子供のように頬を膨らませた。
そういうところは昔のまんまだ。
「まあ、そうだよ。勉強めっちゃ頑張ってます」
「ふ~ん、なんでまた。親父さんも母さんも、心配するじゃん」
「お兄ちゃんの所に住むって言ったら、余裕でお許しもらえたよ?」
割と信用度の高い俺であった。
どやぁ。
「……で、お兄ちゃん彼女さん、いるの? それによって私の上京計画が変わっちゃうんですけどー」
「だからいるって言ったじゃん」
「見栄かと思って」
「妹に見栄はる俺、かっけー」
大した信用度だった。
「お兄ちゃん、かっこつけだったし」
うそん。
俺氏ショック。
どうやら俺を見る周りの目は、それほど優しくはなかったようだ。
「主観と客観がすれ違うのは人類の永遠のテーマだからな、仕方ない」
風呂入る。
そう言って着替えからパンツを漁ると、妹を残して部屋を出た。
去り際に一度振り向く。
「パンツ見えてるぞ、紫とかお前」
「勝負のせくしーだいなまいつ」
「お前は一体何と勝負してるんだ」
「世間の倫理観と」
妹は今日も世間様と戦っているようだった。
◇■◇■◇
他人行儀と見せかけて一番風呂に入る、俺は結構厚かましいのかもしれない。
これまたショールームで見かけるような綺麗なお風呂で身体を洗う。
姿見には鍛え上げられた細マッチョの姿が映る。
俺は、実は結構な筋肉マニアだ。
食生活から運動まで、かなり拘って身体を作り上げている。
鏡があればしばらく離れられないのは自明の理であろう。
「……お兄ちゃん、ナルシスト入っちゃった?」
「新しい性癖に目覚めたのかと、恐る恐る確認するのはよせ」
そしてなぜ入っている、妹よ。
「背中流そうか?」
「まずもっと前の段階で確認しようか?」
「え~、断られるだけじゃん」
「当たり前だ」
「おっきいねぇ」
「なにが!?」
「背中?」
まだ妹はピュアだった。
そっと腰にタオルを巻いてみる。
姿見に映る妹は、身体にタオルを巻いて恥ずかしそうに頬を染めていた。
「背中流させてくれないと、大声あげてみたくなるかも」
「社会的に俺を抹殺して何が楽しい」
聞きまして奥様、あそこの家、お兄様が妹ちゃんを!
いやぁね~。
脳内でご近所さんの井戸端会議が再生された。
そんな俺にはお構いなく、妹は背中をタオルで優しく撫でた。
くすぐったい。
「いやん」
「ぐへへ~、大人しくしろ~」
妹は今日も柔軟な思考回路をしていた。
そしてその指で、そっと背中の傷を撫でてくる。
「……痛い?」
「まったく。もう治ってるしな」
「ほんと?」
「ああ。そう、あれは異世界異世界! 剣と魔法と魔族が蔓延る幻想世界だったなぁ? お前に襲い掛かってきた魔王の刃をこの背で受けて、最後の気力を振り絞って伝説の聖剣をつきさしゃぁああああっ!!?」
冷水を、シャワーでぶっかけられた。
「……お兄ちゃん、縮み上がったよ」
「お兄ちゃんは、いつになったら真面目になるの?」
「来世」
妹がシャワーを構えた。
待て待て、話し合おう。
夏でも急に水ぶっかけられたら驚くよ。
「……何だったか、野犬に襲われた傷だったっけ?」
「熊に襲われた傷だよ」
「そーだった、そーだった」
くそ田舎の夕方の山に潜んでいた大自然の驚異だなぁ、あれは。
妹と、マメ太郎と、山の奥地まで大冒険した俺たちが出会ったのは異世界転生ではなくて、大きな熊の驚異だった。
遠くから聞こえてきた、パーンパーンという太鼓を叩くような音に誘われて近づいた先には、息も止まるような大熊が待ち構えていた。
後で知った事だが、その音は熊がこっちに来るな人間と、地面を叩いて警告している音だという。
もちろん当時の俺たちにそんな知識は無かったし、マメ太郎は野生の欠片も発揮せず、熊の接近に気付かずで大パニックになった。
「確か、俺の右手が疼き出して、暗黒の力で熊を追い払ったんだっけ?」
「お兄ちゃんは、いつになったら真面目になるの?」
「来世」
「……バカ」
うひょお。
妹が、そのわがままな身体を背中に押し付けてきたので身体が固まった。
うむ、身体がな?
「私、お兄ちゃんにちゃんと恩返しできてるのかなぁ」
「ば~かか、お前は」
あの状況で恩返しもくそもあるか。
そして家族に恩返しもくそもあるか。
「俺はお前が生きててくれるだけで、十分なんだよ」
「かっこつけだし」
ちょっと良い事言ったよね?
今の、間違ってないよね?
「まあ、実際は熊犬マメ太郎の武勇伝で助かったんだけどな。後でほね的な、噛みごたえのある獲物を与えるか」
「マメ、顎弱いから咥えないよ」
「そうか、熊犬マメの伝説も老いたものだな」
俺は、あのマメの武勇伝を忘れない……
「お兄ちゃん……彼女、居るの?」
何回目やん、ちょっとお兄ちゃんも怖いやん。
唐突に話持ってこないで。
「いません」
「な~んだ、ほら、やっぱり嘘だし」
お兄ちゃん、命の危機を感じたんだ。
妹が朗らかな声を出すのと、母さんが脱衣所に来たのは同時だった。
「お湯加減はどう?」
「はぁ~もがっ!」
「はい、ちょうどいいです。綺麗なお風呂で気持ちいいですよ」
「そう? 良かった」
母さんは満足そうに脱衣所を出ていった。
おい妹様、お前なんで返事しようとするの?
俺を殺したいの?
口を塞いでむ~む~騒がしい妹を見下ろして、ため息をついた。
谷間、やべえ……
◇■◇■◇
「よっし、熊犬マメ太郎。また熊が襲ってきた時の為に、お前には子供を育てる義務を与える。精進するように」
わふん、と腹を見せてだらしなくマメ太郎は唸った。
語り継がねばなるまい、マメ太郎最強伝説。
嫁貰えよ。
わしゃわしゃと腹を撫でてから、立ち上がる。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい、ふふ、本当に逞しくなって」
母さんが大げさに目じりに涙を浮かべて、見送ってくれる。
たぶん、俺はもうこの家に帰ってこない。
何か用事でもない限り、足を向けないだろう。
それが何となく伝わっているのだろう。
「いつでも帰ってこい、元気でな、お前だから任せる」
「はい、ありがとうございます」
丁寧に親父さんに頭を下げる。
妙な言い回しだと思ったが、俺も俺で親父さんにも母さんにも思うところがあって、涙を堪えるので精一杯だ。
帰りはタクシーを呼んでいる。
駅まで送ってもらっては名残惜しい気分になって嫌だからだ。
妹は大学の用事で外出しているのでいない。
昨日別れを伝えているから、問題ないだろう。
……やれやれ。
親父さんと母さんに手を振って、待たせていたタクシーに乗り込んだ。
誰かさんとは違い、こなれた運転でタクシーが故郷の街を走り出す。
「兄ちゃん、上京するのかい?」
「ええ、そんなもんです」
単に帰省していただけで、用事も無いと言えば無かった。
俺はなんでこのお盆に、故郷に帰って来たんだろう?
「田舎は、楽しかったかい?」
「そうですね……まあ、考えさせられることもありました」
妹のおっぱいとか。
「そっかそっか、そりゃぁ、よがたねえ?」
「はい」
せめて突いてから帰れば良かったな。
アンニュイな表情を浮かべて車窓からの景色を眺める俺に、タクシーの運ちゃんが、うん、うん、となぜか目頭を熱くさせて頷いていた。
マメ太郎伝説の残る私有地の山を見上げて、次いつ見る事になるか分からない景色を胸に刻んでおく。
ほどなくして、綺麗に改装された駅前に到着した。
タクシーの運ちゃんに料金を渡し、荷物をおろし、なぜか固い握手を交わしてから別れた。
「帰りますか」
何とも言えないわだかまりを抱えたまま、俺は故郷に背を向けた。
「――じゃあじゃあ、ご一緒します」
「は?」
間抜けな声が、出た。
改装された綺麗な駅の柱の陰から、待ち構えていたかのように天使な妹が姿を現した。
白のワンピースに麦わら帽子という、お前あざとい、というほどの天使ぶりである。
やべえ、こいつ本物か?
「サプライズ見送りか?」
「いえいえ、この大荷物を見てください」
旅行鞄を抱えて、妹は胸を張った。
嫌な予感に玉の汗をかく。
「どこか、ご旅行ですか?」
「はい、ちょっと兄の部屋まで」
「それはそれは、滞在はいつまで?」
「うふふ、一生?」
「ははは」
「ふふふ」
……こいつ天使ちゃう。
ストーカーの類や!!?
「お兄ちゃん、お前をそんな風に育てた覚えはありません、正気に戻りなさい」
「大丈夫、今日も昔も未来も、正気に元気に完璧に、お兄ちゃんを愛してるから」
ひええええ。
だがしかし……
「俺もめっちゃ愛してるけどな、お前に負けないけどな」
「いえいえ、私の方がお兄ちゃん愛してるよ、間違いなく」
ふぅ、汗をハンカチでぬぐった。
「じゃ、そういう事で」
「行きますか!」
妹がおっぱいを押し付けるように腕を組んできた。
「暑苦しい、夏だぞ」
「嬉しくない?」
むに。
「そのままでいなさい」
「さすがお兄ちゃん!」
しょうもない事を言いながら、駅で切符を2枚買った。
俺は、多分確認したかったのだ。
これを最後の確認としたかったのだ。
俺はどうしようもないくらい、この妹を愛している。
そして多分、妹もそんな感じだ。
でもこの夏、様子を見て、例えば妹に普通に彼氏がいたら、それはそれで良かった。
例えば俺の気持ちがこいつから離れていれば、それはそれで良かった。
でも結果はそうじゃなかった。
「ふぅ、やっべ……人として」
「なんで? 私たち、普通に結婚できるよ?」
「それも分かるけど、世間様は厳しいぞ~?」
「他人の目を気にするお兄ちゃん、かっけー?」
いや、良くないな。
「ついでに、修羅場が起こる予感がします……」
「…………ふ~~~ん? やっぱり、そうなんだ」
妹の温度が、冗談でなく体感で下がった。
夏でも涼しい事この上ないぜ。
「じゃ、まずは別れよっか? ね?」
「……」
「あれぇ? 返事、聞こえないなぁ?」
「……善処します」
「うっふふ、聞き違いかなぁ? 善処?」
「ハイ」
「はい? はいっつった?」
「ハイ」
どうやら夏も終わりに向かう所だが、これからは台風の季節が待っているようだ。
それも、とんでもないのが。
「ま、いいよ。時間はあるもんね? おに~ちゃん」
俺の天使で可愛い世界一のストーカー妹は、世の男共を虜にするような蕩ける笑顔を浮かべて首をかしげた。
やれやれ、まったくどうしよう。
可愛いぜ。
わっしゃわしゃと妹のサラサラの髪を撫でると、マメ太郎のように目を細めて懐いてきた。
どうやら、俺はとっくの昔にこの妹に心を持っていかれて離れられないらしい。
それが良く分かった。
覚悟を決めようと思ったのに、逆の覚悟を持たざるを得ないひと夏の帰省物語となった。
合掌、俺。