[ep.4]実地訓練、始動
実地課題の当日。朝から学院にはいつもと違う空気が漂っていた。
生徒たちはそれぞれの班に分かれ、正門前に集まっていた。制服の上から軽装の防具を着けた者や、魔道具を手にした者もいる。
カエデたち5人も、学院の広場に姿を見せた。
「うわ~、なんか……緊張してきた……」
ミリアが胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「気を張りすぎると逆にミスる。落ち着いていこう」
セイルが言いながら、肩の力を抜くように深呼吸した。
「私たちはエストレーラ学院の生徒。たくさんの志願者の中から選ばれたんだから、大丈夫。……もちろん、油断は禁物だけどね。」
カエデの落ち着いた声に、場の空気がふっと和らぐ。
その言葉に背中を押されたように、皆の表情から少しずつ緊張が解けていった。
そこに、担任のエルミナ先生が姿を現した。
「皆、集まっているわね」
その静かな声に、生徒たちの視線が一斉に集まる。
「これより、各班に分かれて森の実地課題を開始します。任務内容はすでに伝えたとおり──“低ランク魔物を3体討伐し、帰還すること”」
「戦闘不能者が出た場合、即時撤退すること。安全を最優先に判断を。各自、責任をもって行動してください」
先生の瞳が、ほんのわずかに優しく揺れる。
「――健闘を祈るわ」
合図と共に、生徒たちはそれぞれの班で森へと歩みを進めていく。
「じゃあ、行こうか」
リオンが先頭に立つ。
「陽が傾く前に、3体見つけたいね」
ミリアが後ろから軽やかに言う。
エストレーラ学院の裏手に広がる演習用の森は、鬱蒼とした木々が立ち並ぶ静かな場所だった。とはいえ、危険度の高い魔物は結界によって外部から隔離されているため、一定範囲内での実戦訓練として使われている。
足元に小枝が散らばり、鳥のさえずりと風の音が耳に届く中、カエデたちはあらかじめ決めていた陣形に従い、慎重に森を進んでいった。
──カエデの視線が森の奥へと向けられる。
(空気が冷たい。湿気もあるけど、どこか清らかで……静かだ)
森の香り、葉の擦れる音、そして背中越しに感じる仲間の気配。それらすべてが、カエデの感覚を研ぎ澄ませていく。
そして、森の奥で最初の標的と遭遇する。
「いた……ビーストウルフ、一体」
セイルが小声で指差す。
「周囲に仲間の気配はない。単独行動みたいだ」
アイリスが確認をとる。
「じゃあ……ここで、1体目。行こう」
カエデが剣を抜いた。
リオンとカエデが前衛に立ち、ミリアが後方支援、アイリスとセイルが中距離から構える。
「バフかけるよ、リオンくんとカエデちゃんに!」
ミリアの魔術が、2人の足元で優しく輝いた。
「風刃、展開」
アイリスが横から一閃を放つ。牽制に走った風が、ビーストウルフの動きをわずかに鈍らせる。
その隙に、カエデとリオンが同時に踏み込んだ。
カエデの剣筋は、訓練の成果そのものだった。
小さな体を最大限に活かし、足の踏み込みで一気に間合いを詰め、重心移動と同時に刃を滑らせる。
狙うは急所──それを正確に捉えた。
「はっ!」
「今だ!」
リオンの一撃が追撃となり、魔物を吹き飛ばすように押し込む。
セイルが後方から素早く回り込み、鋭く切りつけた。
「……討伐完了。全員無事」
アイリスが魔力で感知し、静かに頷いた。
魔物の消滅と共に、空気がふっと緩む。
「連携、うまくいったね!」
ミリアが笑顔で声を上げる。
「まだ1体目だ。気を引き締めていこう」
セイルの冷静な声に、皆が改めて頷いた。
その後、次の魔物を探しながら、森の小道を進んでいく。
その間にも、木漏れ日が揺れる静かな空気の中で、カエデの心はふと落ち着いた。
(みんな、本当に頼もしい)
セイルの反応の早さ、リオンの判断力、ミリアの支援魔法、アイリスの冷静な判断。
(私は、このチームでなら……乗り越えられる気がする)
戦闘を終えた五人は、ひとまずその場で小休止をとることにした。
「ふぅ……最初の1体とはいえ、緊張したね」
ミリアが腰を下ろし、空を見上げながら息を吐く。
「斬撃の精度は完璧だったよ、カエデちゃん」
ミリアが言う。
「ありがとう。でも、リオンのタイミングがあったから」
そう言ってカエデは控えめに答える。だが、その口元には少しだけ満足げな笑みが浮かんでいた。
「俺はセイルの一撃の方が見事だったと思うな」
リオンが振り返りながらそう言うと、セイルは肩をすくめて返す。
「仕事しただけだよ。あの程度、外す方が難しい」
「もー、褒められたら素直に喜べばいいのに」
ミリアがぷくっと頬をふくらませる。
そんなやりとりに、ふっと場が和んだ。
カエデはふと立ち上がり、近くの木に手を触れながら周囲を見渡す。
──木々は高く、太陽の光がまばらに差し込んでいる。鳥の声と、どこかで揺れる葉の音。
自然の中にいるという感覚が、妙に心を落ち着かせる。
(……空気が澄んでる。冷たくて、でも気持ちいい)
そして、仲間たちを振り返る。真剣な表情で地図を確認するリオン。手のひらに魔力を集めて遊ぶミリア。気配を探るように目を細めるアイリス。武器の柄を無意識に握るセイル。
「よし、そろそろ行こうか」
リオンが声をかけると、皆が立ち上がる。
「ねぇねぇ、あと2体ってことは……3分の1終わったってことだよね? すごくない?」
「はしゃぐのはまだ早いわ。次がもっと強いかもしれない」
アイリスの冷静な声に、ミリアは「わかってるってば〜」と笑いながらぴょんと跳ねた。
「でもまぁ……動き出す前に、カエデちゃん。あの構え、どこで習ったの?」
ミリアがふと気になったように問いかける。
「兄上の教えだよ。剣術も魔術も」
「そっか。あの動き、すごく滑らかだった。踏み込みから重心の移動、間合いの測り方……ほんとに、子どもの動きじゃないもん」
セイルがぽつりと言った。
「まだまだだけど、そう見えたなら嬉しい」
カエデは素直に頷いた。
「……よーし、じゃあもうひと頑張りしよっか! 目指せ、3体目〜!」
ミリアが軽く拳を掲げる。
「そのテンションで森の鳥、全部逃げそうだな」
セイルがぼそっと言い、皆がくすっと笑った。
ほんの短い時間だったけれど、そこには確かに信頼と安心があった。
この空気がある限り──きっと、やれる。
そう思いながら、カエデは再び剣に手をかけた。