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「あの子といっしょに帰ればよかったじゃん乃蒼~?」

「は? 帰るわけないだろ。バカか?」

「バカって言うほうがバカなんですう!」

「ハア……」

「なにそのため息!」


 キーッ! と言う紅壱を見て、乃蒼は心底馬鹿にしたような表情のまま、めんどくさそうに顔をそらす。


 紅壱にベタベタと引っついていた乃蒼の面影はもはやどこにもないし、紅壱も(いち)言えば泣くどころか一〇(じゅう)は言い返すくらいのおしゃべりになった。


 光陰矢の如しとはこのことかと思ってしまうのは、私の中身が本物の子供ではないからかもしれない。


 そして「あじろちゃん」と無邪気に私を呼んでいたふたりが、いつからか「亜白」と呼ぶようになってからは嫌でも気がつく。


 ――このふたり、だいぶ私のこと好きだな……?


 最初は「そんなわけない、ただのうぬぼれだ」と己を恥じたけれども、ふたりの態度を観察していれば、「やっぱり私のこと好きなんだな?」という結論に落ち着いてきた。


 幼稚園児時代の延長線とでも言いたげにさりげなく――さすがに腕とか肩が多いけど――私に触ってくるし。


 一〇代後半の異性の幼馴染同士にしては異様に距離が近いし、実際に触っているかどうかではなく、なんというか付き合い方がベタベタしているし。


 私に近づく男は軒並み蹴散らさんという勢いで、毎度毎度飽きずにマウント取るわ威嚇するわの大騒ぎだし。


 そして兄弟同士でもこうして煽り合って険悪な空気になったり、けんかしたりするし。


 ……こんな様子を見せられてなお、


「わあ☆ 私って『幼馴染として』ふたりにすごく愛されてるみたい~?!☆ 照れちゃう☆」


 ……とはさすがに言えない。


 いや、私が人生一周目だったらならば、もしかしたら可能性については気づけても、「さすがにふたりから惚れられてるなんて自意識過剰だよ」と思って、ふたりから向けられている恋愛感情には気づかなかったかもしれない。


 しかし私は人生二周目。前世では私自身は恋愛にまったく縁がなかったが、耳年増……なんだったら目年増で、知識だけは無駄にある。


 それにふたりの態度はあまりにもあからさまで、わかりやすすぎる。


 これだけやられて「幼馴染としてしか見られない」とか言われたら、人間不信になっても仕方がないだろうというレベルだ。


 しかし私はこれだけふたりからアピールされても、「え? 幼馴染ですけど?」という顔でいる。


 ふたりから恋愛的な意味で好意を向けられていることは理解していたが、私はそれに応えられないからだ。


 私からすれば紅壱と乃蒼は、年の離れた弟的存在、という感覚が抜け切らないのだ。


 出会った当初とは違い、もうとっくにふたりは私の背を追い越していたし、体つきも私とは比べるべくもなくハッキリと男性だとわかるものに変わっている。


 でもふたりはまだ未成年。そう思うとどうしても恋愛対象として見ることに抵抗がある。


 いずれふたりが成人すれば、もしかしたらそういった意識にも変化が訪れるかもしれないが、未来のことは神さまくらいにしかわからないだろう。


 いずれにせよ、まだ私の中ではふたりは「いつも騒がしい弟的存在」のままなので、今すぐ恋愛的にどうこうなることは、私からすればあり得ないことだった。


 ふたりに酷なことをしている自覚はある。


 将来子供を持ちたい男性というのは、学生時代から女性の恋人になることに余念がない。ふたりが将来的に子供を儲けたいと思っているかどうか私は知らないが、もしそうであれば貴重な時間を実のないことに浪費させていることになってしまう。


 私だって一応距離を置こうとしたことはある。


 中学時代、どこの高校に進学するか秘密を貫き通して、ふたりとは物理的に距離を置こうとしたのだが、結果はごらんの有様。


 失敗した理由は、過保護な私の母親が紅壱と乃蒼に私の進学先を洩らしたせいだ。


 もちろん母親とは言い合いになったし、母親の行動は世間一般でも批難されるような類いのものだろう。


 けれども、


「じゃあ将来どうするの?! これまでひとりも彼氏なんて作ってこなくて! お母さんは亜白ちゃんが心配よ……」


 だなんて言われてしまうと、私はなにも言い返せなかった。


 ここは前世とは違う世界なのだ。


 女性の仕事は子供をたくさん産むこと。産めば産むほど一時金といった補助金がたくさん出るし、結婚して夫をたくさん持てば持つほど馬力も増えて安定した生活を送れる。


 裏を返せば、子供を産まない女性は仕事をしていない穀潰し。子供を産み、育てる以外の女性の仕事はまず存在しない。


 この世界は、女性にとってはとんでもないティストピアなのである。


 母親はちょっとしたお節介とかそんな生ぬるい理由で、あのふたりに私の進学先を洩らしたのではない。


 真剣に、娘の将来を心配して、私が嫌な思いをするとわかっていても、そんな風に手を回さざるを得なかったのだ。


 結局、私は母親に酷な手段を強いてしまったわけで、今世、彼女の娘として生きる自分は納得していなかったけれども、成人女性であった前世の記憶の部分では、母親の行動も致し方なしと思ってしまった。


 ――そりゃ、女性が男性の伴侶なしで生きていけないこんな世界で、娘がこれまで一度も男性とお付き合いしたことがないだなんて、将来を悲観されても仕方がないよね……。


 そういうわけで紅壱と乃蒼とは、幼稚園から高校まで同じところに通っていることになる。


 それに私がやんわりと距離を置きたがっても、このふたりはあっさりと知らんふりを決め込み、意地でもいつも通り過ごそうとしてくる。


 だから大人げないと思いつつ、私もふたりの好意には知らんふりを決め込んでいる。


 母親に言われて、私も将来の己の身の振り方について悩むようになったこともある。


 あのあとネットで調べれば、政府主催の婚活パーティーなんていうものがあることも知った。


 選択肢のひとつとして、このパーティーに申し込んで参加し、テキトーに夫を見繕う未来もあり得るだろう。


 だがもっとも手早いのは、紅壱と乃蒼、このふたりのどちらか、あるいは両方と結婚することだということは、私だって理解している。


 けれどもふたりのことを「手のかかる弟的存在」として見てしまっているがために、こちらに気持ちのない結婚をさせるのはいかがなものかという、余計な感情が湧いて出てしまう。


 ……まあ、そんなこと思うなら――あきらめてくれるかどうかは置いておいても――ふたりをキッパリと振ってやれよという感じなのだが……。


 じりじりと、期限は迫ってきている。


 婚姻できるのは一八歳から。出産適齢期は二〇歳から。


 この世界ではどうやら高校卒業と同時に結婚、妊娠、出産といったルートをたどる女性が大多数らしい。


 大学へ進学する女性も一定数いるはいるものの、完全にマイノリティーで、なんだったら閉経してから改めて大学受験をするというパターンが定番化しているくらいだ。


 担任にも大学進学の可能性をやんわりと伝えれば、そちらもやんわりと「家庭が落ち着いてから入学すればいいんじゃないか?」と言われてしまった。


 だんだんと、思ったよりなりふり構っていられない状況なのでは? と現実を意識しだしたのが今の私である。


 そうすると、紅壱と乃蒼、どちらか、あるいは両方と結婚する選択が安牌ってやつなんだろうということも、じわじわとわかってきた。


 ――でもな~……。


「あの子と結婚すれば? 亜白と親戚になれるよ?」

「死んでも無理。っていうかそんなに言うならお前がすればいいだろ」

「死んでもムリ! オレは亜白と家族になるからそんなことする必要ないし!」

「ハア……」

「なにそのため息!」


 しょうもないことで言い合いをする紅壱と乃蒼。ある意味では兄弟仲がいいと言えるかもしれない。


 けれども私は、今はイケメンとして鳴らす彼らの、恥ずかしい過去とかしょうもない言動とかを、幼馴染として色々と知っているわけで。


 ――まだ一八歳になるまではだいたい二年あるし……このふたりも大人になったら落ち着くかもしれないし……。


 そのときにまだ私のことを好きでいてくれるかは正直に言ってわからない。


 こうしていっしょにいられる時間だって、永遠だとはだれにも断言できない。


 ――こういうモラトリアムが終わらなければいいのに。


 ……きっと、多くのひとがそんなことを考えて、それでも時間の流れに勝てるわけもなく、仕方なく現実に立ち向かって行ったのだろう。


 それは私も例外ではなく、ほどなくしてひとつの現実を突きつけられることとなった。

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