[ep.6]迫る異変
魔物を三体討伐し、実地課題の目標を達成したカエデたちは、慎重に森を引き返し始めていた。
「これで、課題は完了。あとは戻るだけだね」
ミリアが安堵の笑みを浮かべながら、道の先を見つめる。
「気は抜かないで。魔物は討伐したけど、森はまだ終わってない」
アイリスが冷静に言い添える。
セイルも頷きながら警戒を続け、リオンは先頭で進路を切り拓いていた。
──そのときだった。
カエデは、空気の揺らぎに気付いた。
風とは違う、魔力の流れの異変。
(……魔力が、乱れてる)
立ち止まったカエデに、他の仲間たちも足を止める。
「どうした、カエデ?」
リオンが振り返る。
「……なにか、来る」
ざぁ……と、草木が揺れる。
次の瞬間、木々の間から“それ”は姿を現した。
黒く硬質な鎧のような皮膚。人間にも似た体格に、鋭く光る瞳。だが、どこか人とは異なる異質さを纏った存在。
「……あれって……」
カエデの声がかすれる。
魔人──。
本の中でしか見たことがなかった。
歴史の授業で語られた存在。
百年前、人間と激しい戦争を繰り広げた魔族の一派。
そして、三大勇者によって滅ぼされたとされる“絶滅した存在”。
「ウソ……でしょ……」
ミリアの声が震える。
セイルもアイリスも、動けない。
カエデは剣を握り直し、気配を集中させる。
魔人の視線が、真っ直ぐ自分に向いているのが分かった。
(私を狙ってる……?)
魔人が一歩、踏み出す。
その瞬間、カエデの体が反応した。
「下がって。ここは私に行かせて」
「えっ、でも──」
「大丈夫。任せて」
戦闘が始まった。
魔人はまるで遊ぶように、余裕のある攻撃を繰り出す。
その一撃一撃が重く、速く、鋭い。
カエデは全神経を集中させ、避け、受け、反撃する。
──だが、決定打は与えられない。
その戦いを、他の4人はただ見つめるしかなかった。
「速すぎて……何が起きてるのか、全然見えない……」
ミリアが震える声で呟く。
「カエデの動き……さっきの魔物相手とはまるで別人だ」
セイルが目を細める。
「この距離でも、魔力の衝突が伝わってくる……これは、次元が違う……」
アイリスが、恐怖とも驚愕ともつかない表情で呟く。
リオンは歯を食いしばりながら、拳を握っていた。
(俺たちには、手出しできない……いや、足手まといになるだけだ)
彼らの目に映るのは、確かに“戦っている”というよりも、“ぶつかり合っている”という異質な光景だった。
「なかなかやるな。一人だけ魔力量が違うと思って来てみたがまさか、こんな小娘っだったとは」
魔人が口を開いた。
「あなたは……勇者によって殺されたはず。なぜ、生きているの?」
「知っているのだな。百年も経ったというのに、まだ語り継がれているとは驚きだ」
カエデは心の中で時間を計っていた。
(もうすぐ集合時間……それまで耐えれば、誰かが来る)
魔人は薄く笑った。
「いいだろう。久しぶりの強者との戦いだ、早く終わってしまっては面白くない。」
魔人は話し出す。
「俺たちが死んだ? フッ、馬鹿な。俺たちは“魔王”に仕える存在……魔人と呼ばれた種族だ」
「この世界には“魔王”が存在する。その魔王様が生きている限り、俺たちは死なない。
かつての戦争で敗北を悟った俺は、魔王様を匿い、姿を隠した。
あの時、気付いたのだ。あの3人の勇者が、ただの人間ではないことに。
奴らは神に創られた特別な存在だった。肉体の構造も、力も、人とは異なる。」
三大勇者とは
”剣に優れているもの"
"魔法に優れているもの"
"知恵に優れているもの”
この3人の勇者のことだ。
「だからこそ、戦わずに退くしかなかった。
逃げて、隠れて、ひたすら機を待った。
そして、百年経った今──
あの勇者たちは寿命で死んだ。もはや脅威はない」
「……そんな……」
カエデの背に冷たい汗が流れる。
だが表情は崩さない。
(……でも、これで確信できた。こいつは本物の“魔人”だ)
「あなたって、人間の言葉が喋れるんだね。てっきり、会話が成立するとは思ってなかったよ」
「そんなことはどうでもいい。俺も話したんだ、名前くらい教えろよ」
カエデは剣を構え直し、静かに答えた。
「カエデ・メテオール」
その瞬間、魔人の口元が愉しげに歪んだ──。
カエデにとって勝ち目がない戦いが、今まさに始まろうとしていた。