エンプティドール
…もう右手は使えなくなった。
私はそっと右手を、撫でた。
私の身体はツギハギだらけ。
この右手も、もう使えなくなったのだから変えないと。
機械とほんの少しの魔法を繋いで作られた乙女たち。
人は彼女達をエンプティドール【空っぽの人形】と呼んだ。
彼女達の存在理由はただ一つ、人のために、街のため、世界のために、明かりを灯していく。
明かりを灯しながら、街から街へと旅をしその身が壊れ朽ち果てるまで動き続ける。
蒼い炎のランタンを片手に、その明かりを街の中心や動力ともいえる塔に分けてやるのだ。
…もう、元の姿を忘れそうだ。
彼女達は元々は人。孤児や奴隷として売られている者達を、ある組織が集め、魔法を使い改造し、エンプティドールを作っていく。人の形をした人とは違う機械とほんの少しの魔法を繋いで作られた彼女達を人は皆、自分たちと同じ人だと認めず、皮肉をこめて空っぽの人形と呼ぶ。
この少女もその一人だった。
名前はない。いや、あったが組織により名は奪われ番号を与えられた。
1080号。
右眼と左足が機械の乙女。
そして今日、右手までもが機械となろうとしていた。
短くカットされた髪は色素が抜けたような色で、人の眼である左目は紅い。
これは魔法によってのものだった。
彼女は他の街へ移動するため、砂漠を歩いていた。
エンプティドールは機械の身体とほんの少しの魔法のおかげで、人より身体能力が優れ、空腹を感じることはほとんどない。そのためどんな場所でも困難なことはなかった。
困ったな。
1080号は歩みを止め、ボロボロになった右手を何度も撫でた。
…右手まで、機械になるのか。
ここ数日前に行った街の塔はとても高く、入り口なんてものは存在しなかった。
だから、1080号は高くそびえる塔の壁を自らの腕で登っていったのだ。
その時に、少しヘマをしてランタンの蒼い炎を直に触るような形になってしまい、火傷のようになっていた。
ランタンの蒼い炎は人が触れては良いものではない。一種のエネルギーなのだから、人が触れないからエンプティドールが作られたのだ。
弱った。ここには機械がない。
次の街まで右手を放置することも可能だが、人の手であるため酷く痛む。
持つか不安なところだ。
彼女は座り込み、周りを見渡した。
砂漠で座り込む姿なんてものは、普通は考えられないが彼女は困り果てていた。
小さな家か街でもないものか…。
しかし、彼女の機械の右眼に映ったのは同じエンプティドールの成れの果ての姿だった。
仕方ない。申し訳ない気もするが…。
エンプティドールの乙女たちは自分たちを魔法の力を借りて、生身の身体を少しずつ機械の身体にしていく。生身の身体でエンプティドールとして、存在することは不可能であるからだ。
そうして、彼女達は完璧な機械人形へとなっていく。しかし、完璧な機械人形ではランタンを持つことが出来ない。ランタンは気難しく、完璧な機械人形になってしまえば魔法は消えてしまい、運ぶことが出来なくなるのだ。
つまり、時が経つほど生身の身体の部分は機械へと変わり、完全な機械の身体になった瞬間魔法は解かれ彼女達の役割は終わり。
そこで、壊れ朽ち果てるのだ。墓を作ることも出来ず、こうして何処かにひっそりと捨てられるのだ。
「すまない。」
1080号はそのエンプティドールの成れの果て、機械人形に一言そう言い、魔法を唱えた。
白い光が辺りを包む。
光が消えた時には、機械人形の右手は消え代わりに彼女の右手は機械の右手になった。
しばらく、新しく機械になった右手を見つめ乙女は次の街へと歩みを進めた。