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7. ヒロイン探し




「……ま、お嬢様、クレアお嬢様」



自分の名を呼ぶ声と陽の差し込む気配に意識が覚醒する。ぱちりと目を開くと、見慣れた顔が寝起きに飛び込んできた。


「……」

「あれ、無反応。びっくりすると思ったのに」



満月のような金瞳がきゅう、と細まってわたくしの寝起きの顔を覗いている。主人の寝室に許可なく入室し、雑な起こし方をして飄々としている、この従者。



「おはようございます。そろそろ起きないと時間に間に合いませんよ」

「あなたね……まあいいわ。時間ってなに?今日は休みでしょう」


学院が休みの週末だから昨日は夜更かしして魔術書の解読をしていたのだ。平日はともかく休日は昼まで寝ているし、いつもならわたくしが自分で起きてくるまで起こしにこないのに、今日に限ってなんだというのか。


もぞり、と二度寝しようとしたわたくしからアルが毛布をひったくる。


「もう、なによ!」

「やっぱり忘れてる。今日はエリーゼ様と約束があるでしょ」

「ああ……そうだったわね」






先日、エリーゼと協力関係を結び、悪役令嬢になってやるわと宣言したはいいものの、肝心な人物は一体どこにいるのかという話になった。ヒロインである。



エリーゼが言うには、ヒロインはわたくしたちと同い年で、本来ならば同時期に入学して来ているはずらしい。たしかにそうじゃないと、3人の王子と在学が被らないので恋愛するなど不可能である。


ヒロインが学院に入学していないというイレギュラーが起きている時点で、エリーゼの乙女ゲームの話は破綻していないかしらと思ったが、わたくしもゲームのなかの人格とは多少違うようだし、小さなことを気にしても仕方がないと思うことにした。わたくしは今まさに藁にも縋っている。



ということで、ヒロインを学院に呼ぶことからまず始めなければならない。そうでもしないとヒロインとギルバートが出会うことさえないからだ。




「ヒロインってどんな子なんでしょうね」



アルがわたくしの髪を結いながら聞いてくる。今日は市井に行ってヒロイン探しをするので、できるだけ目立たないような格好をしなければいけない。いつもはおろしているこの銀髪は目立つから結ってもらうことにしたけど、髪だけじゃなくてこの瞳の色も目立つから魔術で変装したほうがいいのかしら。でもこの無駄に見目の良い従者がいる時点でとにかく目立つから意味がないかもしれない。



「さあ。でも魔力量が多くて光魔法が使えるって話だったから、会えばすぐわかるわよ」



本来、王立魔法学院は貴族しか入学資格がない。魔力は精霊の加護の証とされているが、平民はそもそも魔力を持って生まれてくること自体珍しいからだ。けれどヒロインは平民にも関わらず膨大な魔力を持っていることが発覚し、特待生として学院への入学を許されるらしい。

しかも光魔法に適性があると判明し、のちに聖女と呼ばれて教会にも目をつけられる、と。


そんなに膨大な魔力と珍しい適性があるなら、一目見ただけでわたくしならわかると思う。市井で暮らしていれば気づかないかもしれないが、膨大な魔力を持っている人間は魔力の感知もできるから。




「たのしみですね、お嬢様」


ふわりと笑う人間離れした美貌。ほら髪も可愛くしましたよ、と満足げにしているアルを鏡越しに見ながら、ああだから朝から機嫌が良かったのねこの男、と呆れた。



わたくしの従者は、わたくしが面倒なことに首を突っ込むことがおもしろくて仕方がないらしい。













「おはようございます!クレア様!」

「おはよう、エリーゼ」



待ち合わせ場所に向かうとエリーゼがぶんぶんと手を振っていた。アルが「犬みたいですねー」と感心したように言うのを聞いて、たしかに犬だわと頷く。


エリーゼは伯爵家の令嬢なので侍女と護衛が数人ついてきていたが、わたくしもいるしアルもいるので少し距離をあけてついてきてほしいと頼んだ。会話を聞かれると困るのだ。




「クレア様とお休みの日にお出かけなんて夢みたいで、楽しみすぎて昨日なかなか眠れませんでした……。しかもその髪型!普段ももちろん美しいですけれど、結い上げているのもとてもお似合いです可愛いです女神様ですか!?」

「お、さすがエリーゼ様、わかってますね。俺が腕によりをかけて仕上げたお嬢様は美しいでしょう」

「まあ、アルノルド様が!天才ですか!?」

「……エリーゼ、当初の目的は覚えているわよね?」

「も、もちろんですよ!ヒロイン見つけましょうね!」


アルはいつも通りふざけているが、普段よりも明らかにはしゃいでいるエリーゼにため息をつく。婚約破棄をするためにこんな手段を選んだことをはやくも後悔しかけていた。




「ヒロインは実家が営んでいる市井の食堂でお手伝いをしていたはずです……あれ、そういえばクレア様」

「なに?」

「クレア様も光魔法を扱えるのにどうして聖女様ではないのですか?」



ヒロインはその膨大な魔力と光魔法への適性により聖女として持ち上げられる。だからこそゲームの中で、王子は悪役令嬢と婚約破棄ができたのだ。魔術の天才を王太子妃の座から引き摺り下ろせるほど、聖女という立場は尊ばれるということ。

わたくしだってその情報がなければこんな計画立てていない。ヒロインが「聖女」であることに価値があった。



「お嬢様は幼少から教会と仲が悪いですからねえ」

「そうなんですか?」

「教会は特に精霊の加護への信仰が強いでしょう。魔力が加護の強さの証だなんて理論、根拠もないし馬鹿らしいからむかしそういう論文を書いたのよ。それに教会が怒ってきて」

「それに闇魔法の適性もあるのがまずかったですよね」

「そういうこと」


特に今の大司教は、わたくしの闇魔法への適性やこの赤い瞳なんかを悪魔の子だなんだと忌み嫌っているので、間違っても聖女になんかしないだろう。わたくしのような信仰の薄い人間が魔力に恵まれていることに思うところがある気持ちは察する。


王家としてはわたくしが聖女でも聖女じゃなくても王太子妃にするつもりだったのでそのことには関与してこなかったし、わたくしもどちらでもよかった。



まず光魔法が特別視されているのは単純に顕現が珍しいというのと、力のある魔族を倒せるのは光属性の魔術だけだからなのだけれど、我が国の現状はたまに辺境領の森に魔物が出現するくらいの平和なものであるため、そもそも聖女という立場にいまのところ明確な役割はないのだ。

現れなくても困らないが、現れてくれるのならばありがたい、そういう存在である。




「あ、クレアお嬢様。あそこの屋台寄りましょうよ。おいしそうですよ」

「ねえ、なんでわたくしより従者のあなたがはしゃいでいるわけ?」

「アルノルド様!あちらの屋台もとてもおいしそうですよ!いい匂いがします!」

「エリーゼまで!もうわかったから、お小遣いあげるから買ってきなさいよ」




それはそうと市井にはしゃぐふたりのせいで一向に目的地に着かない。

わーい、とはしゃぐアルとエリーゼを呆れながら見送り、ひとりで来たらよかったわと独りごちた。



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