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あの肌寒い黄昏は、ただ僕を照らしていた

作者: 紫羽 梓

「詩乃宮とは最近どうなん?」


 放課後。

 男女2人きりの教室で何かが起こるという事も無く、寧ろ昔の共通の知り合いについての話題になった。


「もう暫くラインしてないよ。なんかさ、だいぶ前に向こうに彼氏ができたんよね」


 疑問を提起してきた来栖は、少し苦い顔をして相槌を打つ。僕からすればどうということもないのだが。


「まあ多分今は付き合ってないんだろうけど、付き合ってる時に男女で毎日連絡取り合うって流石にねーって話を前々からしてて。んで、それから気まずくて」


「え、てか別れた後も仲良くしてたってこと?」

「え?」


 いまいち話が噛み合って居ない様子だ。

 来栖は人と話す時……いや、少なくとも僕と対話する時、しっかりと目を見て会話しようとする。それがどうにも苦手で、僕はただ虚空を見つめながら話す。


「あー……誤解されてたけど一回も付き合ってないしただの親友みたいなもんだよ」


「あ、え? そうなん!? てっきり小6の時とか付き合ってたもんかと思ってた!」


 よく噂されていたけど、高3の夏までこの身近に居た腐れ縁野郎が知らないとは思ってなかった。


「まあ、他校ってのもあって分かってはいたけど、疎遠にはなりやすくって……。世知辛いわー」


 真夏の5時台は、まだ昼間同然の色を放っていた。

 数時間前までの廊下の喧騒はすっかり無くなって、懐かしい記憶と、少しの寂しさがより際立った。


 ≦≦


 詩乃宮 柚葉


 僕が人生で唯一執着した、親友とも言える人間だ。

 小学校の3年生から仲良くしだしたらしく、それから卒業まで、他の人も交えつつよく一緒に休み時間を過ごしていた。

 幼いながらにもチル友みたいな関係性で、教室で雑談をするのが僕らの過ごし方だった。


 一度だけ、僕は彼女に特別な感情を抱いていた。

 それは後に分かった事だが、恋愛感情でもストーカー心でもなく、詩乃宮柚葉を神格化するような、何とも言い表せない感情だったのかもしれない。


 5年生の頃、軽いいじめにあった。今ではこの時の体験をいじめとすら言っていいのかも分からないが、少なくとも嫌がらせを受けることに敏感になっていた。


 正義感の塊みたいで、まだ綺麗事で世の中を生き続けていた僕は、周りからすれば非常に鬱陶しい存在だったに違いないだろう。


 とはいえ友人は沢山いて、真面目だとか言われて弄られたり、色んな事を自覚した後にはそれが凄く辛かった。1度貼られたレッテルはそう簡単には剥がせないから。


 その頃不登校になりかけていた僕は、合計で10日くらいは休めただろうが、結局親に無理矢理引っ張られてグズりながらも学校に行き続けた。


 ある地点で感情は喪失してきて、ガキながらに考え方は変わって、自分の立場を俯瞰することを覚えた。


 絶望していた日々も今では懐かしいが、それでも今生きているのは、詩乃宮柚葉――。詩乃の存在があったからこそだった。


 彼女は特別僕を大切にした訳でもなければ、この頃はまだ親友と言うには程遠いし、僕の現状を知ってすらいなかった。ただ、1人の対等な友達として接してくれる詩乃は、僕にとっての光となっていた。


 きっと彼女が居なければ、あの時、首元にあてがったナイフで、頸動脈を引き裂いていただろう。


 卒業間近になって、席替えを友達同士で好きに組んでいいよと言われ、好きな人もいれば嫌いな奴もいた、そんな男友達のグループを避けて、詩乃ともう1人の女友達、そして僕で隣同士になったのが懐かしい。


 それも相まって、女好きだとか色んな陰口を相当言われたもんで、でも実際に心から信用できた友達は、今に至っても女子が多いのだから、全て飲み込むことにしている。


 心の発達という側面だったり、自分の性格が女子寄りで、それを自覚しているし疲れるから、高校生になっても男付き合いは浅く広くで済ませている。


 中学生になってからは友人関係が広がり、詩乃が他の人間に取られるのではないかと心配で、しつこく連絡を送っていたような気がする。


 そんな事をするのはこれが最初で最後で、結局そのしつこさが功を奏して、親友とも言えるような立場を掴み取った。


 3年間を通して、テスト期間なんかはお互いに連絡を控えたものの、ほとんど毎日ラインをし、週に数回、何時間もの電話をした程だ。


 その癖に、学校ではほとんどコンタクトを取らず、部活の時だけ最低限の接触をする……。

 そんな絶妙な関係性も、少し2人だけの秘密を共有しているようで楽しかったりもした。


 小、中と記憶が非常に曖昧な僕だが、今でも鮮明に覚えているできごとがある。


 あの時机を並べた3人で、唯一集まった時だ。


 確かその時は中学2年生の10月で、少し肌寒かったのを覚えている。もう1人の方の紗久と、体育終わりにその場のノリで週末に遊ぶことを約束した。


 予定日になって2人きりで待ち合わせをして、歩み始める。「ところで何する?」 いつも詩乃に付いていく一方の僕らは、2人で集まっても何がする決断ができず……。近所のショッピングモールに入ってただ店にすら入らずぶらついたり、古本屋に入って別々に立ち読みし、20分で出たり……。


 困った僕達は近所の公園のベンチに座って少し談笑して、それからノリで詩乃に連絡して、何とか彼女を呼び出すことに成功した。


 それから2時間くらい、少しの寒さと、雲の隙間から時折顔を出す太陽に見守られながら、ただただ話に花を咲かせた。


 こういう対面での3人きりでの雑談は小学校ぶりで。

 2人にとってはただの遊びの延長線でも、僕にとってはこのかけがえのない時間は一生の思い出になった。


 話の内容なんか、覚えてない。


 ただ、去り際、ほんの少しの光が指して、広がった赤色が彼女を美しくライトアップしたその時、僕は彼女の凛々しさに憧れて、詩乃宮柚葉をもう一度、心の底から好きだと感じた。この景色は僕の脳裏に焼き付いて離れない、そんな経験だった。


 ≧≧


 時間も遅かったので別れを告げて、帰路を歩む。

 詩乃宮柚葉は、今一体何をしているんだろう。


 もしかしたらもう恋人と別れているかもしれないし、まだ付き合ってるかもしれない。僕は前者を予想するが、今彼女に連絡を取るのは、僕の中での逃げな気がする。また彼女に縋るのは、僕が今やるべきことじゃない。


 きっと彼女は今必死に勉強してて、大学進学に向けて一生懸命になっている。もし僕がその道を選ぶのであれば、もしかするとまた同じ舞台に立つことが来るのかもしれない。


 そんなことは結局聞いてみなければ分からないままで、でも、それを知る必要は無いような気がした。


 あの時、空いっぱいの夕焼けに包まれた君は、にこやかに笑いながら、「寒いね」と言った。


 ふと空を見上げると、少し空はオレンジがかっていて、真夏にしては肌寒いような気がした。


 ブーッ


 鞄の中からスマホの振動音が鳴る。

 いつもは消しているのだけど、何かの拍子に消音モードがオフになっていたのかもしれない。



 この通知はきっと、詩乃じゃない。


 そんな訳はないはずなのに、少し連絡を見るのが怖くなったような気がした。




『今、君は何をしていますか?

 元気にしていますか?

 覚えてくれていますか?』




 もし叶うならば、僕はもう一度。

 あの肌寒い黄昏時に、君と話をしたい。

 

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