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祠を壊したら鬼が出てきた話

作者: みーこ

「へぇ。壊しちまったのか、コレ」


 声のした方を仰げば、無精ひげを生やした気だるげな男がそこにいた。


「人のものを勝手に壊していけませんって、親に言われなかったのか、おまえは」


 肩より長い黒髪はぼさぼさで、よれよれの着物を着流している。全体的にだらしがなくて、清潔感がまるでない。だというのに、そこはかとなく危険な空気を感じる。何者なのだ、この男は。一体いつからそこにいたのだ、この男は。


「ああ、おれが誰なのか気になるよな。そうだよなぁ……クク」


 男が喉の奥でくつくつと笑う。私は首の後ろがちりちりと焼けるような不快感に襲われた。脳は早くこの場を去れと警鐘を鳴らすのに、身体がまるで言うことを聞かない。金縛りにでも遭ったかのように。


 私は喘ぐように息を吸った。心臓の音がやけに大きい。いつの間にか脂汗まみれになっている。男がこちらに近づいてきた。目の前にいる。いつこんなに距離を詰められた? 私の視線は目の前の男に釘付けになっていた。長い前髪に隠された男の目が、ぎらりと光る。


「まあ、そんな緊張しなさんな。取って食おうってんじゃねぇんだ。なに、おれはおまえに礼が言いたいんだ。ありがとう、ってな」


 男が私の顎をつかみ、強引に目を合わせた。駄目だ。見てはいけない。本能が訴える。それなのに目が離せない。男の赤い瞳から、目を逸らせない。


「この祠はな、おれを閉じ込めておくためのものだったんだ。いやぁ、永いこと閉じ込められていたから、窮屈で仕方なかったぜ。だが、おまえが壊してくれた。お陰でこうしてまた外に出られた。いやぁ、外の空気はいいもんだなぁ。清々しい気分にならぁ。おまえもそう思うだろ?」


「ぅ……あ……」


 私は何か喋ろうとしたが、歯ががちがちと鳴るばかりで、言葉を発するのは叶わなかった。しかし男は気にする様子もなく、話を続けた。


「なあ、おまえさん、何か欲しいものあるか? おれを外に出してくれたお礼だ。おまえが欲しいと思うものなら、何だってくれてやらぁ。何がいい? 使っても使いきれないほどの金か? 浴びるほど飲める大量の酒か? それとも、ああ、帝の首か?」


 男はまた面白そうにくつくつと笑った。この男は何の話をしている。帝の首だなんて、いつの時代の話だ⁉


「ん? 何だ? どれもいらねぇのか? ああ、そうか、わかったぞ。国か。国が欲しいか。クク。欲張りな嬢ちゃんだ。国の主になれば、金も酒も、使い放題、飲み放題ってなあ!」


 そう言ってまた男は笑う。嗤う。


 そしてぴたりと笑い声が止んだ。


「気に入ったぜ、嬢ちゃん。おれはな、おれを前にして気を失わずにいるやつが大好きなんだ。それがおれを倒そうとしているやつでもな。だがおまえにおれを倒せるだけの度胸も技量もないだろう? だからおまえの欲しいものを全部くれてやらぁ。おまえが欲しいって言うなら、おれを倒せるだけの度胸も技量もな」


「うっ‼」


 男が急に私の首筋を噛んだ。鋭い牙が私の首に突き刺さる。男はじゅるじゅると音を立てて私の血を啜った。


「っ……」


 男が口を離すと、私は全身の力が抜けたようにふらふらと倒れ、男が優しく受け止めた。


「だが、まずはあいつらを倒すのが先だ。そうさ。物陰に隠れているあいつらさ。おまえとは違って、この祠に近づくだけの度胸もねぇ弱虫どもだ。ああ、おまえの血、美味かったぜ。強ぇやつの血は美味ぇな。全身に力が漲ってくらぁ」


「待っ……て」


「いいや、待てねぇなぁ。もう随分長いこと待ってたからなぁ、祠から出られるこの時をよ。暴れたくてうずうずしてんだ。クク。知ってたんだぜ? おまえたちがおれを倒しに来たことくらい。だがどうだ。ここまで来たのはおまえさんただ一人だ。他のやつらはおまえを助けようともしない弱虫ばかり。おれはな、ああいうやつらが大嫌いなんだ」


 舌なめずりをする男を恐る恐る見上げると、その頭には、禍々しい二本の角が生えていた。ああ、やっぱり。この男は鬼なんだ。ひなたに出してはいけない、おになんだ。


「手出しも口出しも無用だぜ。雑魚を片付けたら迎えに来るから、そこで待っているんだぞ、お姫様」


 そう言って鬼は跳躍した。太陽の光を隠してしまうくらい、高く。私はただただその場に蹲って震えていることしかできなかった。




 一時間もしないうちに鬼が戻ってきた。至る所に血がついているが、鬼に傷はついていない。全て返り血だ。


「ちゃんとそこで待っていたんだなぁ。クク。逃げ出すかと思っていたが、ちゃあんと約束を守ってくれた。これはおれも約束を守らなくちゃあ、お天道様に叱られらぁ」


 鬼がしゃがみ、血のついた手で私の手を取った。


「さあ行くぜ、お姫様。おれを倒せるくらいの立派な剣士に育ててやらぁ」

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