8. ヒロインとの遭遇
「なあ、そこのお嬢ちゃん」
屋台の串焼きかなにかを買いに行ったお馬鹿ふたりをベンチに座って待っていたとき、3人の男たちに話しかけられた。無視して読んでいた魔術書から顔を上げないでいると「聞いてる?」とさらに話しかけてくる。
「あんた、見るからにかなりいいとこの貴族の令嬢だろ?お綺麗な顔に、着ているものも上等だ。やっぱり貴族様は違うなァ」
「こんなところに護衛もつけずにひとりでいるなんて、世間知らずにも程があるぜ」
卑下た笑い声が耳に障る。無視を続けていると苛ついたように肩を掴まれた。
ちょっとお兄さんたちと遊ぼうぜ、と言われたので、アルたちが帰ってくる前に片付けようと腰を上げたとき、
「待ってください!!!」
ウェーブのかかった薄ピンクの髪に藍色の瞳の少女が当然視界に入ってきた。細くて頼りない背中がわたくしを男たちから庇うように立つ。
「なんだこの女?」「でもこっちの女も美人だな」などと言われて怯えているのは見るも明らかなのに、震えながら立ち向かっている。
「大丈夫ですか!?なにもされてませんか!?」
「……ええ、なにも」
なんなら今からわたくしがそのなにかをしてやろうとしていたところなので、放っておいてくれても構わなかったのだけれど。
藍色の瞳は心配そうに歪み、それは善良な人間の目だった。
(この子、ヒロインだわ。)
たしかに、正式な鑑定をしなくてもわかるほどの魔力量の多さだ。わたくしよりは少ないかもしれないが、わたくしは異質なので仕方がない。エリーゼが言っていた容姿の特徴にも合致する。
本日の目的が無事に見つかり、そうとなれば喚いているこの男たちは邪魔である。
わたくしたちのほうに伸ばしてくる汚らしい腕を魔術を発動して氷結させると、男たちは狼狽して怯んだ。無理やり体を動かそうと氷の割れる音がしている。その隙に拘束魔法も発動して動けないようにした。
「!?魔術か……!?」
こんなところで騒ぎを起こすとあとが面倒なのであまり派手な魔術は使えないのだけど、市井で魔術を見るのは珍しいのか、貴族の令嬢だと舐められていたのか、こんなもので怯えてもらえるならありがたかった。まあすでに周りに人だかりができているので無駄なのだけれど。
「行くわよ」
「え!?」
「こんなところ従者に見られたら面倒――――、」
「ッぐあ!?」
「な、なんだこれッ!?」
混乱しているヒロインの腕をとりこの場を去ろうとしたところ、男たちが呻き声をあげてわたくしの拘束魔法ごと何かに押しつぶされたかのように地面に倒れ込んだ。
重力がそこだけ何倍にもなっているみたいに、地面がひび割れどんどん沈み込んでいく。骨の折れる音や滲んでいく血に周囲から悲鳴が上がった。
「……」
しっかり面倒なことになったわ、と後ろを振り返れば、アルとエリーゼが呑気に屋台の食べ物を持って野次馬に参加していた。
目が合ったエリーゼが「クレア様!」と名前を呼んだせいで、わたくしの正体に気がついた人が一部いる様子だ。魔術と「クレア・ルフェーブル」は結びつけやすいのだろう。
「アル!」
野次馬の中のふたりに近づくと、男たちにかかっていた魔術の気配が解かれた。
「クレアお嬢様、こんなところに。探しましたよ」
「……あなたほんと、クビにするわよ」
両手に串焼きを持った呑気なアルを睨みつけると、何かに気づいてかいつもの舐めた笑顔がすっと消えた。
一緒に駆け寄ってきたエリーゼに手に持っているものを預けたアルは、さきほど掴まれた肩にそっと手を重ねた。なぜ見てもいないのに触られたところがわかるのか。
「あなたに危害を加えるなんて人間にはまず無理ですけど、一応聞きます。なにかされましたか?」
「暴漢に襲われたわ」
「なるほど。わかりました」
「嘘、嘘よ、なにをわかったのよ!その怖い顔やめなさい!絡まれたところをこの子が助けてくれたの、なにもされていないわよ」
アルの視線がわたくしの隣の少女に向けられる。
エリーゼは先ほどから目を丸くしながらこの少女を凝視していたが、アルはその存在にすら初めて気づいたようだった。この少女の正体をある程度察したのか、怖い顔を無理やり引っ込めて貼り付けたような笑顔を作る。人間味のない美しい顔に少女が少し怯んだのがわかった。
肩を掴んでいるアルの手を退かして、ここには野次馬が多いので場所を変えることにする。
後ろで怪我をして人だかりになっている3人の輩たちは拘束魔法をかけて放置しておけば、誰かが通報でもするだろう。事情聴取でもされるとたまらないので、わたくしたちはそそくさとその場を後にした。
少女の実家が営む食堂に連れてきてもらい、彼女と向かい合う。ほどよく繁盛した、親しみのある店だった。
お礼になんでもご馳走します!と言われ、アルが隣で遠慮なくメニューを熟読しているが、お礼を言うのはこちらでしょう。たしかに他の席からいい匂いがしてきておいしそうだから興味は湧くけれど。
「クレア・ルフェーブルよ。さきほどはありがとう」
「いえ全然!結局わたしが助けてもらっちゃいましたね。わたし、ユリナって言います」
エリーゼに視線をやれば、首がもげそうなくらい縦に頷いている。そう、やっぱりこの子がヒロインなのね。
「もしかして、あのクレア・ルフェーブル様ですか?」
「王子ふたりに婚約破棄をされた魔術オタクの公爵令嬢のことを言っているなら、そうよ」
「え!?いえ、魔術の天才と噂の!」
「それもわたくしね」
わたくしが胸を張れば、ユリナはパア!と目を輝かせ「有名人だ!」とうれしそうに破顔した。こんなに真っ直ぐな賞賛を受けたのは久しぶりな気がするわ。
この善良さ、赤の他人を助けようとする勇敢さ、顔も可愛いし魔力も多いし、これで光魔法が顕現して聖女と認定されるのなら―――――いける、いけるわ。
この子には悪いけどギルバートの婚約者という立場を無事に押し付けられるかもしれないわ!
「ユリナ。あなた、王立魔王学院に編入しない?」