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 ――転生って前世でぜんぜんいい思いが出来なかった人間に対する、神さまの帳尻合わせ?


 ……ふとそんなことを思いついたけれども、二度目の人生を送る今の状況を俯瞰して見ても、ちゃんと帳尻が合っているのかはわからない。


 私には前世の記憶がある。成人した日本人女性として生きていた記憶がある。


 残念ながら前世の名前は思い出せないし、年月を経るにつれてどんどんと前世の記憶は薄れて行っている。


 恐らく、神さまの意思だとかそんな壮大な話ではなく、私の頭では単純に今の記憶を保持するのに手一杯で、前世の記憶は脳みその中にある棚の奥へ奥へと押しやられて行って、簡単に引き出せなくなっている……そういうことなのだと思う。


 それをさみしく思う気持ちはないでもないけれど、前世ロクな人生を送れなかったことを振り返ると、そのさみしさの正体も単純に忘れゆくという現象に対するものであって、前世の記憶そのものへの愛着はないのだと思う。


 実際、前世の記憶があって得をしたことなんて、勉学面で後れを取らないことくらいだった。


 とは言っても小学校の算数レベルをすいすい解けるというくらいで、それは別に私が賢いからというわけではないことは、だれにだって理解できるだろう。


 前世の記憶があることで、むしろ困ったことのほうが多いような気がする。


 たとえば同年代の子供たちのノリに合わせられないとか。


 そんな私は「大人しい」とよく形容されるけれども、その裏には「つまんない」という言葉が張りついていることくらいわかる。


 前世の私も「大人し」くて、「つまんない」人間だったからわかる。


 かと言ってそこから「社交的」で「面白い」人間に生まれ変わろう! みたいな高い志を持つこともできない。


 出来ることは同年代の子供たちから一歩引いたところに立ち、出来る限り目立たないように息をひそめることくらいだ。


 けれども前世と違い、今世の私は目立つ。


 前世よりも左右対称な、一般的に美しいと感じる顔の造作をしているのも理由のひとつだったが、これは最大の理由ではない。


 私が、この世界では数の少ない女性だからだ。


 私が生まれ変わった先は前世生きた現代日本に似ていながら、どこか違う世界だった。


 女性が少ないのだ。


 男女の比率が緩やかに偏り、均衡が壊れつつある世界。前世よりもずっと少子化問題が深刻に語られる世界。


 健康で健全な女性は子供をたくさん産むのが義務で、そのために健康で健全な男性とたくさんお付き合いするのが正義。


 そんな風潮を、暗黙のうちに押しつけられる世界。


 なんの因果かそんな世界で二度目の人生をスタートさせることになったわけだけれども、転生が神さまの帳尻合わせだとしたら、私の場合は帳尻合ってなくない? という感じであった。


 一夫一妻が大前提で、重婚は犯罪。それを当たり前として生きてきた前世の記憶があるがゆえに、今世の世界では一妻多夫で複婚が当たり前と言われても、なかなか受け入れがたい。


 と言っても今世、生きるこの世界を否定するつもりはない。


 ただ、「あなたは将来たくさんの男性と結婚してたくさん子供を産むのよ」と言われても現状その気になれない。


 ただそれだけの話。


 なにせ前世の私は出産経験はないし、未婚であったし、そもそも男性とお付き合いすらしたことがないという有様だった。


 なにか強い信条があってそうしたわけではなく、単に出会いがなければ、出会おうという気概もなかったからそうだった。


 ただそれだけの話。


 そんな人間を「たくさんの男性と結婚してたくさん子供を産む」ことを正義とする世界に突っ込むのは、酷と言うか、もっと手心を加えて欲しいと言うか……。


 まあとにかく、転生が帳尻合わせだとしたら、私の場合は帳尻が合っているのかは甚だ疑問という話だ。


 そんな私の目下の困りごとは、前世の記憶のせいで同年代の異性を恋愛対象として見れないこと。


 未成年に対して性愛込みの感情を抱けと言われても、無理なもんは無理である。


 未成年者は庇護の対象であり、性愛をぶつける対象ではない。というかしてはいけない。


 けれども「成人していた前世の記憶があるので同年代とは恋愛できません!」と高らかに宣言することはもちろんできない。


 そうやってやんわりと恋愛や、同年代の子供たちと距離を置いて生きてきた結果……私は「高嶺の花」になっていた。


 ――常にクールで男の理想が高い美人。


 え? だれだよ、と思ったら私のことだった。


 本気で言ってる? と思ったらわりとみんな本気でそう思っているらしかった。


 いや、たしかに今世の私は前世の私があまりに冴えなくて地味モサ女だったことを反省し、見た目にはかなり気を遣っている。


 もともとの容姿も、遺伝のお陰で昔から――リップサービスも込み込みで――「美人さんね~」なんて言われてきた。


 でもさすがに「高嶺の花」と呼ばれているという事実は、かなり、なんというか、いたたまれないというか、率直に言って恥ずかしい。


 クールに見えるのは単に人付き合いが苦手なだけです。前世を引きずって社交性がない上に、笑顔もヘタクソだからです。


 男の理想が高く見えるのは、同年代の未成年の異性を恋愛対象として見れない、成人女性として生きた記憶があるからです。


 ……と言い訳しようと思えばいくらでも出来るが、同年代の異性と付き合う気になれなかった私は「高嶺の花」と呼ばれていることを利用している。


 同年代の異性から近寄りがたい存在と思われることは、私にとっては都合が良かった。


 私に恋愛する気が一切ないのにもかかわらず、恋愛感情を向けられるというのはちょっと申し訳ない気持ちになる。


 おまけに女性が稀少という、こんな世界だ。


 将来的に子供が欲しい男性は未成年のうちからお相手探しに余念がなく、貴重な時間をその気のない私のために浪費させるのは申し訳ない気持ちになってしまう。


 だから、「高嶺の花」呼びは私にとっては都合が良かった。


 ただそんな調子だったので同年代の同性の友人は出来ず、むしろよく思われていないというか、嫌われている気配はひしひしと感じる。


 それは少しさみしかったものの、前世もぼっちだったのであまり問題だとは思えなかった。


 好意を抱いている相手に嫌われていたら私だってショックを受けるが、接点がほぼない相手に嫌われていてもどうでもいいというか。


 それよりも問題なのは、「高嶺の花」を気取っている私に突っかかってくるひとびとの存在だろうか。


 嫌いなら無視して放っておけばいいのにと私は思うのだが、彼女はそうは思えないか、そう思えないほどに私が嫌いなのか、たびたびちょっかいをかけてくるのでちょっと困っていた。


「ねえ、今日はいっしょに帰らない?」


 そのちょっと私が困らされている人間の筆頭である、私の従姉妹のミリカが、乃蒼(のあ)の腕に手を伸ばす。


「無理」


 乃蒼は愛想の欠片もない顔と声音でミリカが触れる前にもかかわらず、軽く振り払うような仕草をした。


 場所は放課後を迎えたばかりの教室。


 周囲にまだまだいるクラスメイトたちの視線が、ちらりとミリカと乃蒼に向く。


 ミリカは一瞬だけ真顔になったが、すぐにいつも通りの愛嬌のある笑みを浮かべて「そっかー残念!」と明るい声で言った。


 従姉妹のミリカのプライドの高さは私も知るところだったので、彼女が絶対に納得していないことはすぐに察せた。


「乃蒼ー、断ってよかったのか? モテてんじゃん」


 乃蒼へ、明らかにからかうような言葉をかけたのは彼の兄である紅壱(こういち)だ。


「……無理なもんは無理。先約があるし」


 乃蒼はニヤニヤと自分を見る紅壱をにらみつけるような視線を向け、冷たく硬い声で言う。


 そんなやり取りをしているふたりは、まとう雰囲気は違うが顔の作りはまるきり同じだ。


 一卵性双生児。おまけに高身長、イケメン、文武両道。と四つそろった乃蒼と紅壱が並ぶと、有無を言わせぬ迫力がある。


 そんなふたりとお付き合いしたいと思う女の子は数知れないが、ちやほやされるのが好きな紅壱はともかく、乃蒼はいつだって塩対応。


 ミリカもそんなことがわからないはずもないだろうに、めげずに紅壱より乃蒼をお誘いするばかりに、たびたびこの教室は微妙な空気になるのである。


 そんな風にいつも通り乃蒼に断られたミリカは、また一瞬だけ般若のような形相で私を見たあと、自分の()()()()が集まっている席へと戻って行った。


 ミリカはプライドが高い。プライドが高いこと自体は悪いことではないのだが、敵意を私に向けるのはやめて欲しいというのが本音だ。


「帰ろう、亜白(あじろ)


 乃蒼が紅壱と共にやってきたのは、私の席。私はうなずいてイスから立ち上がり、スクールバッグを持ち上げた。


 このふたりが私の家のお隣さんで、幼馴染で、腐れ縁だということを知らないクラスメイトはいないだろう。


 けれども彼氏ではない。決して違う。


 それでもこうして、まるでふたりを侍らせているような格好になっているのは、ひとえにこの世界のせいだ。


 女性が稀少な存在である世界がゆえに、前世と違いたとえ昼間の大通りでも、女性がひとりで出歩くのは賢い選択ではない。


 それは私もよくよくわかっているので、紅壱と乃蒼と共に登下校をしているというわけだ。


 いわばふたりは私のボディーガード代わり。


 だから、決して、彼氏とかではない。


 ……私が同性からも異性からも遠巻きにされているのは、このふたりが四六時中引っついているから、というのも理由のひとつではあった。

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