表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4.裏切りの先に見つけた未来

 エドワードを糾弾したあの騒動が少しずつ収まり、周囲の目も落ち着きを取り戻してきた。

 けれど、私の心はまだ静まらない。

 騒ぎが終わっても、胸の奥でくすぶり続ける痛みは、まるで消えそうもなかった。


 彼に裏切られた現実が、何度も私を打ちのめす。

 彼の優しい微笑みや温かい言葉に、どれほど救われたことか――。

 エドワードとの未来を夢見て、どれだけ努力して彼にふさわしい婚約者であろうと頑張ったことか。


「こんなにも人を好きになったこと、今までなかったのに…」


 エドワードを信じて疑わなかったあの日々。

 彼との時間は本当に幸せだった。

 少なくとも、私はそう感じていた。

 彼も私を信じてくれていると、愛してくれていると信じていた。

 でも、それがすべて嘘だったなんて。


 一人になると、彼との幸せな日々ばかり思い出してしまう。

 彼の笑顔、私に向けた優しい眼差し、そして私たちが共に歩む未来を語り合った日々。

 思い出せば思い出すほど、その全てが偽りだったと知る現実が、私を引き裂くように痛む。


「私は、ただあなたを愛したかっただけなのに…」


 エドワードに裏切られた傷は深く、夜になるとその痛みは耐え難いほどだった。

 それでも、私はヴィンター家の令嬢として、公の場では決して弱さを見せるわけにはいかなかった。

 どれほど胸が張り裂けそうでも、私は気丈に振る舞わなければならない。

 お父様や家の名誉を背負っているのだから。


「どんなに辛くても、誰にもそれを見せてはいけない…」


 公衆の面前では、堂々としている私を皆が見ていた。

 彼らは私がどう振る舞うかに注目している。

 あの騒動があった後、エドワードとの婚約破棄も公然の事実となり、私に対する視線は一層鋭くなっていた。


「リリアナ様、何事もなかったかのように凛としていますわね」


 貴族たちが私に囁く同情や、褒め言葉を耳にしながらも、私はその言葉の奥にある好奇の目に気づかぬふりをする。

 彼らはただ噂話のネタを求めているだけ。

 それが分かっていても、私は笑顔を崩さない。


「私はヴィンター家の令嬢。誰よりも堂々としていなくてはならない」


 私は自分にそう言い聞かせるたびに、何とか立っていられる。

 エドワードに裏切られたことで、貴族社会の中で私がどれだけ弱くなったか、誰にも知られてはいけない。

 家の名誉を守るためには、私は強くならなければいけないのだ。



 エドワードに裏切られた傷がまだ癒えないまま、私は日々の生活を淡々とこなしていた。

 けれど、その中で感じる孤独は、決して埋まることはなかった。

 心の中にぽっかりと空いた穴を、どうにかして埋めようとするも、それはいつも虚しく残る。


 そんな私のそばに、ルシアンがいた。


 彼はいつも私の近くにいるけれど、私との距離を慎重に保っている。

 私の傷ついた心に触れることを恐れているのかもしれない。

 彼は優しすぎるから、私が壊れないように気を使ってくれているのだと分かっている。

 でも、その優しさに触れるたび、私の心は揺れ動いてしまう。


 ある日、私がひとりで庭園を歩いていると、ルシアンが静かに近づいてきた。

 距離を保ちながらも、彼は私に寄り添おうとしているのがわかる。


「リリアナ嬢、少し疲れているみたいだな。何か手伝えることがあれば言ってくれ」


 その声はいつもと同じく優しく、でもどこか戸惑いが感じられた。

 私にどう接すればいいのか、彼も迷っているのだろう。

 私だって、どう答えればいいのか分からなかった。

 だから、距離を取る形で、私は彼にそっけなく答える。


「お気遣いは不要ですわ、ルシアン殿下。私は大丈夫ですから…」


 そう言って微笑んでみせたけれど、心の中ではどこか不安定な自分がいるのが分かった。

 彼の優しさに甘えたい気持ちと、距離を置きたい気持ちがせめぎ合っていた。

 これ以上誰かに頼るのが怖い。

 もう傷つきたくなかった。


 けれど、ルシアンはそんな私の心を見透かしていたかのように、そっと私に言葉をかける。


「無理はしないでほしい。辛いときは、私がそばにいよう」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。

 彼もきっと迷いながら、私を支えようとしてくれている。

 それが分かって、少しだけ肩の力が抜けた。


「ルシアン殿下…あなたはいつも優しいですわね。どうして、そんなに私に親切にしてくださるのですか?」


 距離を保ちながらも、私は彼に問いかけた。

 彼がこんなにも私に気を配ってくれる理由が、どうしても知りたかった。

 彼の優しさが、私の心を揺さぶるから。


 ルシアンは一瞬、言葉を選ぶように視線を逸らしたけれど、すぐに私に真剣な目で答えてくれた。


「君がこれ以上傷つかないように。そう思っただけだ」


 彼の言葉に、私は心が少しだけ救われるような感覚を覚えた。

 彼は私のことを本当に大切に思ってくれているのだと分かり、今まで心の中で感じていた孤独が、少しずつ薄れていくのを感じた。



 その日を境に、私はルシアンと過ごす時間が増えていった。

 彼といると、これまで感じていた孤独や不安が少しずつ和らいでいく。

 彼の静かさと、時折見せる優しさが、私を安心させたのだ。


 一緒に話をしていると、彼の物静かで知的な一面に惹かれていく自分に気づいた。

 エドワードのことをまだ引きずっていた私だけれど、ルシアンと過ごす時間が増えるにつれ、彼に対する感情が少しずつ変わっていった。


「ルシアン殿下といると、不思議と心が落ち着く」


 いつしか、彼との会話が一日の楽しみとなり、彼の存在が私にとって欠かせないものになっていった。


 その日も、私は庭園で静かに考え事をしていた。

 これからの事と――最近のルシアンとの関係について。

 彼はいつも私を気にかけてくれているけれど、どうしてそこまで親切にしてくれるのか分からなかった。

 彼に聞いてみたくて、けれど何となく遠慮していた。


 でも、このままでは何も分からない。

 勇気を出して、彼に尋ねてみよう。


 ルシアンが現れた瞬間、私は少しだけ緊張しながら彼に向き直った。


「ルシアン殿下、ひとつ伺いたいことがございます。どうして私をこんなにも助けてくださるのですか?エドワード様の婚約者であった私を、どうして…?」


 私の問いに、彼は一瞬驚いた表情を見せたけれど、すぐに微笑んで答えてくれた。


「実は…君と会ったのはこれが初めてではないのだ」

「え…?いつ…?」


 私は思わず聞き返した。そんな記憶は全くなかったのだから。


「君が小さいころ、まだ幼い公爵令嬢だった時、私は一度君に会っている。でも、その時君は、私のことなんて気にしていなかっただろうな。君はいつも笑顔で、皆に優しかった…そんな君を見て、私は君がどんな人なのか、ずっと気になっていた」


 彼の言葉に私は驚きを隠せなかった。

 私にはリリアナの幼かった記憶がない。

 ゲームでもリリアナの過去なんてものは出てこなかったのだ。

 どうやら昔のリリアナは悪役令嬢ではなかったらしい。

 彼はずっとそんなリリアナを気にかけていたのだ。


「そうだったのですね…。申し訳ございません。私は全く覚えていませんでしたわ」


 ルシアンは少し照れたように、でも真剣な表情で続けた。


「君がエドワードの婚約者になり、私には君を遠くから見守ることしかできなかった。君が幸せなら、それで良いと思っていたんだ。でも…エドワードの陰謀を知った時、もう見ているだけではいけないと思った。だから、君を助けようとしたんだ」


 彼の言葉を聞いた瞬間、胸の中に込み上げてくるものがあった。

 私を陰ながら見守り、エドワードの陰謀から守ろうとしてくれたその優しさに、心が震えた。


「ルシアン殿下…」


 彼は静かにうなずいた。

 その眼差しはまっすぐで、私を包み込むような温かさがあった。

 今までの彼の態度がすべて、私を守りたいという想いから来ていたことに気づいた瞬間、涙がこぼれそうになった。


 でも、私は涙をこらえて笑顔を見せた。

 こんなにも私を大切に思ってくれる人がいることに、ただ感謝しかなかった。


「殿下がいてくださって、本当に心強いですわ。ありがとうございます、ルシアン殿下」


 彼は優しく微笑んで頷いた。

 そして、そのまま少しだけ私に近づいた。


「リリアナ嬢…君には幸せになってもらいたい。ずっとそう思っている」


 彼の優しさと真摯さが、私に少しずつ新しい未来への希望を与えてくれている。

 エドワードとの過去を乗り越え、今、私は彼の支えのもとで少しずつ前に進んでいけるような気がした。



 エドワードとの苦い経験があったから、もう誰かを信じるなんてできない。

 そう思っていたはずなのに、ルシアンが私のそばにいると、少しずつその心の壁が崩れていくのを感じていた。


 彼はいつも優しく、私を支えてくれる。

 彼の言葉や仕草からは、私を大切に思っていることが伝わってくる。

 それなのに、心の中でどうしても晴れない不安がある。

 それは、彼が本当に気にかけているのはゲームの「リリアナ」ではないかという疑念だった。


「ルシアン、あなたが気にかけているのは、私ではなく…あのリリアナなのではないでしょうか?」


 私は何度も心の中で自問自答した。

 だって、私はこの世界に転生してきた人間だ。

 ここにいる私は、「リリアナ」としての役割を演じているに過ぎない。

 私自身を信じてくれているわけではないのかもしれない。

 彼の目には、私がどう映っているのだろう?

 私を見ているのか、それともゲームの「リリアナ」としての私を見ているのか。


「ルシアン殿下、私にとってあなたは特別な方です。でも、私は本当にあなたの期待に応えられる存在なのかしら…?」


 ルシアンに対して感じているこの特別な感情が、本物だと信じたい。

 でも、私が感じているこの葛藤はどうしようもなく私の心に影を落としていた。


 彼は、私を「リリアナ」として大切にしている。

 彼が幼い頃から気にかけていたのは、ゲームで描かれていた「ヴィンター家の令嬢リリアナ」だったはず。

 彼にとって、私は偽物。そんなことを考えると、彼の優しさが時折、少しだけ苦しく感じる。


 でも、彼がそばにいる時、私の心は少しずつほぐれていく。

 彼と話していると、エドワードとの過去が遠ざかり、少しだけ未来が明るく見える。

 こんな感覚は久しぶりで、忘れていたものだった。


「もしかしたら、もう一度誰かを信じてもいいのかもしれない…」


 そう思える自分がいるのも事実だった。

 ルシアンがそばにいてくれると、心が安らぎ、また誰かを信じてもいいのかもしれないと感じ始めている。

 だけど、私が信用されてるのは「リリアナ」としてなのか、それとも「私自身」なのか。その疑念が拭えない限り、完全に心を開くことはできない。


 それでも、彼の支えがなければ、私はもっと孤独に押しつぶされていただろう。ルシアンの優しさに、少しずつ心を許していく自分がいるのは確かだった。


「ルシアン様…あなたとなら、信じてもいいかもしれない」


 私の心の中で、彼を信じたいという気持ちと、彼が私を「リリアナ」としてしか見ていないのではないかという不安がせめぎ合う。

 そんな葛藤を抱えながらも、彼の存在が私にとってどれだけ大切か、少しずつ気づき始めていた。


 以前は、彼の優しさに救われているだけだと思っていたけれど、最近は彼がそばにいると自然と心が安らぐ。


 ある日、二人で庭園を散歩していた時、私はふと彼の隣を歩く自分に気づいた。

 彼と話していると、心の奥が温かくなるのだ。

 それに気づいた瞬間、少しだけ恥ずかしくなって、ふと目を逸らした。


「リリアナ嬢、今日は穏やかだな」


 ルシアンの言葉に、私は微笑んでうなずいた。


「ええ、そうですわね。最近は落ち着いた日々が続いていますから」


 でも、ただの会話に過ぎないのに、彼の声を聞くたびに胸がドキドキするのがわかる。

 どうしてこんなに彼のことを意識してしまうのだろう?

 彼の隣にいるだけで、自然と幸せな気持ちになる。

 けれど、それが恋愛感情なのかどうか、まだはっきりと分からなかった。


 舞踏会があった夜、星が美しく輝く庭園で、私たちはまた一緒に過ごしていた。

 ルシアンは黙って星を見上げていて、その横顔に何か思い詰めた表情が見えた。

 何を考えているのかは分からなかったけれど、少しでも彼の心の中を知りたくなっていた。


「ルシアン殿下、今日は何か考え事をされているのですか?」


 私がそう尋ねると、彼は一瞬驚いた顔をして、でもすぐに柔らかい笑顔を見せた。


「大したことじゃない。ただ最近、君と一緒にいると、落ち着くと思ってただけだ」


 その言葉に、私の胸が少しだけ熱くなる。

 彼が私と過ごす時間を大切に思ってくれていることが、嬉しくてたまらなかった。

 でも、同時にその言葉が意味するものに少し戸惑いを感じた。

 彼が何を考えているのか、まだはっきりと見えない。


「私も、ルシアン殿下と過ごす時間がとても穏やかで…心地よいですわ」


 私たちの間には、これまでの関係を超えた何かが生まれつつあるのを感じるけれど、まだそれが何なのか、私自身はっきりと理解できない。

 ただ、彼が特別な存在であることだけは確かだった。



 エドワードの陰謀を阻止し、ヴィンター家と私の名誉は守られた。

 けれど、その代償に私は多くを失った。信頼、希望、そして未来への明るい展望。

 それでも、そんな私のそばにはルシアンがいた。

 彼がそばにいることで、私は少しずつ前を向くことができるようになっていた。


 私とルシアンは、これまで以上に多くの時間を一緒に過ごしていた。

 彼と話していると、心の奥に残っていた傷が少しずつ癒されていくのを感じる。

 そして、気づけば彼といる時間が私にとって最も安らぎを感じる瞬間になっていた。


「ルシアン殿下、こうして穏やかに過ごせる日がまた来るとは思いませんでしたわ」


 私が湖のほとりでそう言うと、ルシアンは静かに微笑んだ。


「私も同じだよ。でも、君が頑張ったからこそ、今こうしていられるんだ」


 彼の言葉に、私は少し照れくさくなりながらも、彼がそばにいてくれることに感謝した。


 ある日、ルシアンが私を特別な場所に連れて行ってくれた。

 王家の領地の端にある小高い丘で、そこからは美しい景色が一望できた。

 夕日が地平線に沈みかけ、空が柔らかなオレンジ色に染まっていた。


 二人きりの静かな空間で、私の心臓はいつもより早く鼓動していた。

 ルシアンの表情もどこか真剣で、何かを決心しているように見えた。


「リリアナ…」


 彼が私の名前を呼んだ瞬間、空気が一瞬、止まったかのように感じた。

 彼の瞳がまっすぐに私を見つめていて、そこにはいつもの穏やかさとは違う、何か深い感情が込められていた。


「私は、君を愛している」


 その言葉が耳に届いた瞬間、胸がドキンと跳ねた。

 信じられない思いで、私は彼を見つめ返す。


「ルシアン殿下…?」


 彼は一歩、私に近づいてきた。

 彼の瞳には、嘘偽りのない真実が映し出されていた。


「ずっと君を見てきた。エドワードとの婚約があって、私は君に何も言えなかったけれど、君が強く立ち向かっている姿を見て、私はますます君に惹かれていった。君は私にとって唯一無二の存在なんだ」


 彼の声が私の胸に染み渡った。

 彼の言葉には、深い愛情と共に、これまでの葛藤が滲んでいた。

 エドワードの婚約者であった私を見守り続け、そして今、こうして告白してくれた彼の心の重さが痛いほど伝わってきた。


 私はその場で足が動かなくなり、ただ彼を見つめ続けていた。


「私なんて、エドワード様に裏切られて、もう人を信じることなんて出来ないと思っていました。でも、ルシアン殿下、あなたの優しさに触れて、私はまた人を信じることができるようになったんです」


 私はそう言いながら、涙がこぼれそうになるのを感じた。

 彼は私の心を、何度も救ってくれた。

 彼の存在があったからこそ、私はここまで来ることができた。


「ルシアン様…私も、あなた様を愛しています」


 その瞬間、彼の瞳が輝き、優しく私の手を取った。

 彼の温かい手の感触に、私は安心感と幸福感に包まれた。


 その後、私たちは新しい未来を共に歩むことを誓い合った。

 ルシアンと手を繋いでいると、これからの道はどんな困難が待っていようとも、乗り越えられるという自信が湧いてきた。


「これからは、あなたと共に歩んでいきますわ」


 私は彼にそう誓った。

 彼もまた、しっかりと頷き、私を支えてくれることを約束してくれた。


「私も、ずっと君のそばにいる。君が辛い時も、嬉しい時も、これから先のすべてを一緒に歩んでいきたい」


 私たちは、互いに支え合いながら新たな時代を迎えることになった。

 エドワードとの過去はもう振り返らない。

 これからは、ルシアンと共に未来を築いていく。

 それが私にとっての何よりもの幸せだ。


 そして、二人で共に歩む私の知らないシナリオは、これからも幸せに満ちたものになると信じている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ