遺書。
SOS。この信号は、誰かに届いているのでしょうか。
届けと願うけれど、届かないでとも願ってしまう二律背反な感情です。
だって、届いた所で何の解決にもならないでしょう?
だって、届いた所で何の救いにもならないでしょう?
だって、届いた所で何の奇跡も起こらないでしょう?
人とは保身的な生き物です。何かをされて攻撃に回るのはごく少数です。
例えば、目の前で誰かが傷ついていたとして。それが見知らぬ誰かだとか、顔見知り程度だとかだとか……いえ、よく話す人だったとしても。
きっと関わりたくないの一心で目を背けてしまうのでしょう?
SOS。その三文字の信号に気がついても、気付いていないふりをするのでしょう?
……こう達観した風に言う僕もその一人ですが、ね。
助ける事をためらった事例があります。目を背けた事件があります。
けれど、そんな罪深い僕もSOSの信号を思わず出してしまうのです。
願う権利がない事はすでに知っています。けれど、願う事だけは許して下さい。
……僕はもう限界なんです。
あいつ等の視線が、あいつ等の言動が、全部全部不快なんです。
僕に向けられていない言葉だとしても、気になって仕方がないのです。
いっその事目が見えなくなってしまえばいい、耳が聞こえなくなってしまえばいい、言語を理解する事が出来なくなってしまえばいい。そう、何度何度願った事でしょう。
手首に鋏をあてがったのは何度でしょう。それを左から右へなぞったのは幾度でしょう。刃先の冷たさに妙に安堵したのは何度でしょう。
トイレの個室にこもって壁を思いっきり殴りつけたのは何度でしょう。それで僕自身を自制したのは幾度でしょう。拳の痛みであぁまだ生きているんだ、と安堵して絶望したのは何度でしょう。
部屋で一人、トイレの個室で一人声を殺して泣いたのは何度でしょう。人の前に出た時、必死に笑顔をとりつくろったのは幾度でしょう。その笑顔の裏で泣いている事を見破られなかったのは何度でしょう。
ベランダから下を見て死にたいと願ったのは何度でしょう。身を乗り出したのは幾度でしょう。落ちた後の自分の身体のぐちゃぐちゃとした姿を想像したのは何度でしょう。
怪我をして流れ出した赤で冷静になったのは何度でしょう。青い筋から流れる赤に愛おしさが湧いたのは幾度でしょう。体中を赤くしたいと願ったのは何度でしょう。
セーターの裾を引っ張り手首を隠したのは何度でしょう。半袖の時にリストバンドをしたのは幾度でしょう。どんどん増えて行く死へ繋がる線を見て泣いたのは何度でしょう。
死にたくないと思ったのは何度でしょう。けれど死にたいと思ったのは幾度でしょう。それでも何かと理由をつけて必死に生にしがみついたのは何度でしょう。
そう思うほど、願うほど、苦しむほど酷い酷い現実の中で。
それを作ったあいつ等の所為で、あいつ等のお陰で僕は変わってしまいました。
罵倒を言われた場合、言われた言葉を何度も何度も反芻して心をえぐり、耐性をつけました。
視線を向けられた場合、こちらから顔を見ずに足元に集中する事によって乗り切りました。
間接的な罵倒の場合、へらへら笑って何でもない風を取り繕います。
そして、それがただの『遊び』であると無理矢理自分に認識させます。
……どんな状況に陥っても、そういう風になってしまいました。
例えば、一番使う文房具を盗まれ隠された時。
例えば、毎度の様に片づけを僕に押しつけてくる時。
例えば、革靴の中にたっぷりとドングリを詰め込まれた時。
例えば、僕の外見からは想像もつかない趣味を間接的に罵倒してくる時。
例えば、ペンケースを持ち去られて何処かに中身をぶちまけられた時。
例えば、架空の呼び出しで三〇分も寒空の下待たせられた時。
例えば、遊びと評して校舎の玄関に鍵を閉められて僕が入れなくなった時。
例えば、クラス半数の前でわざわざ僕を狙い撃ちしてきた罵倒の時。
そんな状況でも、へらへらと笑って『遊びだから』と脳内に無理矢理書きこんだり気にしていないふりをしてみたり。
あぁ、思い返せば思い返すほど滑稽です。阿呆らしく、馬鹿らしく、そして何より。
屈辱的だ。
さて、そんな状況を作り出してくれた彼等に感謝の言葉を述べましょう。
ありがとう、あんた等の所為でへらへら笑う演技は上手くなりました。
ありがとう、あんた等の所為で感情をひた隠しする事が上手くなりました。
ありがとう、あんた等の所為で人と顔を向けて喋る事が出来なくなりました。
ありがとう、あんた等の所為で人を心の底から信用する事が難しくなりました。
ありがとう。
――あんた等の所為で、僕はこんな化け物に変わり果てたよ。
こんな化け物が死んだところで、誰も悲しみやしないでしょう。
化け物を作りだした彼らだったら、なおさら。むしろ厄介者が居なくなったって大喜びするでしょう。
あぁ、瞼を閉じればありありとその姿を想像する事が出来てしまうのです。
暗い暗い人影の紅い紅い口元が三日月の様に歪んでいる所が。よかった、とお互い囁き合っている所が。
最後まで、最期まで僕は彼等を楽しませる為の道具、遊具でしかない様です。
けれど、もう限界点に達しました。
最期までその役柄を全うするのは何とも嫌なことだけれど。
最期くらいは彼等の恐怖にひきつった顔が見てみたいのだけれど。
あいにく、カッターを持って斬りかかる勇気や罵倒し返す勇気もないのです。
……あぁ、だったらどうしたらいいのでしょう?
だったらどうやって生きろというのでしょう?
必要としてくれる人は必ずいる、ですか? あいにくそういう感情を抱いてくださっている様な人は皆目見当がつきません。
生きていれば必ずいい事がある、ですか? 残念ながらそんな希望を願えない程日常が、現実が絶望に染まっているのです。
誰かに言えばいい、吐き出してしまえばいい、ですか? そうは言いますけれどね、簡単にいかないものなのです。
だって、ねぇ。僕にだってプライドはあるんですよ?
言う勇気があるのなら、SOSの信号何か口に出しています。
言う勇気があるのなら、同時に人の前で泣きだすでしょう。
けれど、プライドが邪魔をしてそれすら許してもらえないのです。
自分が弱者だって、自分の口で認めたくないのです。
あいつ等にすら勝てないって、自分の口から認めたくないのです。
だから、せめてもの無言のSOS信号。
けれど、誰もかれも助けてくれそうにないし、僕自身心の奥底のそれまた奥底では助けなど乞うていないですから。
さよならです、バイバイです。
自分が生活を繰り返したこのマンションの屋上から、バイバイです。
こんな現実からさよなら出来るだなんて、嬉しくて身体が震えてしまいます。
後ろ手で握ったフェンスがカタカタと揺れるほど、嬉しくて震えてしまいます。
あぁ、嬉しすぎて涙があふれてしまいます。
しゃくり上げる息を殺し、漏れる勧喜の声も噛みころします。
あぁ、ようやく小雨になった世界は靄がかかってはっきりと見えないです。
目を細めると雨の名残で視界が更に歪みます。
けれど、これでようやくサヨナラですから。
待ちに待った、さよならですから。
足を一歩前に踏み出しましょう。
必死に掴んでいた手を開きましょう。
身体を、世界にゆだねましょう。
落下する速度を愛おしく思いましょう。
雨を、上空に置いて行きましょう。
さぁ。
本当にさよならですね。
さよなら。
これで、最後の。
最期の、さよなら。
…………嘘。
――本当は、死にたくなんかないんだ。
――――――――――――――――――ぐしゃり。




