[ep.9]私にしかできないこと
次の日、学院は臨時休校となった。
寮で静かに過ごす者、気を紛らわせるように外出する者。
それぞれが、昨日の出来事の余韻と向き合っていた。
カエデはひとり、学院の医療棟に足を運ぶ。
ミリアのいる病室へと静かに入り、彼女の傍に腰を下ろした。
「私が……もっと強ければ、こんなことには……」
ベッドに横たわるミリアの手をそっと握る。
その手は温かく、命の気配は確かにあった。
けれど、何度呼びかけても、彼女の瞳が開くことはない。
——そのはずだった。
(カエデちゃんにしか、できないことをして)
唐突に、頭の中で声が響いた気がした。
聞き間違いなどではない。確かに、ミリアの声だった。
「……ミリア?」
当然、彼女が返事をすることはない。
けれど、その言葉は強く、カエデの胸に残った。
“私にしかできること”
それが何なのかは分からない。だが、心はすでに決まっていた。
「もっと強くなりたい。人を守れるように。二度と後悔しないために」
そう誓って、カエデは病室を後にした。
向かった先は、学院の図書館だった。
かつて自宅の書庫を隅々まで読み漁ったが、学院の蔵書はその比ではない。
彼女はひたすらに本を探し、読み、知識を頭に叩き込んでいった。
この世界には“魔力”というものが存在し、人によってその量や性質が異なる。
人間は魔力がなくても生きていけるが、魔物は魔力を失えば生きられない。
そのため、魔物は魔力の扱いにおいて人間よりも圧倒的に優位だった。
もっとも、一般的な魔物は知能が低く、魔法を使う者は稀だ。
だが——魔人は違う。
魔人は人間と同等の知性を持ち、魔力の扱いにも長けている。
だからこそ、人間の魔法使いが対抗することはほぼ不可能に近かった。
この世界では、魔法使いは攻撃よりも回復や防御を担うことが常識とされている。
だが、カエデは疑問を抱いていた。
(……本当に、それだけなの?)
そう思いながら読み進めるうちに、ある記述に目が留まった。
かつて、魔人に対抗しうる存在が人間の中にいた。
それが、“三大勇者”と呼ばれる者たち。
魔人ですら恐れた、伝説の存在。
(同じ人間でありながら、なぜ魔人と戦えたの?)
記録によれば、勇者の肉体構造は他の人間と異なっていた。
神によって創られた、特別な存在だったという。
カエデは、魔人との戦闘中に交わした言葉を思い出す。
——「勇者は神に創られた存在。だが寿命には抗えなかった。……だから、もういない」
そう。
今この世界には、もう勇者はいない。
魔人に対抗できる存在は、誰一人として残されていない。
(勇者になれたら……でも、神に創られた存在って……)
叶わぬ願い。届かぬ力。
それでも、カエデの瞳は揺るがなかった。
「私にしかできることがあるなら……私は、それを見つけてみせる」
たとえそれが、常識外れな道だったとしても。
まだ眠っている“何か”が、自分の中にあるのだとしたら——
それを、目覚めさせてみせる。
そうしてカエデはまた、ページをめくった。