9. 王立魔法学院の編入生
「乙女ゲーム」の「ヒロイン」――――ユリナはその後、学院に編入する運びとなった。
混乱するユリナを強引に丸め込み魔力の感知に連れていけば、ユリナの魔力は学院内でわたくしの次に多かった。王族であるギルバートよりも。
エリーゼの言う通りその魔力は光属性に適性があり、それを受けてユリナは聖女と認定され、身元は教会預かりとなった。
最近の学院はユリナの話で持ちきりである。
「どういうつもりだ。クレア」
とある昼下がり、わが国の第三王子殿下は顔を顰めて学食に現れた。
「ご機嫌よう、ギルバート殿下。どうしたのかしら、怖い顔をして」
アルと一緒に食事をとっていたわたくしの斜め向かいの席、つまりアルの隣に腰を下ろした殿下は「どうしたもなにも、」とため息をついた。
その様子を見ていた誰かが「そっち側に座るんだ……」と囁く。
「お前が聖女をこの学院へ編入させたと聞いた。なぜそんなことになっている?」
「ユリナのことかしら?友人と市井に遊びに行ったときに知り合っただけよ」
「……お前が?友人?」
「なによその顔は!なにか言いたいことでも?」
茶会に参加しても誰も寄せ付けず誰とも話さず帰宅していたお前が?と。魔術書の全文は覚えられるのに同じクラスの生徒の名前すら覚えられないお前が?と。従者は友人とは呼ばないんだぞ?と。
失礼すぎるギルバートの発言を食事に集中することで聞き流していると、とりあえずそれは置いておいて、と勝手に話を進められた。
「その聖女だが、学院に慣れるまで世話役をしろと言われた。俺が」
「あら、そうなの。国としても聖女は丁重に扱わなければならないものね」
「殿下に気にかけてもらえるならユリナ様も安心ですねー」
「お前たちの仕業だろう」
仕業、というのは主に咎められる行為についていう言葉である。心外だ。
「お前が拾ってきたのだからお前が世話をすればいい」
「それが学院の生徒会長様の言うこと?」
「光魔法に適性があるのならそれこそクレアが指導者として適任だろう」
「あの子、まだそんな段階じゃないでしょ。市井育ちで魔術の初歩すらわかってない。それにわたくし、生まれながらの魔術の天才だから人に教えるのって苦手だわ」
凡人の気持ちがわからない天才、と兄王子たちが陰で言っていた皮肉を引用すれば、痛いところを突かれたようにギルバートは眉を顰めた。自分の兄たちの態度について一応思うところがあったようだ。
いやでもお前学院で講師をしているよな?という言葉は都合が悪いので無視をする。わたくしが講師をしているのは主に実戦の授業だし、聖女の世話をしている暇なんて本当にないもの。
「……そもそも俺は、クレアという婚約者がいる立場で」
「わたくしが許可しているんだからなんの問題もないわ。あなたはわたくしと違って、皆に平等な王子様なんだから」
「……チッ」
「ねえ、いま舌打ちした……?」
「してましたねえ。王子様の舌打ちだ」
わたくしたちの話を聞きながら呑気に食事をとっていたアルのほうを見ると、やはり呑気に頷いている。主人が舌打ちされたのに。
どちらに文句を言ってやろうかと思案していると、学食のカウンターのほうから歓声が上がったのが聞こえた。
3人揃ってそちらに視線を向ける。
「あら、噂をすれば」
騒ぎの渦中にいるのはどうやらヒロインのようだ。
目を凝らすとユリナが食事を山盛り乗せたトレーを両手に持っており、そのバランス感覚に生徒たちが感心しているところだった。何その状況?
「学院の生徒は学食が無料ですからねー」
「だからってあんな量頼まなくても……!教会はあの子にちゃんとご飯を食べさせてるの?」
「……厚遇を受けていると聞いているが?」
普段であれば「平民の小娘がなんて欲汚い!」と罵る生徒が現れてもおかしくはないのに、聖女と認められてフィルターがかかっているのか、一周回って大道芸を見たような感覚なのか、不思議と生徒たちは学食で欲張ってあんなことになっているユリナを受け入れている様子だ。
けれど一部ではいまは教会預かりになったといっても市井育ちのユリナへ差別がある生徒はいるらしい。今のところは表立った揉め事は起きていないが。
そんなことより大量の昼食を手に入れたユリナがよたよたと歩いているのが気になる。今にも溢しそう。
たしかにこの学院の学食は貴族の令嬢令息の味覚や金銭感覚に合わせて、王室お墨付きのシェフを雇い高級食材を使って調理したものを提供しているため、ユリナからすれば物珍しいのだろうけれど。実家が食堂だから食べるの大好きです!とこのまえ言っていたもよね。それにしても持てる分だけ取ってあとでおかわりしたらいいのに。
3人で呆然とユリナを眺めていたら、こちらへ気づいたらしい彼女と目が合い、満点の笑顔が向けられた。
「おお。お嬢様に対してあんな無邪気な笑顔を向ける方、初めて見ましたよ」
「どういう意味よアルノルド」
「ああ、手まで振ろうとしている……両手にトレーを持って……」
「ヒヤヒヤするわねあの子……」
両手が塞がっているのにこちらに笑顔で手を振ろうとして、体をぴょんぴょんと揺らしているユリナをこれ以上放っておけない。食器すべてをひっくり返す気しかしない。
「黙って見ていないで助けに行ったらいかが?」
「……俺が?」
「だって世話役なんでしょう」
俺は荷物持ちなど命じられていない、と心底不服そうな顔をした後、もう一度ユリナを見て、そして根負けしたようにため息をつきギルバートは席を立った。わたくしに何を言っても無駄なことがわかったのだろう。
それにギルバートは本来面倒見のいい人だから、なんだかんだ言ってもユリナのことを放っておけないのだと思う。
「……クレア。聖女を使って何を企んでいるのか知らないが、お前の手には乗らないからな」
「はいはい」
「アルノルド、お前もだぞ。こいつに好き勝手させるな」
「はあい」
わたくしのみならず従者にまで釘を刺したギルバートは、それから、とまだ言いたいことがあるようだ。
「教会には気をつけろよ。詳しくは言えないが聖女のこともあって妙な動きがある」
真面目な顔をしたギルバートに適当に頷くと、彼はもう一度ため息をついて今度こそヒロインのほうに歩みを進めた。
エリーゼが言うには、ゲームのシナリオとして、同級生であるギルバートが編入生のヒロインに学院についていろいろと教えているうちに仲が深まり、ギルバートルートに入ることになるらしい。
時期的な意味で予定は狂っているものの、裏から手を回しユリナのことをギルバートに任せることに成功したので予定調和はうまくいってるはずだ。
これをきっかけにギルバートとヒロインには、もっと仲を深めてもらわなければ困る。
「ギルバート殿下とユリナ様、並ぶとお似合いですねえ」
「あら、たしかにそうねえ」