ルーティンワーク ~幼なじみの距離~
疲れた作者が甘やかされたかった話です。
登場人物は大学生だと思われます。
柚月と祐は7日前恋人に昇格した幼なじみだ。
そこに至るまでのあれこれは省略する。
決して珍しくない、だからといって当事者にとっては大変な過程だった、とだけ伝えておこう。
終わりよければすべてよしというやつである。
「祐、そこ空けて」
「は? ひ…」
幼なじみということは家族ぐるみのお付き合いがある関係だ。
はす向かいという位置関係もあり、お互いがよく行き来する。
家族公認のやりとり。
日が沈んで1時間経った頃、祐の家に柚月が突撃した。
鬼気迫る無表情で。
祐が反射的に両手を上げたのも無理はない。
状況把握もままならぬうちに、祐の太ももに重さが加わった。
ぼすんという音とともに。
「―――へ?」
このとき祐はリビングのソファに陣取っていた。
まだ親の帰宅には時間があるためゲームに没頭していた。
宿題? 予習? 知らない言葉ですね。
よくあるアクションゲームだが大画面でする迫力も相まって最近のお気に入り。
そして今までにボス戦、というところで柚月の来襲である。
両手を上げると同時にコントローラーを片手に譲ってしまったためプレイは停止した。
予期せぬことだったので一時停止ボタンを押すこともできなかった。
結果、無防備な状態に陥ったプレイヤーは敵――、しかも雑魚の攻撃を受け続け地に沈む。
なんとも情けない効果音とともに。
普段だったら雄たけびに似た声を上げたことだろう。
しかしそうはならなかった。
むしろ声が出せなかった。
一瞬呼吸すら止まった。
「―――ゆづきさん」
「―――――」
「……え。これ、どういう状況?」
困惑を隠せない祐の声。
第三者がいたならばこう伝えただろう。
祐の家にやって来た柚月がリビングにその姿を認めるや否や突進し、一声かけた直後にダイブしたと。
彼女の頭は柚月の太ももの上である。
両手は彼の腰に回っており、お腹に頭を押し付けていたりする。
確かに突発的な状況としてはすぐに認識できないかもしれない。
祐の頭上に疑問符がいくつも飛ぶ。
ところが長年培った絆のなせる業か、祐の回復は早かった。
ぽいっとコントローラーをソファの端に放るとテレビの電源を切る。
その動作の度に起こる振動を物ともせず柚月は動かない。
そのことに笑みを浮かべながら祐はぽんぽんと頭を撫でた。
「どした?」
「―――――」
「柚月、コミュニケーション」
「――………」
くぐもった声音に祐は耳を近づける。
「腹減った?」
「―――疲れた、って、言った」
ぐりぐり頭を押し付けてくるが痛くもかゆくもない。
「そんな大変だったのか。今日フィールドワークだったんだろ?」
「5km以上休みなく歩いてみ? しんどいっつーの」
「己の限界を知るっていうテーマだったか…」
「あの先生、頭おかしい…」
力なくわめく様子に祐は納得する。
フィールドワークの本質がどこにあったかは不明だが、要するに疲れていると。
珍しくない状況だ。
ぽむぽむと頭を撫でてやりながら言葉を交わす。
「先生と書いておたくと読む人なんてそんなもん」
「非おたくを巻き込まないでほしい。“交通事情よくわからないから歩くね”じゃないんだよ。10kmは一般人歩かない」
「うわ、意外と距離あった。お疲れ」
「途中そのへんに座り込んでやろうかと思った」
「やめた理由は?」
「まじで見捨てられるルートしかなかったから。先生だけじゃなく、みんなに」
顔を上げた柚月だが祐からその表情は見えない。
だが、簡単に予想できた。
夕食に苦手なものばかりが並んだときと同じ表情をしているのだろう。
「柚月以外は好きでその講義を取ったってこと?」
「単位は簡単に取れるって聞いたから取ったのに! だまされたっ」
「好き好んで取った人の言じゃないの、それ」
「あたしもそう思う! 情報源のミス! 悔しいっ!」
体力は削られているので柚月はイモムシのようにもぞもぞするだけだ。
それでも不満は止まらないからよほどだったのだろう。
柚月の頭を撫でる祐の手は止まらない。
「落ち着け落ち着け。つーか柚月にも非がないか、それ」
「なんでよっ」
「いや。だってみんなとやり切ったんだろ、フィールドワーク。この程度ならこなせるって自分で証明したわけじゃん。これからも付き合わされるんじゃね?」
その言葉に柚月の動きがぴたりと止まった。
恐る恐るといったようにゆっくりと顔が上がる。
今度はしっかりと目が合った。
彼女の目が揺れているのは気のせいではないだろう。
決して活動的な性質ではないのだ。
図書館の片隅で資料をあさっている方が性に合っている。
「明日あさって休む!」
「普通に週末だな」
「そういうとこはちゃんと気遣ってるし、あの先生!」
「負けん気の強さが悪い方に出たよなぁ」
「しくった。やばい。あと何回もとか無理!」
「先生に言ってみれば?」
「話通じるおたくだと思う??」
ひとしきり唸ると柚月はがくりと肩を落とした。
文句を繰り出す気力も削られたらしい。
祐が隠すことなく笑っているのを放置している。
「――飯食ってくだろ。今日カレーな」
「…りんごとはちみつの甘口」
「もちろん。うちの定番だからな」
「祐」
「うん?」
「ありがと」
「どういたしまして」
にかっと笑って祐はずりずりと柚月の拘束から抜け出す。
柚月に触れるその仕草はとても優しい。
「サラダとスープがお供な」
「コーンスープがいい」
「ドレッシングもコーンだろ? とうもろこし尽くしになるぞ」
「おいしいから大丈夫。手伝う」
「いいっていいって。ゆっくりしてな」
もう何度目からのぽんぽんを繰り出すとゲームを片付けて祐は台所へ向かう。
「祐」
一歩目を踏み出したところで声がかかる。
「ただいま」
「ああ、おかえり。お疲れさん」
明るい笑顔とやわらかい空気が満ちていた。
さて。
繰り返すが祐と柚月は数日前までただの幼なじみだった。
本人たちの認識ではそうだった。
しかし、このやりとりは決して初めてのことではない。
なんなら月に2回ほどはこなすルーティンである。
付き合ってない頃からこの距離が当たり前だった。
そしてそれは、公の事実だったりする。
「どうせ帰ったらいしゃこらが待ってんだから潰していいよな」
「潰したらむしろご褒美なんじゃない?」
「フィールドワークって恋愛イベントになるんだな…」
「あの2人ほんっと変わんないよねぇ」
そんな会話が仲間内で交わされていたことを当事者は知らない。
ちなみに先生は素である。
「今日は800mの山を登ります! 鳥とか鳥とか鳥とか見れます!」
先生はたぶん生態系とか地質とかの専門じゃないかな。




