1.「悪役令嬢」に転生
その日、仕事でのミスを上司に叱責された私は、家に帰ってからまた乙女ゲームに没頭していた。
現実の世界は、毎日が仕事と上司の怒鳴り声でヘトヘトだ。
だからこそ、ゲームの中では完璧な恋愛模様を楽しめる乙女ゲームが唯一の癒しだった。
好きなキャラたちと会話し、豪華なドレスを着た美しいヒロインになりきって、心地よい空想の世界に逃げ込んでいた。
「今日も頑張った、私。」
そんな言葉を心の中で呟きながら、ベッドに倒れ込む。
スマホの画面には乙女ゲームが映し出されていて、メインシナリオが進行中だ。
ストーリーも終盤で悪役令嬢リリアナ・フォン・ヴィンターが処刑されている。
リリアナはエドワード王子の婚約者で、華やかな見た目とは裏腹に、嫉妬に狂って悪事を働き、最終的には婚約を破棄されて処刑される。
リリアナはメインシナリオ以外でも、主人公を妨害してなんだかんだで処刑される。
それが彼女の運命。
「リリアナへの復讐完了!っと。もしも私がリリアナだったら絶対こんなバカなことしないのになぁ」
そんなことを考えながら、知らないうちに意識が遠のいていった。
そして次に目を覚ました時、私は豪華な天蓋付きのベッドの中で横になっていた。
部屋全体は豪華絢爛、壁には美しい絵画がかけられ、シルクのカーテンが風にそよいでいる。
まるでお姫様の部屋のような光景だ。
「え、ここ、どこ?」
目を見開きながら、私はベッドから飛び起きる。
周囲を見渡すと、見覚えのある装飾品や家具が並んでいることに気づいた。
これは、私が昨夜まで遊んでいた乙女ゲームのリリアナが住んでいた部屋にそっくりだった。
「まさか…そんな…」
急いで鏡の前に駆け寄ると、そこに映っていたのは、ゲームで見たことがある豪華なドレスを身にまとった「リリアナ・フォン・ヴィンター」の姿だ。
美しく整った顔立ち、豊かなブロンドの髪、そして冷たそうに見える青い瞳が私をじっと見返している。
「え、ちょっと待って、これ夢だよね?私、どうしてリリアナになってるの?」
最初は夢だと思いたかった。
目を覚ませば、いつもの狭いアパートの部屋で、いつものように仕事に行く準備をしなきゃいけない現実が待っているはずだと。
でも、どうやらこれは夢じゃないみたい。部屋の外から使用人らしき人々の声が聞こえてきて、さらに状況の異常さを実感してしまう。
「お嬢様、朝のお支度の準備が整いました。まもなく朝食の時間です」
目の前に広がる世界は憧れの乙女ゲームの世界だけど、私は外から遊ぶプレイヤーじゃなくて、この世界に生きる一人の人間になってしまった。
ここで何もしなければ、リリアナの運命通り、最悪の結末が待っているだけだ。
私はこの運命を変えるために、全力で立ち向かわなければならないのでは?
私が転生したリリアナは、乙女ゲーム内では「悪役令嬢」として描かれている。
作中ではリリアナはエドワードの婚約者だ。
エドワードは乙女ゲーム内で最も人気のあるキャラクター。
高貴な生まれ、完璧な容姿、そして誰もが憧れる理想的な王子様。
金色の髪は太陽の光を受けて輝き、その澄んだ青い瞳はまるで海のように深い。
身長も高く、彼がいるだけで周囲に存在感が漂う。
彼の姿はどこから見ても完璧で、まるで絵画から飛び出してきたかのような美しさだ。
リリアナは婚約者でありながら、彼に執着しすぎて嫉妬に狂い、ゲームの主人公アリスを陥れようと陰謀を巡らせる。
しかし、全てが失敗し、最後にはエドワードとアリスにその悪事を暴かれ、婚約を破棄され、処刑されるという最悪の運命が待っていた。
そのメインシナリオを、私は何度も見た。
リリアナの愚かさ、エドワードの冷たい目、そして何もかも失って孤独に死んでいく彼女の姿は、プレイヤーとしてゲームを楽しんでいた頃はただのフィクションだった。
でも、今は違う。
私が何もしなければ、その悲惨な結末が現実になってしまう。
私が彼女のように振る舞わなければ、この運命は変えられるはず。
誰にも悪役令嬢だなんて思われないようひっそりと生きなきゃ。
とにかく、あの運命を避けるために、まずはエドワードに嫌われないようにしないと。
彼に信頼される婚約者として、私自身も変わる必要がある。
ゲーム内でのリリアナのように、全方位にヘイトをまき散らさないようにしないと。
まず、悪役令嬢なんて呼ばれないためには、ゲーム内のリリアナとは正反対の行動を取ることが必要だ。
リリアナはゲームの中で自己中心的で、周囲に敵を作り、王子の信頼を失ってしまった。
だから私は、誰にでも優しく、冷静に振る舞い、常に品格を保とうと決めた。
それに、貴族社会での立ち振る舞いは思った以上に複雑だ。
毎日が政治的な駆け引きと礼儀作法の戦場。
少しの言動が誰かの機嫌を損ねたり、誤解を生むこともある。
でも、今の私は冷静な判断をし、誰に対してもフェアに接するべき立場にいる。
これができなければ、リリアナの未来は変わらない。
「私は一般市民なのに貴族の振る舞いとかわからないよ...」
手探りで社交をこなしていると、少しずつだけど、周囲の評価も変わってきた気がする。
以前のリリアナならば嫌われていたはずの相手からも、今では感謝されることが増えてきた。
少なくとも、今のところ順調…かな?
エドワードとの婚約は、純粋な恋愛からではなく、ヴィンター家の力を背景にした政略結婚だ。
王位継承を有利に進めるため、ヴィンター家の支援を受けるためにリリアナが選ばれた。
だから、エドワードにとって私はただの政治的な駒に過ぎない。
でも、それだけで終わりたくない。
私はこの婚約を成功させ、彼にとって「完璧な婚約者」になりたい。
形式だけの関係ではなく、彼に信頼され、そして彼に愛される存在になれたら…。
そのためには、まずは自分を磨き、エドワードにふさわしい令嬢として振る舞う必要がある。
彼の前では、常に冷静で、品位を保つことを心がけている。
まだ完全に心を開いてくれているわけではないけれど、少なくとも彼は私を嫌っていない…と思う。
それだけでも、十分進展している証拠よね。
彼の好きなこと、嫌いなこと、趣味や好みなど、できる限り調べて、その話題を自然に振るようにしている。
多分、彼に嫌われたらすべてが終わると思う。
最近はエドワードと話しているとき、少しだけだけど、彼の微笑みが柔らかくなってきたように感じる。
もしかして、彼は私のことを少しは認めてくれているのかもしれない。
私たちの婚約は、形式的なものから少しずつ本当の絆に変わっていく…そんな予感がしている。
時間が経つにつれて、エドワードと過ごす時間が心地よくなってきた。
彼の穏やかな声、優しい目つき、それに彼が時折見せる微笑みに、私は次第に心を奪われていった。
もともとゲームの中で人気キャラクターだったエドワード。
でも、こうして実際に彼と過ごすと、ゲーム以上に彼の魅力を感じてしまう。
本当に、完璧な王子様。
彼の金色の髪が風に揺れ、その輝きが私の目を奪う。
彼がいるだけで、周囲の風景がまるで絵画のように美しく見える。
「エドワード様、私は…」
ああ、言いかけてしまった。
こんな気持ち、言葉にできるわけがない。
でも、彼をただのゲームのキャラクターとして見ていた私が、今では本当に彼を好きになってしまっているなんて。
エドワードが笑顔を見せる瞬間、その優しさが垣間見える。
それが私の心を動かしてしまう。
彼は完璧な王子でありながら、時折見せるその一瞬の微笑みが、私にとって特別なものに感じられた。
今の私の宿敵、乙女ゲームの主人公アリスは、まさに天使のような存在だ。
純真無垢で、すべての男性キャラクターを虜にしてしまう力を持っている。
彼女は小柄で、肩にかかるほどのふんわりとした茶色の髪で、大きな瞳は透明感があり、まるで無邪気な子供のような純真さを感じさせる。
その笑顔は、まるで世界を明るく照らす太陽のようで、誰もが彼女に目を奪われてしまう。
アリスの声は、柔らかく、心を癒すような響きがある。
その優しさと清らかさが、ゲーム内では数多くの男性キャラクターたちを魅了してきた。
ゲームでは、私も彼女に惹かれるキャラクターたちを楽しんで見ていたけれど、今は立場が違う。
アリスは、どうかエドワードには近づかないでほしい。
私は彼女のことを無邪気で好意的に見ていたけれど、今はその純真さがかえって恐ろしい脅威に感じている。
私の婚約者であるエドワードが彼女に近づかれたら、ゲームと同じ運命をたどるかもしれない。
だから私は考えた。
アリスをエドワードから遠ざけるには、彼女が他の男性キャラクターに夢中になるように仕向けるしかない。
幸いにも、この世界にはエドワード以外にも魅力的な男性キャラクターがたくさんいる。
アリスにとっても興味を引く存在は多いはず。
アリスが他の方に気を取られてくれれば、私は安泰だ。
私は彼女が他のキャラクターに接近する機会を作り、自然な形でエドワードから距離を置かせるよう計画を立てた。
これでうまくいけば、エドワードを守れるはず。
作戦成功の暁には、私の心の安息も得られるかもしれないね。
王宮の庭園で、今日もエドワードと一緒に散策することになった。
美しい花々が咲き乱れ、爽やかな風が吹き抜ける中で、彼と歩く時間は私にとって特別なものだ。
彼の横顔を見るたび、私の心は少しずつ彼に惹かれていく。
「今日は本当に穏やかなお天気ですわね。エドワード様、お忙しい中お時間をいただけて光栄ですわ」
私は、できる限り落ち着いた声で話しかけた。
エドワードは忙しいお方だから、こうして一緒に過ごす時間を得るのは貴重だ。
私が笑顔を向けると、彼も軽く微笑んで応えてくれた。
「君と過ごす時間は、僕にとっても大切だよ。リリアナ、君の品位と誠実さは、周囲からもよく伝わっている。僕もそれを聞いて誇らしく思うよ」
「まぁ…そのようにおっしゃっていただけるなんて、嬉しいですわ。まだまだ至らない点も多いかと思いますが、私、これからも精進して参りますわ」
彼からの褒め言葉に、胸が高鳴った。
エドワードは、常に落ち着いていて、その言葉に裏表がない。
彼が私を信頼してくれているのだと感じると、自然と気持ちも前向きになる。
エドワードの青い瞳が私をじっと見つめ、彼の金色の髪が光を受けて美しく輝いていた。
彼の隣にいるだけで、心が温かくなるのを感じる。
「君が婚約者として私を僕を支えてくれていることに感謝しているよ」
「エドワード様にそのようにおっしゃっていただけることが、私にとっては何よりも励みになりますわ。私、エドワード様のお力になれるよう、今後も努力を惜しみません」
彼の視線が私の言葉に優しく応えてくれた瞬間、私はエドワードが少しずつ心を開いてくれていると感じた。彼との会話は形式的なものではなく、心からのやり取りに変わっているのだ。
「リリアナ、君といると公務を忘れ穏やかに気分になれる。だからこそ、君との時間は貴重だよ」
その言葉は、私にとって大きな救いだった。
エドワードは私を尊重してくれている。
彼が私に対して感じている信頼が、私の努力を裏付けてくれているのだと感じた。
「エドワード様…そのようにおっしゃっていただけることが、私の支えとなりますわ」
エドワードは再び微笑み、私を優しく見つめていた。
その微笑みは、今まで見てきた彼の姿とは違い、どこか温かさを含んでいる。
政略結婚という形式から始まったこの関係も、少しずつ変わってきているのかもしれない。
今のところ、私の計画は順調だ。
エドワードとの関係も良好で、アリスも他のキャラクターに夢中になっている。
私はこのまま彼との関係を深め、処刑なんて未来を完全に回避してみせる。
そう、私はきっと、素晴らしい未来を手に入れられる!