[ep.2]入学試験
春の朝、エストレーラ学院の大きな門の前で、私は立ち止まった。
朝の光を浴びて輝く石造りの門。その上には金色の文字が刻まれていた。──《エストレーラ学院》。
「……ここが、学院……」
深呼吸をひとつして、私は足を踏み出す。
学院の中は広く、格式高い雰囲気が漂っていた。受付を済ませると、案内されたホールの一角へと向かう。そこにはすでに何人かの受験者が座っており、それぞれが静かに試験を待っていた。
私は空いていた端の席にそっと腰掛けた。
──思っていた以上に、大きくて立派な場所だった。それだけで、ここが“特別な場所”なのだと感じる。
私の周りには、年上の受験者たち。声も体も大きくて、きっと彼らは12歳や14歳くらいだろう。
そんな中、私の姿に気づいた何人かが、ひそひそと声を漏らす。
「……ちっちゃ……」
「付き添い? ……え、本人? マジ?」
でも、私は立ち止まらない。顔を伏せることもなかった。
ここに立つと決めたのは、自分だ。覚悟は、とっくにできていた。
胸元の受験票を握りしめ、私はまっすぐ受付へと向かった。
案内された席に戻ると、すぐ隣の女の子が声をかけてきた。明るい笑顔のその子は、まるで旧知の友人のように話しかけてくる。
「ねえ、君も受験者?」
「うん、そうだよ」
「へえ〜、すごいね。何歳? ……えっ、ほんとに7歳?」
驚きの表情を隠そうともしないその子は、ぽかんと口を開けたまま私を見つめた。
その様子に続くように、今度は隣の男の子が名乗ってくる。
「僕はリオン・グレイアっていう。剣術志望。……君は、どっち志望かな?」
「私は剣志望だよ!」
「へえ、そうなんだ。……その年で剣が得意なんて、すごいな」
彼の言葉にはからかいも驚きもなかった。ただ、純粋な評価の響きだけがあった。
ミリアと名乗った女の子は身を乗り出し、にこにこしながら私を見て言った。
「やっぱり、カエデちゃんってカッコいいかも〜!
リオンは真面目だけど、頼れるよ。心配性だから、あんまり無茶はしないであげてね?」
「やめてくれ、ミリア。初対面の子に変な印象植えつけるなよ」
私は、思わず小さく笑ってしまった。──自然と、こぼれた笑みだった。
やがて、係の教員が姿を現し、試験番号順に名前を呼び始める。
「メテオール・カエデ、番号27番──こちらへ」
呼ばれた瞬間、周囲の視線が一斉に集まるのを感じた。けれど、私は動じなかった。これは、予想していたこと。受け入れてきたこと。
案内された試験室には整然と机と椅子が並び、中央には魔導灯が静かに灯っていた。
「制限時間は60分。解答欄は魔力を使って記入してください。魔力量は評価に含まれませんので、ご安心を」
筆記試験は魔力記入式。私は手のひらを軽くかざし、文字列を意識する。
解答欄には、淡く浮かび上がる魔力の文字。少しにじんだが、問題なく読めた。
問題は歴史、理論魔術、魔物の基礎知識など、これまでに読んできた本に載っていた内容だった。私は記憶をたどりながら、静かに解答を進めていく。
後ろからかすかに「……っ、むず……」という声が聞こえたが、私は気にせず目の前の問題に集中した。
筆記試験は静かに終わり、次は魔術の実技試験。
与えられた課題は、初級攻撃魔法【風刃】。
私は両手を前に出し、魔力を練る。空気がわずかにふるえ、周囲の風が巻き込まれていく。
──普通なら、そんな現象は起きない。
私の中に集まった魔力が刃となり、鋭くターゲットをえぐった。
木製の標的が削れ、その奥で魔力の余波が弾けて消える。
「え、今……空気、揺れた?」
「初級魔法であそこまで……」
「……あの子、本当に七歳なの?」
周囲のざわめきをよそに、私は静かに一礼し、列へと戻った。
視線を浴びながらも、表情を変えることなく、自分の席へと戻る。
その背中は、他の受験者たちには遠くに見えたことだろう。
翌日、学院の門前に合格者の一覧が貼り出された。
「受験番号27番──メテオール・カエデ」
その名前を見つけた瞬間、周囲の声がざわめき始める。
「やっぱり……あの子、受かってた」
「っていうか、あの年齢で? 本当に?」
「上位合格って噂も出てるよ」
その声たちを背に、私はその場を離れようとした。
──けれど、聞き慣れた声が私を呼び止める。
「カエデちゃん!」
振り返ると、ミリアとリオンが笑顔で駆け寄ってくる。
「受かったんだね! よかった〜!」
「……ミリアさんとリオンさんも?」
「うん! 私もリオンも無事合格! あー、緊張した〜!」
「ミリアの魔術、正直すごかった。支援系であそこまで制御できるの、なかなか見ないよ」
「えへへ、ありがと〜! でも、リオンの剣も安定感バツグンだったし、
……それより、カエデちゃんの魔法、すごすぎない!? 風がビリって震えたし!」
「……そんなにだったかな」
私は首をかしげながらも、少しだけ表情を緩めた。
「入学式、もうすぐだね。楽しみ」
「うん、一緒のクラスだったらいいなぁ!」
私は小さくうなずく。
そうして、私たちは学院の広場を並んで歩いた。
始まったばかりの春の風が、やさしく頬を撫でていた。